1. トップ
  2. ライフスタイル
  3. SUPER BEAVER渋谷龍太のエッセイ連載「吹けば飛ぶよな男だが」/第56回「ブルーリボン賞」

SUPER BEAVER渋谷龍太のエッセイ連載「吹けば飛ぶよな男だが」/第56回「ブルーリボン賞」

  • 2026.2.27

この度は、名誉なブルーリボン賞の新人賞を頂戴しまして、至極光栄に存じます。全てはオファーをくれた内田監督、親切にしてくださったスタッフの皆さん、超絶最高な共演者の方々、並びに日頃支えてくださっているあなたのおかげだと思っております。どうもありがとうございます。

『吹けば飛ぶよな男だが』を読む

いやはや、まさか、だ。

こんなすごいことに至った経緯を、この際だから記させて頂く。女の子の靴下の匂いをこっそり嗅いでいた同級生の話とか、ワイン好きを豪語する初対面の女性の観察記などばかり書いてきて、自分の仕事にまつわることはほとんど書いてこなかった私ですが、折角だから。抜本的には本件も未知との遭遇的なことですし。

俳優をしている先輩に、「芝居するところが見てみたい」と言われたのが五年くらい前だったと記憶している。ずっと音楽を愚直にやってきた人間なので、自らが芝居をするなんて考えはこれっぽっちもなかった。映画やドラマ、舞台はあくまで、鑑賞するもの。日々の全てをすっ飛ばして夢中になることが叶う、数少ない大切なエンターテインメントに他ならなかった。ただ、先輩から言われた一言は、私の心のどこかに「お芝居かア」という小さな種火を灯したのかもしれない。

そして三年程前、ありがたいことに芝居のオファーを頂いた。しかしながらこの時、大変にありがたいと思いながらも、良いお返事をすることが出来なかった。芝居を生業としている人たちの中に、音楽しかしてこなかった人間が急に飛び込むということに対して抵抗感を感じたのと、バンドマンが芝居をやるなんて、という二つの気持ちが起因しての判断だった。ただこれは、今思えば、プライドというよりも恐怖心といった方が適正だったのだろう、恥ずかしながらこの分際で、自分自身と、側から見える自分が瓦解するのが怖かったのだ。あとなにより、自分の挙動の全てがバンドの印象となるのだから、くれぐれも慎重に、と思った。

そんなこんなありまして。おかげさまでバンドは二十周年を迎えることが出来た。その最たる立役者は、我々の音楽を好きでいてくれる人と、そしてここまで支えてくれた人だと、改めて認識することが出来る大きなきっかけとなった。同時に、私の中に大きな自信も生まれた。生まれたというか、以前から感じていたことを明確に言語化出来るようになったというのが正しいかもしれない。それは、自分が好きな人が「好き」と言ってくれる自分て、めちゃかっこよくない? というもので、実におめでたいが、紛う事なき核心的な裏付けのある自信。私の「俺バンドマン」という芯は、この一年の日々の中で限りなく図太いものへ変化していった。

で、そのタイミングで頂いたのが、映画「ナイトフラワー」出演のオファーだ。仕事は度外視の食事会で内田監督とお会いし、ただただ楽しく会話をしたその翌週、連絡を頂いた。どうして芝居の経験の無い自分なのか、と監督に訊ねた際に、「雰囲気」という、素朴な答えが返ってきた時には結構長めに「えー」って言ったよね、うん。

内田監督の作品が好きだったし、本当に有難いとは思ったが、やはりまず、以前に感じた二つの気持ちが心に渦巻いた。ただ、三年前とは違い、私の身の中心には「俺バンドマン」という揺るぐことのない芯が通っていた。だから当時抱いた、パーソナルが瓦解することに対する畏怖と、選ばないことがすなわち慎重であると決定づけていた保身は、もはや無いに等しかったと言える。そしてオファーを頂いた現場において、完全に素人であるということをしっかり自覚し、打算などなく、実直に挑むことが出来るなら、芝居の世界に携わる人たちに対して失礼なことはないだろう、と。

だからバンドのフロントマンとして、新しいことに挑戦するという決定をした。緊張と恐怖はもちろんあったが、「よろしくお願いします」と返事をして私は、初めての映画出演に、挑むことを決めたのだ。しっかりと挑んで、決めるとこ決められたら最高じゃん、と。

まアたださ、そうは問屋が卸さなかったよね。

何せ、私は薬の売人のボスの「サトウ」という役で映画に出演させて頂いたのだけど、一番最初のオファーはボスの参謀だったのだから。二転三転ありまして、と渋谷さんは参謀からボスになりました、と聞いた時は、不戦勝と欠場につき試合せずして一気にトーナメントの決勝に進んだ心持ちだった。この短時間で参謀がボスに出世するなんて余程でかい抗争でもあったのかしらね。

大事な役であることは間違いないにも拘らず、あくまで悪い人たちの中の一人というボスの参謀という立ち位置は、右も左もわからない自分にとって、有り余るほど大きな役だと感じていたというのに。ボスて。

もちろんお伺いは立てて頂いた。ただここで「辞退します」はあまりにも、ね。挑むことに決めたのだ、とか、決めるところで決められたら最高じゃん、とか、随分と恥ずかしいこと言っちゃってますから、私。三日三晩頭を抱えた結果、半べそで承諾に至る。

軽い打合せと、衣装合わせに出向いただけで、あっという間に撮影の日になり、そこから先は必死すぎて殆ど覚えていないという為体(←漢字知らなかった)。兎にも角にも、やると決めたからには、と身を賭して一生懸命芝居をやった。本番までに、悪い世界のことを色々調べてみてから、セリフの意味するところを考え、暇があれば「サトウ」という人間のこれまでを想像した。素人の俺なんかが、と恥ずかしがってる場合ではなかった。揺るぐことのない芯が、とか言ってた人とは思えないくらい必死だったんだから。

ただ、皆さんが本当に親切で優しかったことと、痺れる現場であるにも拘らず、みんなすごく楽しそう且つ丁寧に「ナイトフラワー」という映画を作っていたことだけはしっかり覚えている。ものを作る現場はこうあるべきだよなアと感じたし、私が初めて選んだお芝居の現場がここで良かったと思えたことは、本当に財産。

だから、今回の結果は出来過ぎ。賞に絡むなんて夢にも思わなんだから。

ブルーリボン賞、新人賞は真心込めて作り上げた「ナイトフラワー」チームが受賞した賞だと思っています。そして、受賞したことより何より、「ナイトフラワー」という作品を素晴らしいと言ってくれた人がたくさんいたことの方が嬉しいと思えちゃうような、あの現場に携われたことが一番嬉しい。

改めて、ありがとうございました。

最後になりましたが、私をお見かけの際は「よ! ブルーリボン賞新人賞」と声を掛けてください。俳優の顔して手振りますので。

元記事で読む
の記事をもっとみる