1. トップ
  2. なすなかにし、東京進出で突きつけられた“戦力外通告” パチンコと借金に溺れた過去

なすなかにし、東京進出で突きつけられた“戦力外通告” パチンコと借金に溺れた過去

  • 2026.3.29
undefined
2025年撮影:松竹秋の「大笑宴祭」にて漫才を披露するなすなかにし (C)SANKEI

2026年3月23日にニューヨークの公式YouTubeにて公開された「【芸人トーク】なすなかにし 仲良すぎてヤバい2人 ラヴィットで売れその後ピンチも2人で乗り切る」では、ニューヨークとなすなかにしが繰り広げるトークのなかで、コンビの知られざる苦労と絆が次々と明かされていきます。大阪では2年目にしてレギュラー番組を持つほど順調だったなすなかにしですが、東京進出後は想像を絶する現実が待ち受けていました。苦労をすべて笑いに変えながら前へ進んできた——そんな胸が熱くなる展開が飛び出しました。

東京進出で仕事激減、借金生活

大阪では2年目にしてテレビのレギュラーを持つほど順調だったなすなかにしが、東京進出後に直面したのは想像を超える厳しい現実でした。

所属事務所のマネージャーから「お2人がどれだけ大阪で賞取ってきたか知りませんけど、うち関係ないですから」と告げられたといいます。これは、大阪での実績がそのまま東京では通用しないという現実を突きつけた言葉。華やかなキャリアが一瞬でリセットされる厳しさが伝わってきます。

30代にさしかかった頃には仕事が激減しバイト生活に。所属事務所の社員からは「これからうちは、ヒカリゴケとうしろシティを押します」とはっきり告げられ、後輩コンビに抜かれていく現実を目の当たりにしました。中西さん曰く「一時期はバイトも辞めてずっとパチンコで。借金もしました」という状況に陥ったそうで、ニューヨークの屋敷さんからも「もう辞める人の雰囲気めっちゃ出てる」という言葉が出るほど、当時の追い詰められた状況が伝わってきました。それでも辞めなかった2人の粘り強さには、思わず胸が熱くなります。

プライドが高いからこそ苦しかった?楽観主義の“もろ刃の剣”

そんな苦境に立たされながらも焦らなかった理由について、中西さんは自身の幼少期を振り返ります。「子どものときから全部なんとかなってきたから、おそらく大丈夫やろみたいな」という言葉は、長年の成功体験が育てた楽観主義の正体を物語っていました。

ピンチでも根拠のある自信を持てる、それ自体は大きな強みです。一方で中西さん自身、「プライドの高さが苦しさに拍車をかけた」とも自己分析。バイトやパチンコ生活という現実と、自分への期待値のギャップが、静かな苦しさを生んでいたのかもしれません。

楽観と苦悩が同居するその複雑さこそ、芸人として深みを増してきた証でもある気がします。東京での“下積み”という経験を経て今に至る中西さんの言葉には、笑いの奥にある人間的な重みがにじんでいました。

コメント欄には、「なんとかなるって思いながら生きるのって実は一番大事」「愛と絆と楽観的が人生に必要だということを学んだ」など、なすなかにしの生き様や考え方から学びを得た人たちの声が寄せられていました。

苦労を笑いに変えられる、それがなすなかにしの強さ

東京での挫折も2人は決して悲劇として語りません。どんな局面でもユーモアを手放さず、互いへの信頼を軸に前へ進んできた。その姿勢こそが、2人の最大の魅力ではないでしょうか。下積みと数々の試練を経てなお、漫才の舞台に立ち続けるなすなかにし。その笑顔の裏にある豊かな人間性が、ファンを惹きつけてやまない理由なのかもしれません。