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医師「いずれ子供を産めなくなっちゃうよ」27歳で突きつけられた“究極の選択”→『ミリオンヒット連発歌手』が“下した決断”とは?

  • 2026.4.4

苦難を経験した芸能人の中には、その出来事だけでなく、そこからどう立ち上がったのかまで含めて強く記憶される人がいます。今回は、大黒摩季さんを取り上げます。1990年代に『DA・KA・RA』『ら・ら・ら』などミリオンヒットを連発した一方、その裏では重度の子宮疾患と長年闘い続け、2010年に無期限の活動休止を発表。復帰後も精力的にステージに立ち続けている姿は、多くの人の心に刻まれています。

※本記事は、筆者個人の感想をもとに作品選定・制作された記事です
※一部、ストーリーや役柄に関するネタバレを含みます

「このままいくといずれ子供を産めなくなる」――27歳で突きつけられた現実

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※Google Geminiにて作成(イメージ)

大黒さんが子宮の異変に気づいたのは、1996年末ごろでした。翌年の初ライブを控えた時期に子宮内膜症が判明し、かなり進行した状態だったといいます。NHK『あさイチ』(2022年4月13日放送回)で大黒さんは、医師から「このままいくといずれ子供を産めなくなっちゃうよ」と告げられたことを明かしています。

しかし1997年当時、歌手としての初ライブを目前に控えていた大黒さんは、治療に使う薬の副作用で高音が出しにくくなると知り、治療を中断する選択をしました。歌か治療か、選択を迫られ、服用することになる薬には、声を出しづらくなるという副作用があったそうです。

この選択のあとも、大黒さんは長く病気を抱えながら活動を続け、2010年の活動休止公表時には、発覚から10年近く誰にも相談できなかったことも明かしました。

2010年、無期限活動休止へ――「歌手・大黒摩季」が終わってしまうという恐怖

42歳のころ、大黒さんの病状はさらに深刻化しました。本人は後年、子宮内膜症に加えて、子宮筋腫、子宮腺筋症、卵巣嚢腫が重なる状態になっていたと振り返っています。

2010年10月、大黒さんは無期限の活動休止を発表。重度の子宮腺筋症をはじめとした4つの子宮疾患が重なり、治療のために強いホルモン剤を使う必要があり、歌手活動との両立が不可能と判断した上での苦渋の決断でした。渦中にいたときの心境を、大黒さんは婦人公論のインタビューでこう語っています。

今だから『人生の大きな節目だった』と言えますが、渦中にいるときは、これで"歌手・大黒摩季"は終わってしまうという恐怖に苛まれ、崖っぷちに立たされていたのです出典:『大黒摩季 「病による活動休止、不妊治療…どんな向かい風も、向きを変えれば追い風に」』(婦人公論.jp 2023年5月19日配信)

功績――『DA・KA・RA』『ら・ら・ら』『あなただけ見つめてる』が刻んだ時代

大黒さんは1992年にシングル『STOP MOTION』でデビューし、同年9月リリースの2ndシングル『DA・KA・RA』で一気に注目を集めました。同曲は110万枚のセールスを記録し、この年には数々の新人賞を受賞。さらに1995年の『ら・ら・ら』は130万枚、ベストアルバム『BACK BEATs #1』は300万枚を超えるセールスを記録しており、1990年代を代表するヒットメーカーとしての地位を築いていきました。

また1993年に発売された『あなただけ見つめてる』はアニメ『SLAM DUNK』のエンディングテーマとして広く知られ、世代を超えて今も愛され続けています。シンガーソングライターとして自ら作詞・作曲を手がけ、パワフルな歌声と圧倒的なライブパフォーマンスで、1990年代の日本の音楽シーンを代表するアーティストの一人として確固たる地位を築きました。

ミリオンヒットを連発しながらも、その裏で誰にも打ち明けられない病気を抱えていた。その事実を知ってから改めて当時の曲を聴くと、あのパワフルな歌声の重さがより深く感じられます。

今も第一線に立ち続ける――2025年、全国ツアーで総動員数65,000人

2016年に活動を再開した大黒さんは、その後も歩みを止めていません。2025年には『MAKI OHGURO LIVE TOUR 2025 -55 BLACK-』『-55 RED-』の2本立てで全国ツアーを敢行し、総動員数65,000人を記録。U-NEXTでの独占ライブ配信も決定するなど、その存在感はますます大きくなっています。

2024年12月には1年半ぶりの新曲『STAND UP!!★』をリリース。能登半島地震のチャリティライブ『MAKI's AID』を継続的に開催するなど、音楽を通じた社会貢献活動にも力を注いでいます。病気と向き合いながらも歌を選び続けた選択、そしてステージへ戻ってきたその姿が、今の大黒摩季さんの言葉と歌声に深みを与えているのかもしれません。

※記事は執筆時点の情報です