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ブレイキング・バッドは現実か?がん診断で犯罪行為が14%増加すると判明

  • 2026.2.15
Credit:GoogleGemini

海外ドラマ『ブレイキング・バッド』をご存知でしょうか。

余命わずかと宣告された平凡な高校の化学教師が、家族に財産を残すために麻薬精製という裏稼業に手を染めていく物語です。

「死を前にして人は道を踏み外すのか?」——これはフィクションの中だけの問いかけではありません。

病気がもたらす「未来がない」という心理や、経済的な困窮は、人の倫理観を根底から揺るがす可能性があります。しかし、これまで健康ショックが犯罪行動に与える影響を調べた研究はあまりありませんでした。

そこでデンマークのコペンハーゲン・ビジネススクール(Copenhagen Business School)のステファン・アンデルセン(Steffen Andersen)教授らの研究チームは、このドラマのような現象が現実社会でも起きているのかを検証しました。

彼らはデンマークの全国民を網羅する膨大な行政データを解析し、がん診断を受けた人々のその後の行動を追跡しました。

その結果、がん診断後には犯罪に関与する確率が、診断前の水準に比べて全体として約14%(相対増)高くなることが示されました。

この研究の詳細は、2026年1月発行の経済学の学術誌『American Economic Journal: Applied Economics』に掲載されています。

目次

  • がん診断で「break bad(道を踏み外す)」は現実に起きるのか?
  • 「犯罪の経済学」から見た人の心理

がん診断で「break bad(道を踏み外す)」は現実に起きるのか?

実は、経済学には「犯罪の経済学(Economics of Crime)」という研究分野が存在します。

この学問では、「犯罪者は私たちと同じように、損得勘定で動く合理的な人間である」という仮定を出発点として、人がなぜ法を犯すのか、そのメカニズムについて考えます。

たとえば、急いでいる時に「速度違反で捕まるリスク」と「遅刻を回避するメリット」を天秤にかけた場合、一般的には「罰金のリスクは低い」と判断する人が多いでしょう。そうなると、ルールを破る人が多くなるはずです。

このように、人は「得られる利益」と「捕まるコスト」を無意識に計算し、割に合うと判断した時に一線を越える可能性があります。これはノーベル経済学賞受賞者ゲーリー・ベッカーらが提唱した理論で「合理的選択理論」と呼ばれます。

この理論の特徴は、犯罪を性格や道徳の問題だけで説明しようとしない点にあります。

そして、人気を博した海外ドラマ『ブレイキング・バッド』も、道徳観の強い真面目な主人公が、がん診断をきっかけに人生の歯車を狂わせ、違法行為へ踏み出す物語が描かれています。

合理的選択理論に当てはめて考えると、このドラマのような状況も、フィクションの世界だけでなく十分に現実で起こり得る問題の可能性があります。

ただ、これを検証した研究というのはこれまで特にありませんでした。

そこで研究チームは、これが現実でも起こり得る問題なのかどうかを、デンマークの行政データを用いて調査することにしました。

彼らは、ある年にがんと診断された人々と、同じ年齢で同じような背景を持ちながら、少し先の未来でがんと診断されることになる人々を比較しました。

これをスタガードDID(Staggered DiD)と呼びます。簡単に言えば「診断されるタイミングの偶然のズレ」を利用して、病気がその人に与えた影響だけを抽出するというのがこの方法です。

分析の結果、多くの人はがん診断直後の時期は、治療や入院の影響もあり、犯罪率が一時的に低下する傾向がありました。

しかし、診断から数年が経過した時期に、犯罪に関与する確率(研究では有罪判決を受けることを犯罪と定義)は診断前の水準と比べて平均で14%も上昇していたのです。(年あたりの有罪判決率0.69% が 0.79%に上昇)

この数字は「がん診断を受けた多くの人が犯罪者になる」というほど大きいものではありません。しかし、「がん診断という出来事の後に、一定の期間を空けて犯罪行動の確率をわずかでも押し上げた」ことは事実です。

さらに注目すべきは、これが過去に犯罪歴がある人々の再犯に限った話ではないという点でした。

これまで一度も警察の厄介になったことがない人々が、診断を機に初めて法を犯す確率(初犯率)も、同程度(相対的に約14%)増える傾向が確認されました。

しかし、なぜ「診断直後」ではなく、少し時間がたってから増える形になるのでしょうか?

「犯罪の経済学」から見た人の心理

研究チームは、この現象の背後にある動機を推測するため追加の分析も行いました。その結果関連が示唆される要因がいくつか見つかりました。

第一の要因は、やはり「経済的な困窮」です。

がん診断は、本人から働く能力を奪い、収入の減少や失業をもたらします。

データによると、持ち家がない人や独身の人など、経済的な基盤が弱い層において、犯罪リスクの上昇がより顕著に見られました。

そのため失われた合法的な収入を補うために、窃盗や詐欺などの経済事犯に手を染めた、という可能性が示唆されます。

しかし、増えたのは金銭目的の犯罪だけではありませんでした。暴力などの非経済的な犯罪も増加していたのです。

ここで研究チームが検証したのが、彼らが「生存確率メカニズム(Survival Probabilities Mechanism)」と呼ぶ仮説です。

これは、自分の残り時間が少ないと認識した人間は、将来の刑罰を恐れなくなるという仮説です。

実際に、生存率が大きく低下するタイプのがんと診断された人々ほど、犯罪に及ぶ傾向が強まることがデータから示されました。

「長くは生きられないかもしれない」という認識が、将来の逮捕や収監といった社会的制裁の重みを軽くし、犯罪への心理的なハードルを下げている可能性があるのです。

ただ、データによれば、診断後に増えたのは万引きや詐欺、あるいは比較的軽微な暴力事件などが中心であり、殺人や強盗といった凶悪犯罪の増加は見られませんでした。 彼らは一線を越えて「道を踏み外す」ものの、ウォルター・ホワイトのような凶悪な犯罪者へと変貌するわけではなく、この点がフィクション作品と現実の異なる点です。

また研究チームは、2007年にデンマークで行われた自治体改革のデータとの比較から、興味深い事実を発見しています。

このデータからは、社会保障の給付水準が下がった地域では、がん患者による犯罪の増加率が、給付を維持した地域よりも高くなっていたのです。

この事実は、十分な所得補償や福祉的なサポートがあれば、健康ショックによる犯罪の増加をある程度食い止められることを示唆しています。

この研究は、個人の健康問題が、犯罪という形で社会全体に負の影響を及ぼす可能性を明らかにしました。

単純に人の道徳心や、刑罰のリスクだけでは、抑止できない犯罪心理がこの社会には存在するようです。

病気になった人を支えることは、単なる人道的な支援にとどまらず、社会の安全を守るための合理的な防犯対策にもなり得るのでしょう。

元論文

Breaking Bad: How Health Shocks Prompt Crime
https://doi.org/10.1257/app.20220769

ライター

相川 葵: 工学出身のライター。歴史やSF作品と絡めた科学の話が好き。イメージしやすい科学の解説をしていくことを目指す。

編集者

ナゾロジー 編集部

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