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人間1人=3.2万kcal、それでも「人肉食」が損な理由が数式で示された

  • 2026.2.13
人間1人=3.2万kcal、それでも「人肉食」が損な理由が数式で示された
人間1人=3.2万kcal、それでも「人肉食」が損な理由が数式で示された / Credit:Canva

人を食べる──ただその言葉を聞いただけで、ほとんどの人は本能的にゾッとします。

世界にはいろんなタブーがありますが、「人肉食」はその中でも最上位クラスです。

ところが今回、ポーランドのヴロツワフ大学(UWr)で行われた研究によって、この“人類最大級のタブー”をあえて冷静に分解し、人間の体をひとつの「食べ物」とみなしたとき、食べるリスクとデメリットを数理モデルを使って検証する研究結果を発表しました。

すると「普通の人を食べる」場合には、1人あたり3万2000キロカロリーを得られ、いくつかの条件で明確な黒字部分が現れることがわかりました。

ところがここに「人を食べた人をさらに食べる」という「人食い連鎖」が入ると、話は一気にホラー化していきました。

感染率を高く見積もった設定では、人食い連鎖を数回くり返しただけで、プリオン病のような感染症リスクが爆発的に跳ね上がり、1人からもらえる3万2000キロカロリーという栄養的恩恵を軽く上回るダメージが集団の中の人びとにのしかかる計算になったのです。

研究者たちは、この「人食い連鎖になった瞬間に大赤字になるリスク」こそが、カニバリズムが歴史のあちこちで顔を出しながらも、長期的には強烈なタブーとして今も語られている理由かもしれない、と示唆しています。

研究内容の詳細は2026年2月10日に『bioRxiv』にて発表されました。

目次

  • 歴史のあちこちで「越えられた一線」
  • カニバルの損得を数理モデルで解き明かす
  • 「気持ち悪いからダメ」の奥にある合理性

歴史のあちこちで「越えられた一線」

飢饉の様子を描いた絵画
飢饉の様子を描いた絵画 / 『凶荒圖録(明治16年)』より

もしクラスのみんなと無人島に流れついて、食べ物がなくなったらどうするか、みたいな想像をしたことはないでしょうか。

映画や漫画だと、最後の最後に「いやいや、さすがにそれはアウトでしょ」という禁断の選択として、“人を食べる”展開がチラつきます。

でも現実の私たちは、それを考えただけでゾッとして、「そんなの絶対ダメ」と全力でブレーキを踏みますよね。

ところが現実の歴史をたどると、その“越えちゃいけない線”は、何度も実際に踏み越えられてきました。

旧石器時代の人骨には、肉をそぎ落としたり、骨髄をほじったりしたと分かる切り傷や割れ方が残っています。

また農耕社会が構築された後も、世界のあちこちで飢饉や遭難、戦争の極限状態で人肉が食べられた記録が見つかっています。

たとえば中国の故事にも、「子をかえて食う」という表現もみられますし、日本の江戸時代に起きた飢饉やアイルランドのジャガイモ飢饉でも人食いが報告されることがあります。

しかし人肉食には常に病原体の問題がついてまわります。

人がシカやウシを食べるとき、病原体は「種の壁」に阻まれて人間への感染が防がれます。

動物が感染する病気が人間にうつるケースは数多く知られていますが、全体からみればごく一部にとどまり、多くの病原体は「種の壁」によって広がりにくくなっています。

しかし人が人を食べると、同じ体の仕組み同士なので、ウイルスや細菌、プリオンなどが人から人へうつりやすい形になり得ます。

さらに、ひとつの遺体を何人もの親族で分け合って食べることがもあるので、病原体から見れば「一度の食事で何人にも感染できる最高のチャンス」です。

たとえばパプアニューギニアのフォレという人びとが、葬式のときに親族の遺体を分け合って食べる「葬礼カニバリズム」を行っていたことが知られています。

この風習から、プリオン病という特殊な病気が大流行し、「クールー」と呼ばれる致命的な脳の病気となって多くの人を亡くしました。

パプアニューギニアのクールー流行は、まさにこの“完璧な感染ルート”が生み出した悲劇といえます。

コラム:プリオン病とは?
プリオン病は、「プリオン」というたんぱく質が主役になる、とても変わったタイプの脳の病気です。プリオンたんぱく質は、もともと私たちの脳の細胞の表面にもともと存在している普通のたんぱく質ですが、何かのきっかけで一部が“変な折れた形”になることがあります。するとこの変な形のプリオンが、となりの正常なプリオンにくっついて「おまえもこの形になれ」と迫るように、次々と形をゆがめていってしまいます。その結果、異常なたんぱく質が固まりとなってたまり、周りの神経細胞をじわじわと傷つけていきます。
細菌やウイルスは、自分の遺伝子をコピーして数そのものが増えることで感染を広げますが、プリオンには遺伝子がありません。かわりに、「たんぱく質の形をコピーする」ことで、異常な状態を増やしていくという仕組みになっています。いわば「自己増殖する異常たんぱく質」としてふるまうため、体の免疫も見つけにくく、薬で止めるのも難しい相手です。
症状としては、最初はふらつきや歩きにくさ、手足のふるえなどの運動の異常から始まることが多く、進行していくと、けいれんや理由のない笑い発作、感情が抑えられない、もの忘れがひどくなるなど、認知症に似た症状が現れます。さらに進むと、脳の神経細胞が大量にこわれて、脳の組織がスポンジのように穴だらけになり、最終的には意識を失って命を落としてしまいます。現時点では決定的な治療法がなく、発症するとほとんどの場合が致命的であるため、研究者たちは「どうすればそもそもプリオンが増えないようにできるか」を必死に研究しているところです。

遺伝子のレベルでも、その傷あとが見つかっています。

人間のプリオン関連の遺伝子には、「昔、何度もプリオン病にさらされ、それに耐えられる体だけが生き残ってきたのではないか」と考えられる痕跡が残っているのです。

これは、カニバリズムが“わずか一回の珍事件”ではなく、かなり長い時間スパンで、何度も何度も人類を苦しめ、人食いに伴う病気から逃れるための適応の証とみなす仮説もあります。

これだけ証拠が出てくるということは、カニバリズムは人類史のどこかのタイミングでは、どうにかこうにか「やるだけの理由」があったということです。

しかし同時に、ほぼすべての社会で「人を食べるな」という強烈なタブーが存在し、現代の私たちは聞いただけで拒否反応を示します。

この「たびたび起きるのに、基本的には徹底的に禁止されている」という矛盾のような両立を、どう説明できるのでしょうか。

そこで研究者たちは、いったん感情や道徳をわきに置いて、「人肉食は、どんな条件なら“カロリー的に得”になり、どれくらい病気で失うのか」というトレードオフ(得と損のつり合い)として、数理モデルの中に丁寧に組み立て直したのです。

人肉食は実利的にも常に赤字だったのか、それとも条件さえそろえば「おいしい瞬間」があったのでしょうか?

だとしたら「おいしい瞬間」はどんな条件で現れたのでしょうか?

カニバルの損得を数理モデルで解き明かす

人を食べることに“おいしい瞬間”なんて本当にあるのか?

答えを得るために研究者たちはまず、人間の体を、牛や鹿と同じように「ひとつの肉の塊」とみなし、既存の研究成果をもとに、成人男性1人の「肉」から得られるカロリーを3万2000キロカロリーと設定しました。

コラム:人間1人が3万2000キロカロリーって本当?
「人間1人=3万2000キロカロリー」なんて聞くと、ちょっとホラーなのに、同時に「どうやって計算したの?」と理系の好奇心もくすぐられます。この数字は思いつきではなく、イギリスの考古学者ジェームズ・コールが行った、かなりマジメな栄養計算にもとづいています。コールは、過去に化学分析が行われた成人男性4人分のデータを使い、筋肉にどれくらいのたんぱく質と脂肪が含まれているかを調べ、その栄養量から「カロリー」に換算しました。栄養学の教科書にあるように、たんぱく質や炭水化物は1グラムあたりおよそ4キロカロリー、脂肪は1グラムあたりおよそ9キロカロリーとして計算したのです。その結果、体重およそ65キロの男性の「筋肉部分だけ」で約3万2376キロカロリーになると見積もられました。ただし、これは「肉=骨についた筋肉」だけを取り出した場合の数字です。人間の体には、筋肉以外にも脂肪、内臓、脳、皮膚、骨の髄など「食べようと思えば食べられる部分」がたくさんあります。コールはそれらも含めて全身の栄養量を積み上げ、成人男性1人あたりの「可食部の合計カロリー」も計算しています。その結果はおよそ12万6000キロカロリーとなりました。これはどのくらいの量なのでしょうか。現代の成人男性が1日に必要とするカロリーをおよそ2400キロカロリーとすると、12万6000キロカロリーは単純計算で50日分ほどに相当します。ただ現実的には保存がきかなかったり骨やスジなど食べにくい部分もあるため、今回の研究ではより現実的に肉だけを食べた場合「1人あたり3万2000キロカロリー」という数値をベースにしています。数字だけ見ると「人間ってけっこう高カロリーだな」と思うかもしれませんが、同じ推定方法でシカやマンモスなどの大型動物を計算すると、もっと大きなカロリーになります。たとえばコールの説明では、シカの筋肉は16万キロカロリー、マンモスにいたっては数百万キロカロリーという規模です。

次に、人肉という食べ物にくっついてくる「コスト」を三つに分けました。

ひとつめは、かんだり消化したりするために使うエネルギーで、これはどんな食べ物でも必ずかかる「消化コスト」です。

ふたつめは、手に入れて調理するまでにかかる「入手コスト」です。

人を狩りに行けば、けがをしたり、長いあいだ動けなくなったりする危険があり、そのぶん大きなマイナスになります。

逆に、すでに亡くなった人の遺体を見つけて調理するだけなら、このコストはかなり小さくなります。

三つめが、いちばん重要な「感染コスト」です。

これは、人を食べることでプリオン病のような重い病気にかかる確率と、そのときに失うエネルギーをまとめて表したものです。

病気にかかることはめったにないけれど、ひとたび当たると致命的、という「くじ引き」のようなリスクを、平均するとどれくらいの損になるかという形で計算に入れました。

さらに、研究者たちは「カニバリズムの順番」という考え方もモデルに組み込みました。

これは、一番最初に「まだ誰も食べたことがない人(普通の人)を食べる」のが一段目、そのあとで「人を食べたことがある人を食べる」のが二段目、そのまた次に「人食いを食べた人を食べる」のが三段目、というイメージです。

この順番が増えるほど、病原体が人間の体内にいる時間と適応能力が上昇し、危険なタイプだけがたまたま生き残る可能性が高くなります。

準備ができたところで、研究者たちは四つの典型的な状況を想定し、それぞれで「人一人を食べると得か損か」を調べました。

1つ目は「生のまま食べるうえに、わざわざ狩ってくる」パターンです。

2つ目は「生で食べるけれど、死体を拾うだけ」のパターン。

3つ目は「火で料理してから食べるが、狩りも必要」というもの。

4つ目が「死体を拾ってきて、火で料理して食べる」というものです。

生で食べるか火を使うかは感染症のリスクにかかわり、人間を狩るか死体を拾うかは入手のコストに影響します。

カニバルの損得を数理モデルで解き明かす
カニバルの損得を数理モデルで解き明かす / 人肉食の損益分岐起点。図の左が生で食べた場合、右側が火を通した場合。/Credit:The Cannibalistic Trade-Off: Why Human Cannibalism Emerges and Why Taboos Suppress It

結果、まず、「人を狩って生で食べる」という最悪のパターンでは、一日におよそ643キロカロリー未満しか食べられないような、ほぼ餓死寸前の状況でのみプラスになりました。

これに対して4つ目の、「死体を拾って火でよく焼いて食べる」という、入手コストも感染コストも低めの最善条件では、一日約3800キロカロリー食べている状態でも、全体ではプラスになりました。

1日に食べているカロリーごとにプラスマイナスの境界が現れるのは、体が「これ以上は有効に使いにくい」上限があるからです。

ほとんど何も食べられず、1日あたり643キロカロリーにも届かないような飢えた状態では、少しでもカロリーが増えること自体が大きなプラスになります。

一方で、すでに十分な食事をとれていて、これ以上食べてもあまり体の役に立たないような状況では、かなり「コスパのいい」食べ物でないと赤字になってしまいます。

そういう意味で、自然死した遺体を拾い、狩りのコストなしで火を通して食べるという状況は、モデル上では1日あたり3882キロカロリー近く食べている“満腹に近い”条件でも、まだエネルギー的にはプラスが残る、かなり効率の良い食事となります。

ここだけ見ると、4番目の人間を拾って火で調理する方法はかなり有望に見えるでしょう。

人間を狩るコストや調理するコストは?
今回の研究では、人間を1人「狩る」ためのエネルギー損失は、ケガや疲労で1週間ほどまともに動けなくなる場合などを含めて、1回あたり約2万4500キロカロリーになるように設定されています。これは人間狩りが上手くいってほとんど体力を消耗しなかった場合や、大けがをして1カ月以上動けなくなってしまう場合などさまざまなケースを考えた平均値としました。また調理のコストについては、1人の人間の肉を約500キロカロリーずつ約65食分に切り分け、火を使って調理するため合計でおよそ5690キロカロリーと見積もられています。これらを合計すると、人間1人を狩って解体して食べるまで、平均で約3万キロカロリーのコストがかかる計算になります。また生で食べるか加熱して食べるかについては、火による加熱で病原体の量が100分の1に減ると設定します。

しかしここにカニバリズムの連鎖が起こると状況は一転します。

研究者たちはここでも感染の前提を大きく二つに分けて考えました。

ひとつは、火を通せば大きく弱る細菌やウイルスが中心の低リスクケース。

もうひとつが、火を使ってもあまり弱らない病原体が混ざる高リスクケースです。

後者はプリオンのように熱に強いタイプが混ざった場合をイメージすると分かりやすいでしょう。

プリオンは、ウイルスや細菌とは違い、異常な形に折れ曲がったたんぱく質が原因で起こるとされ、普通の料理の温度では十分に無力化できないからです。

とくに脳など、感染性が高いとされる部位が食事に混ざると、次の人へうつるリスクが高まるおそれがあります。

そしてこの設定(火の効果があまりない)では、1次カニバリズム──つまり人を食べていない人を初めて食べるとき──の感染コストの平均は400キロカロリー程度ですが、その人を食べた人をさらに別の誰かが食べる2次カニバリズムでは3000キロカロリー台に跳ね上がり、3次カニバリズムでは、なんと人ひとりから得られる総カロリー3万キロカロリーを軽く上回る、平均16万キロカロリーものダメージが予測されるレベルになりました。

こうした結果をから研究者たちは、カニバリズムを「ふだんから頼りにできる主食」ではなく、「極度の飢えや特殊な状況でだけ一瞬起動する非常ボタン」のようなものだと解釈しています。

死体を拾って火で焼いて食べるのは短期間なら恩恵はあります。

しかしカニバリズムが流行すると「人を食べた人」を食べる場面も出てきやすくなり、プリオン病をはじめとした感染コストが指数関数的に増えてあっという間に破綻します。

だからこそ、長い目で見れば、「人を食べるな」という強烈なタブーを作っておいた社会の方が、生き残りやすかったのではないか──モデルの結果は、そんな、ちょっとゾッとするけれど妙に納得できるストーリーを浮かび上がらせているのです。

そして、この構造こそが、「なぜカニバリズムは人類史に何度も登場したのに、どの社会でも強烈にタブー視されるようになったのか」を理解するカギになる、と彼らは主張します。

「気持ち悪いからダメ」の奥にある合理性

「気持ち悪いからダメ」の奥にある合理性
「気持ち悪いからダメ」の奥にある合理性 / Credit:Canva

今回の研究により「人を食べる」という行動は、どこでもいつでも完全に損なわけではなく、いくつかの条件によっては一時的にプラスになる可能性があるものの、少しでも条件がズレたり、「人を食べた人をさらに食べる」という連鎖が伸びたりすると、感染コストが爆発的に増えて、すぐに大赤字にひっくり返ってしまうことが示唆されました。

研究者たちは、このモデルを「机上の空論」ではなく、遺跡や民族誌を読み解くための“物差し”として使おうと提案しています。

たとえば、「豊かな時代に、日常的に人を食べていた」という主張があったとき、このモデルに照らすとかなり怪しい、と判断できます。

そんなことをすれば感染コストが高すぎて、集団ごと長期的には成り立ちにくくなってしまうからです。

では、あの強烈な「人を食べるな」タブーはどう位置づけられるのでしょうか。

研究者たちは、タブーを「謎の道徳心」ではなく、感染症のリスクが指数関数的にふくらむ構造に対する、文化的な安全装置だとみなしています。

この視点から人類史を振り返ると、「人を食べてはいけない」というタブーや、その周辺にくっついている厳しい儀式や細かなルールは、少し違って見えてきます。

たとえば、誰を食べてよいかを身内に限る文化、逆に敵に限る文化、葬儀の場面だけに限定する文化、特定の年齢や身分の人しか参加できない文化など、世界の人肉食習慣にはさまざまなバリエーションがあります。

論文の著者たちは、こうしたルールを単なる“気味の悪い風習”として切り捨てるのではなく、「カニバリズム連鎖の段数を伸ばさないようにするための、文化的なブレーカー(過負荷で落ちる安全装置)のようなもの」として捉え直しています。

誰を対象にするか、どのくらいの頻度か、どんな文脈で許されるかを細かく区切ることで、連鎖が長く続かないようにしていたのかもしれない、というわけです。

さらに著者たちは、「遺伝子レベルの進化だけでは、とてもこのスピードには追いつけない」とも指摘します。

プリオン病のような感染症に対する耐性が、少しずつ遺伝的に強くなることはありえますが、その一方でカニバリズム連鎖によって感染リスクは段数ごとに一気に増幅されてしまいます。

遺伝子を書き換えるペースよりも、リスクの増加ペースのほうが圧倒的に速いのです。

だからこそ、人間は遺伝子そのものがゆっくり変わるのを待つ前に、文化的な「ルールを書き換える」ことでこの禁断バグと付き合ってきた、という見方もできます。

タブーや倫理観といったものが、単なるお説教ではなく、「危険すぎる行動から集団を守るための、文化的な安全装置」として機能しているという発想は、他のタブーにも応用できそうです。

もちろん、この研究には限界もあります。

まず、食べ物の価値を「キロカロリー」だけで表していて、たんぱく質やビタミン、脂肪酸などの細かい栄養は考えていません。

実際には「カロリーは足りているけど特定の栄養が足りない」という状況があり、そうした場合には人肉が別の意味で貴重になる可能性もありますが、このモデルでは扱っていません。

さらに、ここで考えているのはあくまで「生き延びるためのエネルギー」の話であり、「敵に恐怖を与える」「仲間どうしの結束を固める」といった社会的なメリットは別のモデルで考える必要があります。

人食いにより仲間同士が結束したり、敵を恐れさせることは巡り巡って得られるカロリー数を増加させますが、それを考えるのはより複雑なモデルが必要でしょう。

それでも、この研究には大きなインパクトがあります。

「気持ち悪いからダメ」「神様が禁じたからダメ」とされてきたタブーの裏に、感染症や進化の観点から見た“合理的な理由”が隠れているかもしれないという視点を与えてくれるからです。

この視点を応用すれば、宗教的な食の禁忌や、「なんとなくイヤだ」と感じる行為の一部を、「昔の人たちが命がけで学んだ安全ラインのメモ」として読み解き直すこともできるかもしれません。

元論文

The Cannibalistic Trade-Off: Why Human Cannibalism Emerges and Why Taboos Suppress It
https://doi.org/10.64898/2026.02.10.705014

ライター

川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。

編集者

ナゾロジー 編集部

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