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「これぞNHK、名作過ぎた」「どうなってんの」主人公の“身体的”演技、最終回“名シーン”の謎【ドラマ10】

  • 2026.3.24

NHKドラマ10『テミスの不確かな法廷』の最終回、再審請求審の法廷で流れた安堂清春(松山ケンイチ)の汗に注目が集まった。彼が自身の特性について“個性”と安易に呼ばず、あえて“高いハードル”と表現した誠実さも印象的だ。身体的演技から滲み出たリアリズムと、割り切れない想いの先に見出した希望を軸に、本作の魅力を全方位から掘り下げたい。

※以下本文には放送内容が含まれます。

流れる汗が物語る“摩擦熱”

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ドラマ10『テミスの不確かな法廷』第8話 3月10日放送(C)NHK

SNS上でも「これぞNHK、名作過ぎた」「芝居、凄まじかった」「どうなってんの」と話題を呼んだ『テミスの不確かな法廷』の最終回。特例判事補・安堂清春を演じた松山ケンイチの流れる汗は、これまでのリーガルドラマで見るような緊張の汗とは異質なものだった。

安堂は劇中、ASD(自閉スペクトラム症)やADHD(注意欠陥・多動症)といった自身の特性を抱えながら、裁判所というもっとも“標準”や“厳格”を求められる場所で戦ってきた。彼はそれを“地球人に擬態する”と表現しながら、なんとか自分を社会に馴染ませようとしてきたのだ。
社会が求める普通の枠に自分を押し込み、ノイズにしか思えない外部刺激を遮断し、理路整然とした判事補を演じようとする。その擬態を解き、剥き出しの自分を法廷という場でさらけ出した瞬間、流れたのがあの汗だった。

その汗の一滴一滴は、安堂の脳内で高速回転する思考と、外の世界との激しい摩擦によって生じた熱に思えた。門倉部長判事(遠藤憲一)の静かな居住まいと、齋藤飛鳥演じる証人の執念。それらを受け止め、自分自身の思いを言葉として絞り出す安堂の姿は、役者の肉体を超え、一人の人間がそこに生きている圧倒的な実在感を刻みつけていた。

この身体的リアリズムこそが、本作を単なるエンターテインメントの枠から引き上げ、一級のヒューマンドラマへと昇華させた最大の要因に思えてならない。

“個性”という言葉に潜む、高いハードル

物語のクライマックス、安堂が口にした言葉も忘れられない。自分の特性を“個性”と言うには、まだハードルが高い。けれど、いつかそう言い切れるようになりたい……この言葉こそが、本作が他の“多様性”を謳うドラマと一線を画す、もっとも誠実な到達点だったと言える。
現代社会において、“特性は個性である”という言説は一種の正解として流通している。しかし当事者にとってその言葉は、ときに残酷なほど軽薄に響くことがある。

特性ゆえに他者と衝突し、自分を責め、擬態し続けなければ生きられない痛みを抱える者にとって、それを“個性”というポジティブな言葉で一括りにすることは、今そこにある苦しみを塗りつぶすことにもなりかねない。

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ドラマ10『テミスの不確かな法廷』第8話 3月10日放送(C)NHK

安堂は、安易に全肯定はしない。彼にとって特性は、まだ自分を縛る困難であり、乗り越えるべき、あるいは共生していくための課題なのだ。個性と言い切ってしまえば楽になれるだろう。しかし、彼はあえて「ハードルが高い」と口にすることで、自分の不器用さや欠落、そしてそれによって傷ついてきた過去を真っ向から引き受けたのである。

かつての彼は、ただ普通になりたかった。しかし最終回の彼は、割り切れない自分を抱えたまま、いつか自分を肯定できる日を信じて歩き出そうとしている。この不確かで、けれど確かな一歩は、同じように社会の隙間で息を潜める多くの人々に、救いを与えたはずだ。

不確かさを愛するための、新しい司法の形

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ドラマ10『テミスの不確かな法廷』第8話 3月10日放送(C)NHK

タイトルにある『不確かな法廷』。法とは本来、不確かな事象に白黒をつけ、確定させるためにある。しかし本作が描き出したのは、その法を運用する人間たちの、“不確かさへの誠実さ”だった。

安堂は、天才的な推理で事件を解決するヒーローではない。彼はただ、誰よりも“わからない”ことに誠実だった。法廷の女神・テミスが目隠しをしているのは、私情を挟まない公平さの象徴だが、本作における安堂の姿は、見えないからこそ必死に手を伸ばし、感触を確かめ、微かな声を聞き取ろうとする“模索”の象徴だったように思う。

「分からないことを分かっていないと、分からないことは分かりません」と言える勇気が、結果として司法の硬直した扉を開き、冤罪という名の深い闇に光を当てた。

安堂が流したあの汗の行方は、もはや単なる個人の特性の問題ではない。それは、多様な不確かさを抱えた私たちが、いかにして互いのハードルを認め合い、ともに生きていくかという、社会全体への問いかけとして結実した。

完璧ではない人間たちが、不確かな真実を求めて泥臭く汗を流す。その姿こそが美しいのだと、『テミスの不確かな法廷』は教えてくれた。安堂がいつか自分の特性を個性と呼べる日が来るまで、この物語の余韻は私たちの心で、静かに、けれど熱く、響き続けるだろう。


NHK ドラマ10『テミスの不確かな法廷』毎週火曜よる10時
NHK ONE(新NHKプラス)同時見逃し配信中

ライター:北村有(Kitamura Yuu)
主にドラマや映画のレビュー、役者や監督インタビュー、書評コラムなどを担当するライター。可処分時間はドラマや映画鑑賞、読書に割いている。X:@yuu_uu_