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“丁寧な暮らし”に疲弊。「家事が苦痛になってきた」SNSを辞めたら『家の中が綺麗になったワケ』

  • 2026.2.10

自分に合った住まいの整え方や、家事のスタイルを見つけるのは、意外と難しいものです。誰かにとっての「快適」が、自分や家族の生活にそのまま当てはまるとも限りませんよね。今回は、筆者の友人のエピソードをご紹介します。

画像: “丁寧な暮らし”に疲弊。「家事が苦痛になってきた」SNSを辞めたら『家の中が綺麗になったワケ』

憧れのライフスタイル

私はずっと、SNSに溢れる整然とした「丁寧な暮らし」に憧れていました。

統一感のある収納ケース。
整然と並べられたリネン類。
綺麗にラベルが貼られた、おしゃれな詰め替えボトル。
ガラス容器に並ぶ手作りの常備菜。

それらはとても洗練されて見え、私もこんなふうにすっきり暮らしたい! と必死に真似をしていたものです。

無駄がなく完璧に美しく整えられた空間は、見ているだけで心が豊かになるようで。
画面の向こうの理想の暮らしに、いつも心を奪われていました。

理想を追うほどに遠ざかる

ところが、理想を維持する毎日は想像以上に大変でした。

ボトルの詰め替えやラベルの貼り直しに追われる日々。
リネン類は整然と並べるどころか、物干しから取り込んだままソファに山積み。
使い切れず傷んでいく野菜を見て、罪悪感に苛まれ……。

SNSの中の人たちは、画面には映らない苦労を感じさせず、余裕を持って生活を楽しんでいるように見えるのに。
私はその理想に追いつくために、家事がどんどん苦痛になり、心に余裕がなくなっていったのです。

ほんの「ひと手間」が、いつの間にか自分を縛る重荷になってしまいました。

自分が楽な方法へシフト

ある日、ラベルを貼り直そうとして、指をピッと切ってしまった瞬間。
張り詰めていた糸が、ぷつりと切れました。
指先ににじむ血を見ながら、不意に「私は一体、何のためにこんなことをしているんだろう」と虚しさが込み上げたのです。

豊かに暮らすための家事で、自分が追い詰められている矛盾に気づきました。

私は一旦SNSを見るのをやめ、「誰かの正解」ではなく自分の足元を見直すことにしました。

私と家族のための収納

そして考えた結果、出し入れのしやすさを最優先する「ズボラ収納」に切り替えることに。

調味料は、詰め替えずにそのまま使う。
収納ケースは中が見えるものにして、子どもたちが中身をひと目で判断できるように。
リネン類は乾いたらたたまず洗面所のカゴに入れ、そこから使うスタイルへ。

誰かに見せるためではなく、自分や家族が楽に、効率よく動けることを基準に家事を再構築しました。

すると、『ママ、あれどこ?』という質問が減り、子どもたちや夫が自分で準備をしてくれるように。
家の中に、ようやくゆとりを感じられるようになりました。

等身大の暮らし

その結果、皮肉なことに以前より家が綺麗に保たれるようになったのです。

決してSNS映えはしませんが、今の私にはこの「等身大の暮らし」が合っているのだとしみじみ思います。

もちろん、丁寧な暮らしも、効率的な暮らしも、どちらも素敵な選択肢です。
いずれにせよ大切なのは、周りと比べず自分に合った形を見つけることではないでしょうか。

背伸びをやめて手に入れた、今の我が家の、のびのびした空気が私は大好きです。

【体験者:30代・女性会社員、回答時期:2025年12月】

※本記事は、執筆ライターが取材した実話です。ライターがヒアリングした内容となっており、取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。

FTNコラムニスト:藍沢ゆきの
元OL。出産を機に、育休取得の難しさやワーキングマザーの生き辛さに疑問を持ち、問題提起したいとライターに転身。以来恋愛や人間関係に関するコラムをこれまでに1000本以上執筆するフリーライター。日々フィールドワークやリモートインタビューで女性の人生に関する喜怒哀楽を取材。記事にしている。

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