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同じ環境で報酬を得ると、脳は「古い記憶」を使わなくなる

  • 2026.2.6
同じ環境で再び報酬を得たショウジョウバエは、過去の記憶が弱まった / Credit:Canva

生物が生き抜くために「記憶」は重要です。

しかし記憶は単に正確であるだけでは十分ではなく、環境や状況が変化に応じて柔軟に更新される仕組みが必要です。

スイスのフリードリヒ・ミーシャー生物医学研究所(FMI)の研究チームは今回、ショウジョウバエを用いた実験から、同じ環境で報酬を再び得るだけで、過去の報酬記憶が弱まるという意外な現象を明らかにしました。

しかもその際、記憶そのものは消えていなかったのです。

この研究成果は、2025年12月19日付で『Current Biology』に掲載されました。

目次

  • ハエは砂糖を再び得ると「以前の記憶」が弱まる
  • 記憶は「消す」か「残す」かの2択ではない

ハエは砂糖を再び得ると「以前の記憶」が弱まる

動物にとって記憶は、生存を支える重要な機能です。

食べ物の場所や危険な刺激を覚えることで、無駄な行動を減らし、効率よく生きることができます。

しかし環境は常に変化しており、かつて価値が高かった情報が、時間の経過とともに重要でなくなることもあります。

そのため脳には、記憶を蓄積するだけでなく、今その記憶を使うべきかどうかを調整する柔軟性が必要だと考えられてきました。

ただし、その具体的な仕組みは十分には分かっていません。

そこで研究チームは、記憶の神経回路が詳しく解明されているショウジョウバエを用いて、この問題を検証しました。

まず、ハエに特定のにおいと砂糖を組み合わせて提示し、においが報酬につながることを学習させました。

この学習が成立すると、ハエは後の行動で、そのにおいに自発的に近づくようになります。

次に研究者たちは、学習から数時間から1日ほど経過した後、においを伴わずに砂糖だけを再びハエに与えました。

つまり、新しい学習は起こさず、報酬そのものだけを再経験させたのです。

その結果、砂糖を再び味わったハエは、以前なら好んで近づいていたにおいに対して、あまり反応しなくなりました。

一方で脳内の活動を詳しく調べると、記憶そのものが消えたわけではないことが分かりました。

ショウジョウバエの脳には「キノコ体」と呼ばれる記憶の中枢があり、その記憶中枢の神経細胞の働きを調べてみると、学習によって作られた活動の変化は、砂糖をもう一度与えた後もそのまま残っていたのです。

つまりこの現象は、記憶が失われたのではなく、記憶は存在しているが行動に反映されなくなった状態だと結論づけられました。

どうしてこのような「記憶の弱まり」が見られるのでしょうか。

記憶は「消す」か「残す」かの2択ではない

一見すると、報酬を再び得れば記憶は強化されそうに思えます。

しかし今回の研究結果は、その直感とは逆のものでした。

研究者たちは、この現象を記憶の価値が下がる過程として解釈しています。

すでに砂糖を得られる状況で、同じ環境の中で再び砂糖を経験すると、脳の受け取り方が変わったと考えられます。

脳は「あのにおいを追いかけなくても、ここでは砂糖が手に入る」と判断するようになります。

その結果、これまで重要だったにおいの記憶は、行動を決めるうえでの優先度が下がったと考えられます。

ただし、この効果はいつでも起きるわけではありませんでした。

ハエが砂糖を慣れた環境で再び経験した場合には、においへの反応は弱まりました。

一方で、見慣れない環境で砂糖を与えた場合や、砂糖と同時に新しいにおいを学習させた場合には、元の記憶は維持されました。

この結果は、脳が環境情報を手がかりに、今は記憶を更新すべき状況かどうかを判断していることを示しています。

さらに意外だったのは、この記憶の弱化が、少なくともよく知られた報酬ドーパミンの働きには依存していなかった点です。

報酬や学習といえばドーパミンが中心的な役割を果たすことで知られていますが、報酬を伝えるドーパミン神経の信号を止めても、この現象は起こりました。

このことは、脳内には学習を成立させる回路とは別に、学習済みの記憶へのアクセスを制御する仕組みが存在することを示唆しています。

本研究はショウジョウバエを用いた基礎研究ですが、恐怖記憶や依存症に関する哺乳類や人間の研究とも、理論的に共通する枠組みを持っています。

重要なのは、記憶を消すのではなく、影響力だけを弱める仕組みが脳に備わっていることを示した点です。

将来的には、有害な記憶の側面だけを抑え、必要な情報は残したままにする介入法の開発につながる可能性もあります。

記憶は消すか残すかの二択ではなく、脳は状況に応じてその重みを調整しているのです。

参考文献

How a sweet treat can change memories
https://www.fmi.ch/news-events/articles/news.html?news=659

元論文

Re-exposure to reward re-evaluates related memories
https://doi.org/10.1016/j.cub.2025.11.058

ライター

矢黒尚人: ロボットやドローンといった未来技術に強い関心あり。材料工学の観点から新しい可能性を探ることが好きです。趣味は筋トレで、日々のトレーニングを通じて心身のバランスを整えています。

編集者

ナゾロジー 編集部

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