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偏差値45→66で名門・巣鴨中に合格!「小6冬に最低点」でも諦めなかった、競争嫌いな子の逆転劇

  • 2026.1.24
偏差値45から名門・巣鴨中学校に合格。競争を好まず、勉強にも苦手意識のあった息子が、中学受験に挑むまでには紆余曲折がありました。母は仕事と両立しながら、信頼する家庭教師と共に伴走。勉強嫌いの息子が名門中学に合格するまでの歩みを振り返ります。
偏差値45から名門・巣鴨中学校に合格。競争を好まず、勉強にも苦手意識のあった息子が、中学受験に挑むまでには紆余曲折がありました。母は仕事と両立しながら、信頼する家庭教師と共に伴走。勉強嫌いの息子が名門中学に合格するまでの歩みを振り返ります。

偏差値45からのスタートで、最終的に巣鴨中学校に合格。競争を好まず、勉強にも苦手意識のあった息子が、中学受験に挑むまでには紆余曲折がありました。

母は仕事と両立しながら、信頼する家庭教師と共に伴走。志望校が定まらなかった息子が、巣鴨中学校と出会い、合格を得るまでの歩みを振り返ります。

※この記事は、2025年5月に行ったインタビューをもとに作成しています。

【保護者プロフィール】

名前:高城 亜弥(仮名)
住まい:東京都港区
年齢:48歳
職業:経営者
性格:自ら状況を切り拓く行動力が強み。冷静さと柔軟性を兼ね備えた芯の通った性格。
家族構成:夫、長男(中学1年生)、長女(小学5年生)

【中学受験を行った子どものプロフィール】

名前:高城 蓮(仮名)
性別:男子
学校名:巣鴨中学校
入学年度:2026年度
性格:明るく活発。社交的ですぐに友達ができる。競争嫌いで平和主義な一面もある。
偏差値:学習開始時期 45/受験時期 66
受験結果:巣鴨中学校 第Ⅰ期 合格/サレジアン国際中学校 不合格

難航した志望校選び。息子が巣鴨中学に決めた意外なきっかけ

——息子さんは、2025年の2月受験で4月に巣鴨中学校に入学したとのこと。まさに終わったばかりですね。

ええ。もう遠い過去のことのように感じます(笑)。

——最初に、中学受験をすることにしたきっかけを聞かせてください。

周りに幼稚園や小学校受験をするご家庭が多く、元々は小学校受験を考えていました。

ただ、受験というチャレンジをする機会を持たないままエスカレーター式に進学していくのは、成長の機会を奪うことになるのではないかと迷う部分もありました。

結局、中学受験をすることに決め、幼稚園卒園後に中学受験をするご家庭が多い学区に引っ越したんです。

——公立中学から高校受験するという選択肢は、そもそもなかったのでしょうか?

都心に住んでいることもあり、学区内の公立中学は生徒数が少なくて部活動ができないという話を聞いていました。それならば、中高一貫校の方が充実した学校生活が送れるのではないかと思ったんです。

大人になる前の思春期という大事な時期にあたる中高の6年間で、勉強だけではなく、自分を内省する時間や好きなことに打ち込む時間をたくさん持ってほしいと思いました。

また、将来的なことを考えると海外留学や海外の大学を目指せるような学校が良いと考えていたので、教育方針がしっかりしている私立の方が望ましいという思いもありましたね。

——大学までのエスカレーター式という選択肢も考えていましたか?

いえ。やはり大学受験にはチャレンジすべきと思っていたので、大学の付属校は考えていませんでした。

——志望校に関してはどのように決めていったのですか?

本人は最初「男子校は嫌だ」と言っていて、小学校は共学だったため、社交的な息子は男女ともに友達が多く、いつも女子に囲まれているような子でした。そのため、私も男子校は合わないのではないかと感じていました。

そこで共学を中心に周りの評判を聞きながら、私の方で中高一貫校の中から、国際的な教育カリキュラムや教育環境を提供している学校を選んでいきました。学校説明会へは、小学4年生以降に5校ほど参加したのですが、周りの熱心なご家庭と比べると数は少ない方だったと思います。

習い事や部活動でスポーツをしていれば「この部活が強い学校に行きたい」ということもあるのですが、息子の場合、絵を描くことは好きでしたが「美術部に入りたい」ということもなく、何を基準に中学校を選べばいいのか本人も分からなかったんです。

仲のよい友達の影響を受けて「この学校がいいのかも」と思うことはあっても、「こういう学校に行きたい」という軸がなかったんでしょうね。

私としては、本人の意思が一番と思っていたので志望校を決めるフックとなるものが芽生えるのを待っていたのですが、全く芽生えず。結局、小学6年生の終盤まで具体的な志望校は定まらないままでした。

そんな時、家庭教師の先生から「この学校もいいと思うよ」と勧められた巣鴨中学校が、息子の心の琴線に触れたんです。正直、私が思い描いていたイメージよりも硬派な男子校だったので、意外ではありました。

信頼を寄せている家庭教師の先生の勧めだったことも、大きかったのかもしれません。小学5年生の終わりに、ご縁があって紹介をいただいた先生なのですが、仕事として割り切るのではなく、人として息子と向き合ってくれました。息子も先生のことが大好きで、勉強面でも精神面でも親子ともども救われた、大きな存在でしたから。

目標が定まらず偏差値も足りない息子を、家庭教師と二人三脚でサポート

——ここからは受験勉強についてお聞かせください。

本格的に受験勉強を始めたのは、小学4年生の6月からです。家庭教師と併せて早稲田アカデミーに通塾していたのですが、小学5年生からは本人の希望でSAPIXに通い始めました。

SAPIXではクラスでの集団学習になるので、個別指導のブリバートも併塾し、家庭学習は家庭教師の先生にお任せすることにしました。

——お子さまの勉強に対するスタンスはいかがでしたか?

勉強も運動と同じで向き・不向きがあると思うのですが、うちの子は全く向いていないタイプだと思います。

勉強は好きじゃないし、成績が悪くても全然気にしない。遊びたい気持ちを抑えながら、「みんながやっているから」と仕方なく、イヤイヤ勉強している様子が見て取れました。

やると決めたならやる、中途半端にしかやらないならやめる。どちらかにしてくれと何度も話しました。

——お母さまとしては、受験をやめる決断もありと思っていましたか?

何が何でも絶対に私立受験をさせようとは考えていなかったですね。中学受験で挫折したとしても、経験を得られればそれでいいと思っていました。

私自身、起業するにあたって学歴に関係なく成功している人たちをたくさん見てきたので。中学受験に受かっても落ちても、そんなに大きな問題じゃない。それよりも、頑張った、挑戦したという経験の方が大事だと思っていたんです。

——ご家庭の方針としても「絶対受験」ではなかったのですね。ちなみにお父さまの中学受験に対する考え方は?

受験に関しては私に一任されていたので、私と家庭教師の先生の二人三脚でした。飴と鞭のような感じで、私が叱って先生が理解を示す……というように息子に対してコミュニケーションのバランスが取れていたのも良かったですね。

——本当に家庭教師の先生の存在が大きかったのですね。

家庭教師をつけるにあたって、先生との相性がとても大事という話を聞いていたのですが、最後に息子に合う先生と出会えて本当に良かったです。

うちの子があまりに勉強しないので、真面目過ぎる先生でも優し過ぎる先生でも合わなくて。5~6人くらい先生が変わって、どんな先生なら息子に合うのか分からなくなってきていた頃に、息子の親友が大好きだという先生を紹介してもらったんです。

ちょっとユニークな女性の先生なのですが、話が面白くてメンタルもとても強い方なんです。厳し過ぎず、優し過ぎずといった子どもとの距離感もうまくとってくれました。先生と出会えなければ、息子は中学受験をやめていたかもしれません。

小学6年の夏から心身ともに急成長。基礎力を鍛え、最後までやり抜く姿勢も後押しに

——学習計画もお母さまと家庭教師の先生で決めていかれたのですか?

基本的には、家庭教師の先生に主体となっていただいて決めていきました。受験に受かる・受からないよりも、基礎力をしっかり身に付けること、そして勉強を習慣づけること。学習計画では、この2つに重きを置いて考えていただきました。

基礎力がしっかりしていれば、中学に行ってからも本人は楽になるだろうし、その後の伸びも期待できますよね。

例えば、「ここの学校に行きたい」とか「将来こういうことをやりたい」とか、そうなったときに選択できるように、選べる“土台”だけはつくっておこうと。いざ「やりたいこと」が見つかっても、まず基礎からやり直しでは、時間が足りなくなってしまいます。

仮に受験に失敗したとしても、基礎力がついていれば、それはそれで大きな意味がある。「ただでは転ばないぞ」という気持ちは、ずっと持っていました。

——受験勉強の開始時と合格校の偏差値を比較すると、学力は着実に伸びている印象です。どのような学習が功を奏したと思いますか?

学力を伸ばすという意味では、SAPIXに行って良かったと思っています。SAPIXは成績が下のクラスでも、それなりの進学校に行くような進学塾です。

通塾する生徒さんの学力レベルが高いので、テストの順位や偏差値は、親として心が折れそうな数値が出るのですが、「一番下のクラスでも、とにかく必死についていけば、どこかには受かる」という評判を信じて、バナナボートから振り落とされそうになるようなイメージのなか、必死にしがみついて最後までやりきったという感じです。

——見守るお母さまとしても、精神的な負担が大きかったのでは?

危機感は常に持っている状態でしたね。勉強しても勉強しても、目に見える数値に現れないことに追い詰められて、塾をやめていく生徒さんもたくさん見てきました。

私もつい没頭して頭を抱えることもありましたが、ふと我に返ると「まあ、ここで失敗しても大きな問題じゃない」という感覚を持てていたので、思い詰めることはありませんでした。仕事をしていたことも、気分転換になっていたのではないかと思います。

あと、毎日「こんなかわいい時期があったんだー!」と息子の赤ちゃんの頃の写真を見ることでフラストレーションを発散していました(笑)。

——息子さんの受験勉強のスタンスに変化は見られましたか?

小学6年生の終わり頃にようやく、「楽しくないからやらない」じゃなくて、「これは理由なくやるべきものなんだ」と腹に落ちたようです。「とにかく修行のようで嫌だけど、やる」と覚悟を決めたというか。

受験勉強は小学4年生から始めていましたが、今にして思えば精神的にまだまだ幼かったなと思います。息子はずっと背も小さくて背の順だと前から3番目以内だったのですが、小学6年生の夏から冬にかけて急に身長が伸びて、声変わりもし始めたんです。

身体的な成長もあって、大人にならなきゃという自覚が芽生えたのかもしれません。心身が成長する中で、「巣鴨中学校に行きたい」という目標を見つけることができたのも、1つの転機だったと思います。

——覚悟を決めて、最後まで投げ出さなかったのはすごいことですね。

受験勉強は好きではないけれど、「学ぶこと」が嫌いなわけではなかったからかもしれません。

うちの子は理科の中でも生物は好きなんですけど、力学とか、算数系に寄ってくると嫌になっちゃうんです。でも、社会とか国語は好き。

だから、小学3年生の頃は日本国内の世界遺産巡りをテーマに家族旅行を組んでいました。教科書だけで学ぶのは限界があるし、体験を通して学べる科目だと本人も興味・関心が出てくるし好きになりますよね。

——ご家庭でも、遊びや体験を通して学ぶ姿勢を大切にされていたんですね。

そうですね。例えば、「世界遺産をテーマに旅行しよう」と決めたら、事前に「どんな場所か」を本人に調べさせて、実際に行ってみる。そうやって、本人の興味・関心を引き出していました。

通っていた幼稚園も「ドルトン・スクール」という、代々木上原にある幼稚園なんですけど、そこが“ドルトン・プラン”という、ニューヨークや香港にもある教育理念を掲げていて。「みんなで同じことをする」というよりは、それぞれの好奇心や探求心を尊重して、主体的に遊び、学ぶという方針なんです。

だから最初のうちは、これまでの学びとあまりにギャップがありすぎて「受験勉強」がどういうものか、本人は意味が分からなかったのだと思います。

第一志望の巣鴨中学校に合格。最後は行きたい気持ちで勝ち切った

——受験本番を迎える頃は、いかがでしたか?

12月の最後のテストで最低点をたたき出して、私と家庭教師の先生は「このままじゃまずいぞ」と。ただ、本人は全くケロっとしていましたね。「もっと頑張らなきゃ」と頭では理解しているんですが、すごく落ち込むということはなくて「どうにかなるさ」という前向きな感じでした。

あまりに能天気なので、家庭教師の先生と「どうしたら危機感を持ってくれるんだろう?」と話をしていたくらいです。自己肯定感を高く育ててきたつもりでしたが、まさか受験でこんな展開になるとは思っていなかったです(笑)。

年が明けて1月になってからは、プレッシャーをかけてもしょうがないので、危機感を持たせることは諦めました。

模試の成績で点数が足りない中、息子は根拠のない自信を持っていましたが、私としては受からないことを前提に、「受験に落ちたという経験をどうやって本人にとってプラスの経験に持っていくか?」ということの方にもう考えがシフトしていたんです。

なので、「ここまで頑張ったんだから、あとはなるようになるよ」と伝えていましたね。それまでとあまりに私の態度が違うので、初めてそこで危機感を持ったのかもしれないですけどね。

——受験当日はどんな雰囲気でしたか?

受験当日は、もう気楽な感じでしたね。プレッシャーを与えたからといって本領を発揮するとは限らないので当日はいかにリラックスさせるかと考えて、普段通りに接していました。

他の親子が下を向いて黙々と歩いている中、私たちはニコニコ笑って話をしながら会場に向かっていたくらい。でも、息子はそれが逆に怖かったみたいで後で「なんで僕たちだけこんなに普通なの?」と言われました(笑)。

——お母さまの気持ちとしては、合格しなくてもいいという心積もりでしたか?

そうですね。仮に不合格であっても「自分が甘かったな」とか「自分も頑張ったけど、周りはもっと頑張っていたんだ」という気付きがあれば、それでいいと思っていました。

言葉で言われるよりも自分で体験して気付かないと変われないことって多いと思うので、成長の機会になれば充分だなと。

——結果は、第一志望校の巣鴨中学校に見事合格。勝因はどこにあったと思いますか?

本人が「行きたい」と思える学校を見つけることができたことじゃないでしょうか。滑り止めにしていた、巣鴨よりも偏差値が低い学校(サレジアン国際中学校)は不合格だったので。やはり心から「行きたい」と思えるかが、結果を大きく左右すると思うんです。

——中学受験を経て、お母さまから見て息子さんが成長したなとどんな時に感じますか?

巣鴨中学はテストも宿題もとても多いのですが、自分が行きたかった学校に入ったということで、泣き言も言わずに勉学に励んでいます。

入学する前は「受験が終われば勉強しなくていい」という錯覚をしていたようなのですが、環境に順応して頑張っている姿を見ると成長したなと感じます。

受験勉強に本気で取り組んだ2年間があったからこそ、胆力は付いたんじゃないかなと。親子ともに過酷ではありましたが、そんな息子の姿を見ると中学受験して良かったなと思いますね。

取材後記

受験というと「合格・不合格」に意識が向きがちですが、子どもの成長機会と捉えて俯瞰した目で受験と向き合うお母さまの姿が印象的でした。

子どもの個性に寄り添いながら、でも「やると決めたのならやり切ろう」というブレない軸を提示していたからこそ、ご本人も納得感を持って最後まで走り切ることができたのではないでしょうか。

チャレンジすることの大切さと、困難に立ち向かう姿勢に関するヒントをたくさんもらうことができた取材でした。

この記事の執筆者:塾選ジャーナル編集部
『塾選ジャーナル』は、日本最大級の塾検索サイト『塾選(ジュクセン)』が提供する、教育・受験に関する総合メディアです。保護者が知っておきたい受験や進路情報をお届けします。

文:塾選 ジャーナル

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