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ハンドバッグは武器になる――女性政治家のパワードレッシング

  • 2026.1.7
Hearst Owned

#サナ活こと“高市早苗ブーム”が止まらない。彼女が愛用する「濱野」のかばんや「ジュン アシダ」のジャケットは瞬く間に完売し、店頭から姿を消した。

なぜ今、日本ブランドなのか。円安と海外ブランドの価格高騰を背景に、日本ブランドが持つ「手頃で高品質」という強みが再評価され始めている。高市首相のファッションは、図らずも国産ブランドの潜在力を可視化し、ファッション産業の競争力を示す象徴的な現象となった。

Aflo

高市首相が持ち歩く「濱野」のバッグは、「ニューヨーク・タイムズ」など海外メディアでも取り上げられた。それまでメローニにせよメルケルにせよ、公の場でバッグを手に持つ女性リーダーはほとんどいなかった。だからこそ、首相がバッグを「自分で持つ」という当たり前のしぐさが国際社会には新鮮に映ったのである。

思えば、女性政治家のバッグがここまで注目を集めたのは、英国初の女性首相マーガレット・サッチャー以来かもしれない。彼女が自らバッグを携えてダウニング街に現れたとき、その小ぶりな黒いバッグは、単なるアクセサリーではなく、サッチャーのスタイルを特徴づけるアイテムとして、次第に広く知られるようになった。

パワフルなブルーのスーツから、丸襟のプリントブラウスをのぞかせている。 Tim Graham / Getty Images

高市首相も意識していると言われるサッチャーは、どのようなバッグを愛用していたのか。サッチャーは、「アスプレイ(Asprey)」や「ロウナー(Launer)」といった英国ブランドの、端正な黒いハンドバッグを常に携帯していた。そのきゃしゃな雰囲気とは裏腹に、重要な会議になると、彼女はよくこのバッグから分厚い資料を取り出し、相手を圧倒する決定打を繰り出したことから、政敵には「秘密兵器」とまで呼ばれていた。バッグを政治的武器のように扱い、強い言葉や態度で相手を威圧するサッチャーの政治交渉スタイルは「ハンドバッグ攻撃(handbagging)」と名付けられた。(Oxford English Dictionary には “handbagging” が正式な語として登録されている)

1987年5月の総選挙キャンペーン中。チェック柄スーツにツイストされたデザインのパールネックレスを合わせて。 Tom Stoddart Archive / Getty Images

「鉄の女」の異名を持つサッチャーは、「アクアスキュータム」のスーツやパールのネックレスを好み、英国ブランドを意識的に身にまとっていた。こうしたフェミニンな装いは、彼女の強固な政治的イメージを和らげ、親しみやすさや品格を補完する役割を果たしただけでなく、英国ブランドを世界に示すショーケースの役割も果たした。

彼女が身につけたアイテムがニュースに取り上げられれば、ブランドへの関心は一気に高まり、売り上げが伸びる。サッチャーのワードローブは、英国ファッションにとって確かな追い風となったのである。サッチャーにとってファッションは、英国ブランドの魅力を世界に発信する手段でもあった。

「アスプレイ」のバッグを携えたマーガレット・サッチャー。 Aflo

このように女性リーダーのファッションが「外交資源(diplomatic asset)」として語られることは少なくない。国家の「顔」となる政治指導者の装いは、そのまま自国のファッション業界のブランド力を映し出し、時には産業振興にまでつながる。

ミシェル・オバマがアメリカの若手デザイナーの服を積極的に身につけた背景にも、こうした文化外交の意図が隠れている。

ニューヨークブランド「ブランドン マックスウェル」のドレスを着用したミシェル・オバマ。 NurPhoto / Getty Images

それでは日本の政治家は外交の舞台でどのような服装を選ぶべきか。各国首脳が集まるG20を目前に控えた国会で、ある議員が高市首相にこんな助言を投げかけた。「日本最高の生地を使って、日本最高の職人さんが作った服で、しっかりと外交交渉に臨んでもらいたい」

この発言を受けて、高市首相は困った様子で自身の心境をSNSにつづった。「外交交渉でマウント取れる服、無理をしてでも買わなくてはいかんかもなぁ」。この一言は拡散され、瞬く間に“高市ファッション論争”となった。

ただ、議論の本質は個人攻撃ではない。G20という世界が注視する舞台で、日本の文化力をどう表現し、どのように自国ブランドを発信するか。つまり、外交の舞台でのファッションを通じた政治戦略を真剣に問うものだった。同時に、世界に向けて日本ブランドの存在感を示し、経済効果へとつなげる絶好のチャンスを逃すべきではない、という問題意識もそこにはあったのである。

11月に開催されたG20サミットではおなじみのロイヤルブルーのジャケットを着用 MARCO LONGARI / Aflo

外交は、言葉を交わすだけの場ではない。そこには常に「見られること」を前提としたイメージの駆け引きがある。各国首脳が並ぶ集合写真は、単なる記念撮影ではなく、国家や組織の印象がせめぎ合う舞台だ。だからこそ、そこで身につける一着一着が、語られざるメッセージになる。

たとえば、EUのフォン・デア・ライエン欧州委員長は色彩豊かなジャケットを着こなすことで知られるが、とくにEUカラーでもある“鮮やかなブルー”をまとって登場する場面が目立つ。EUの存在感を、ファッションを通じて視覚的に訴えているのだ。

カラージャケット×黒パンツの組み合わせはフォン・デア・ライエン欧州委員長のユニフォーム。 YVES HERMAN / Aflo

対照的なのが、イタリアのジョルジャ・メローニ首相だ。多くの女性政治家が好んで選ぶロイヤルブルーを、彼女はほとんど身につけない。

ジョルジャ・メローニ首相。イタリアの高級カシミヤブランド「ブルネロ クチネリ」のドキュメンタリー映画のレッドカーペット・プレミアにて。 Aflo

メローニのファッションは振れ幅が大きく、あらかじめ緻密に計算された戦略というより、好きなものを奔放に身につけているように見える。ある時は柔らかな色調で現れ、またある時は強いコントラストの装いで姿を見せる。

それでも「ここぞ」という場面になると、彼女は決まってイタリアを代表するブランド、「アルマーニ」を身にまとって登場する。

2022年10月22日、イタリアのローマにて、新政府の宣誓式を終えたメローニ首相。「ジョルジオ アルマーニ」のスーツのインナーにはシャツではなくスリット入りのブラウスを選択し、柔らかさを添えている。 Franco Origlia / Getty Images

メローニは極右政党を政治的背景に持つ指導者である。とりわけファシズムの歴史を抱えるイタリアにおいて、その政治的イデオロギーと結びつけられてきた“黒”は、長らく慎重に扱われてきた色でもある。黒は、独裁者ムッソリーニ時代のファシスト党の「黒シャツ」を想起させる色だからだ。

それでも彼女は、そうした歴史的連想を意に介することなく、総選挙に勝利し、政権が移行する公式行事の場に、黒の「ジョルジオ アルマーニ」のスーツ姿でさっそうと現れた。

そこにあったのは、過去との距離を示すための配慮でも、イメージを和らげるための演出でもない。“アルマーニ”という、イタリアが世界に誇るブランドをまといながら、色の持つ政治的文脈すら引き受けて前に出る、メローニの飾らない政治スタイルそのものである。

写真中央右側、ドイツ初の女性首相を務めたアンゲラ・メルケル。 Pool / Getty Images

女性として16年に及ぶ長期政権を築いた政治指導者といえば、ドイツのアンゲラ・メルケル元首相である。

ソ連統治下の東ドイツで育ったメルケルは、監視社会の中で、決して華やかとは言えない、むしろ質素で抑圧された幼少期を過ごした。1991年、青少年問題担当大臣に初めて任命された際には、同僚から「もう少しまともな服を買っておくように」と忠告されたというエピソードも残っている。

今でこそパンツスタイルの印象が強い彼女だが、最初の大臣就任式ではロングスカートにカーディガンという装いだった。当時のドイツ議会では、女性がパンツ姿で出席すること自体、勇気のいる選択だったと、彼女は自伝の中で振り返っている。

2005年、首相就任式でのアンゲラ・メルケル。 Aflo

転機となったのは、脚を骨折したことだった。松葉づえをつきながらパンツ姿で議会に通うようになり、そこからパンツスタイルは彼女の定番となった。 かつては服装に無頓着だったメルケルだが、首相在任中に確かなスタイルを築き上げていく。協力したのは、ドイツ出身のデザイナーであるベッティーナ・シェーンバッハ。彼女の助言のもと、メルケルは自らの身体と政治的立場に最もふさわしい「制服」を完成させた。

メルケルの色彩豊かなジャケットスタイルはパントンカラーにも例えられた。 Michele Tantussi / Getty Images

カラーバリエーションこそ豊富だが、選ばれるジャケットは一貫して、ノーカラー、あるいは極めてシンプルな襟。シルエットもほとんど変わらない。意図的に抑えられたスタイルは今やメルケルの象徴となった。

ファッションは、ときに外交資源となり、ときに女性政治家の「顔」にもなる。日本の政治指導者がこれからどのようなファッションに身を包んで各国のリーダーと対峙(たいじ)していくのか、目が離せない。

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