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男性細胞と女性細胞が混ざり合っていた殺人被害者――法医学が見つけた“二人分のDNA”

  • 2026.1.6
男性細胞と女性細胞が混ざり合っていた殺人被害者――法医学が見つけた“二人分のDNA”
男性細胞と女性細胞が混ざり合っていた殺人被害者――法医学が見つけた“二人分のDNA” / Credit:Canva

ある女性が、銃撃により殺害され、現場の血液がDNA鑑定にかけられました。

すると意外なことに、そこからは男女の目印であるXとYの両方が同時に検出されました。

捜査線上にはすぐ、「犯人の男性の血が混ざったのではないか」というイメージが浮かびます。

しかし、その後の精密な法医学調査で分かったのは、もっと奇妙な事実でした。

中国の山西医科大学(SXMU)などの法医学チームで行われた研究によって、彼女の体から採取した心臓血、腎臓、肝臓、脳、毛髪など、17種類(合計18サンプル)すべてが、「男女二人分が混ざったDNAパターン」を示していたのです。

研究チームはこの女性の体に、女性細胞と男性細胞の2つの細胞系統が共存する先天的キメラだと結論づけています。

DNA鑑定が「個人を特定するとても強力な手がかり」とされる時代に、その前提をゆさぶる、きわめてめずらしい症例です。

しかしいったいどんなメカニズムで全身に女性細胞と男性細胞が混じったのでしょうか?

研究内容の詳細は2025年11月24日に『Forensic Science International: Genetics』でオンライン公開されました。

目次

  • 「同じ人ならDNAは一つ」という思い込み
  • 17種類の臓器を調べてわかった全身キメラ体質
  • DNA鑑定の限界と、キメラ体質が突きつける教訓

「同じ人ならDNAは一つ」という思い込み

「同じ人ならDNAは一つ」という思い込み
「同じ人ならDNAは一つ」という思い込み / Credit:Canva

DNA鑑定はいつの間にか「まるで絶対に裏切らない身分証明書」のような扱いになってしまいました。

ドラマやニュースでも、「DNAが一致した」という一言で、犯人が確定したかのような空気が生まれます。

私たちもつい、「同じ人なら体のどこを調べても、同じDNAが出るはずだ」と信じ込んでいます。

ところが現実の生物の世界は、もっとややこしいことがあります。

その一つが「キメラ(1人の体に、遺伝的に違う細胞が混ざる現象)」です。

キメラは、二卵性双生児になるはずだった2つの受精卵が途中でくっついてしまったり、特殊な受精の結果として、2系統の細胞が同じ胚(赤ちゃんのもとになる初期の状態)に入り込んだりしたときに生まれると考えられています。

このとき、片方はふつう女性の細胞で見られるXX、もう片方はふつう男性の細胞で見られるXYといった具合に、性染色体まで違うこともあります。

「そんな人がいたら、見た目ですぐ分かるのでは?」と思うかもしれません。

しかし、過去の報告によると、XXとXYが混ざるタイプのキメラでも、外見上はごく普通の女性や男性として暮らしている例も報告されています。

外性器の形が典型と違ったり、性腺(卵巣や精巣など、卵子や精子を作る器官)に両方の組織が混在している例もありますが、そうではない例もあるのです。

多くのキメラは、検査をしないかぎり一生気づかれません。

では、もしそういう人が犯罪の被害者や加害者になり、DNA鑑定の対象になったらどうなるのでしょうか。

血液や膣からY染色体の特徴が出たとき、それを「犯人の精液などの痕跡」だと思い込んでしまわないと言い切れるでしょうか。

この問いに正面から向き合ったのが、今回紹介する中国の法医学チームの症例報告です。

研究者たちは、「一人なのに二人分に見えるDNA」が法医学にどんな落とし穴を作るのかを、実際の殺人事件のケースで詳しく調べました。

17種類の臓器を調べてわかった全身キメラ体質

Credit:Canva

研究チームがまず直面したのは、「女性の遺体から採った血液なのに、DNAパターンが二人分に見える」という奇妙な結果でした。

DNA分析で得られた「DNAの型(型番のようなもの)」が、ふつうの単独サンプルではなく、混合サンプルのような形になっていたのです。

そこで研究者たちは、「汚染(別のDNAが入り込むこと)か第三者の混入か、それとも本人の体の中に何かあるのか」を切り分けるため、前述のとおり解剖で取り出した17種類の臓器や組織から、合計18のサンプルを採取し、すべてについて同じようにDNA解析を行いました。

その結果は、ある意味で予想外でした。

腎臓、肝臓、肺、心臓血、脳、骨格筋、肋軟骨、さらには腟上皮や毛根つきの毛髪に至るまで、どのサンプルからも「同じ二人分のDNAパターン」が検出されたのです。

違っていたのは、二人分の“混ざり具合”だけでした。

例えば、ある毛髪では「Y染色体の特徴」が多く、腎臓ではXとYの特徴がほぼ半々、他の多くの臓器では「X染色体の特徴」が優勢というように、臓器ごとに配合比率が変わっていました。

にもかかわらず、組み合わせそのものはすべて同じ。

これは、「別々の男性の血が混ざった」のではなく、「一人の体の中に2系統の細胞が全身に散らばっている」ことを強く示します。

決め手になったのは、性染色体の解析でした。

研究者たちがDNA分析を行った結果、この女性の体には、ふつう女性の細胞で見られるXXと、ふつう男性の細胞で見られるXYの2つの細胞系統が共存していることが明確になりました。

さらに常染色体とX染色体を使ったDNA分析からは同じ母由来のX染色体を共有していることが示され、二つの系統が「まったく別の卵子」ではなく、「一つの卵子から分かれた姉妹のような関係」にある可能性があると考えられます。

興味深いのは、卵巣の所見です。

解剖で確認された子宮や腟は正常な女性の構造で、精巣など男性の性腺組織は認められませんでした。

卵巣を顕微鏡で見ると、卵子のもとになる卵原細胞(卵子の前の段階の細胞)は、キメラではない可能性があると報告されています。

つまり、体の多くの場所ではXX+XYの“ごちゃまぜ配合”なのに、卵子につながる細胞の系統は混ざっていない可能性がある、ということです。

実際、この被害者女性は過去に男児(息子)の出産を行っていることも報告されました。

研究チームは、この全体像から、この症例を「先天的なパルテノジェネティック 46,XX/46,XY キメラ」と位置づけています。

では、このような二系統の細胞はどうやって生まれたのでしょうか。

DNA鑑定の限界と、キメラ体質が突きつける教訓

DNA鑑定の限界と、キメラ体質が突きつける教訓
DNA鑑定の限界と、キメラ体質が突きつける教訓 / Credit:Canva

なぜ女性の体はキメラになっていたのか?

論文では、卵子が受精する前に自分で分裂を始め、母親由来の染色体を持つ配偶子(精子や卵子のように、遺伝子を半分だけ持つ細胞)を二つ作り、それぞれが遺伝的に異なる二つの精子に受精される、というモデルが提案されています。

イメージでたとえるなら、一つの卵子が二つに分かれてから、それぞれに別々の精子が入って受精し、それら2系統が喧嘩することなく一人の体の中で一緒に育ったようなものです。

その結果が、今回の「部位ごとに混ざり方が違う体」だというわけです。

また今回の研究は「DNA鑑定で二人分が混ざったように見えるパターンが出たからといって、必ずしも“二人の人間”がいるとは限らない」という、法医学に影響を与える結果も示しました。

法医学の現場にとっては、「混合に見えるパターン=必ず複数人」と決めつけず、必要に応じて体のさまざまな臓器のDNAを追加で調べることも求められるかもしれません。

もしかしたら未来の世界では、DNA鑑定の報告書の片隅に「ごくまれにキメラ体の可能性があります」と一行添えられるのが当たり前になるかもしれません。

その一文は、誰か一人の人生や、ある事件の真相を、静かに守る役割を果たすのだろうと思います。

元論文

Forensic analysis of a parthenogenetic 46, XX/46, XY congenital chimera: A case report
https://doi.org/10.1016/j.fsigen.2025.103394

ライター

川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。

編集者

ナゾロジー 編集部

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