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箱根駅伝といえば青山学院大学!サッカー界で輩出した「最強の5人」…ついに初のJリーグベストイレブン受賞

  • 2026.1.1

今年も1月2日(金)と3日(土)に開催される箱根駅伝。

ここ11年で8度の総合優勝を誇る“王者”青山学院大学は、今大会で2度目の3連覇を目指している。

そんな青学は、サッカーにおいても魅力的な選手や指導者を輩出してきた。その中でも「最強の5人」を紹介する。

池田太

画像1: (C)Getty Images

1970年10月4日生まれ

まずは、武南高校から青山学院大学を経て、Jリーグ開幕の1993年に浦和レッズでプロ入りした池田太。

1年目からリーグ戦18試合、2年目には27試合に出場した池田だったが、1996年には早くも現役引退を決断。そのまま浦和で指導者としてのキャリアをスタートさせた。

その後アビスパ福岡を経て、日本サッカー協会(JFA)に入ると、世代別の女子代表監督で実績を残し、2021年10月にはなでしこジャパンの指揮官へ。

教え子たちを主力に抜擢しつつ守備をベースにしたスタイルでチームをまとめ上げ、2023年の女子ワールドカップと2024年のパリ五輪でいずれもベスト8の成績を残している。

福永泰

1973年3月6日生まれ

池田太同様、青山学院大学から浦和レッズへ加入した福永泰は、記憶に残る名手だった。

Jリーグ開幕から2年間、下位に低迷した浦和だったが、1995年に覚醒。1stステージで3位に入る快進撃を見せ、その中で大卒ルーキーの福永は重要な役割を担う一人となっていった。

巧みな技術とサッカーセンスを武器に攻撃的なポジションを幅広くこなしたほか、決定力も発揮。この年、日本人初のJリーグ得点王に輝いた福田正博の良きパートナーとして記憶されている。

その後は病気や怪我もあり、2004年に現役を引退。指導者の道へ進み、2015年には母校・青山学院大学サッカー部で監督も務めた。

三浦淳寛

画像2: (C)Getty Images

1974年7月24日生まれ

のちに「ブレ球使い」として恐れられる三浦淳寛もまた青山学院大学に籍を置いた一人。

国見高校時代は選手権決勝で見事なミドルシュートを決めるなど世代屈指のスターだった三浦だが、卒業後の進路として大学進学を選択した。

しかし入学した1994年に中退し、横浜フリューゲルスへ加入。1年目は出場ゼロだったものの、左サイドへコンバートされた1995年にはリーグ戦だけで51試合6ゴールを記録した。

以降、フリューゲルス消滅の苦難などを乗り越えながらJリーグで長く活躍。日本代表としても25試合に出場し1ゴールを挙げている。

田坂祐介

画像3: (C)Getty Images

1985年7月8日生まれ

田坂祐介もまた異色のキャリアを持つ一人だろう。

地元のサンフレッチェ広島で育成年代を過ごし、進学した青山学院大学ではキャプテンを務めるなど活躍。大卒選手のリクルーティングに力を入れていた川崎フロンターレで2008年にプロ入りした。

すると、2012年にはドイツのボーフムへ加入。海外移籍がまだ「代表選手がするもの」という時代にドイツ2部クラブへの移籍が話題となり、田坂自身も2年目から10番を背負うなど彼の地でしっかり結果を残してみせた。

ボーフムで3年間プレーしたあと川崎へ復帰し、2020年にジェフユナイテッド千葉で現役を引退。現在は古巣川崎の強化部でスカウトとして働いている。

小泉佳穂

画像4: (C)Getty Images

1996年10月5日生まれ

最後は、2025シーズンのJリーグベストイレブンに輝いた小泉佳穂。青山学院大学出身選手としては記念すべき初受賞だった。

小泉はFC東京U-15むさしから前橋育英高校を経て青山学院へ進学。2019年にFC琉球へ加入すると、当時チームメイトだった元日本代表の小野伸二は、ひと目で小泉がチームで一番うまい選手だと分かったという。

プロ3年目には浦和レッズへ引き抜かれ、リカルド・ロドリゲス監督のもとで飛躍。AFCチャンピオンズリーグや天皇杯などのタイトルを獲得した。

そして、柏レイソルでは再びリカルド・ロドリゲス監督とタッグを組み、チームの中心として活躍中。Jリーグを代表するMFの一人となりつつある。

筆者:奥崎覚(編集部)

試合だけでなくユニフォーム、スパイク、スタジアム、ファン・サポーター、カルチャー、ビジネス、テクノロジーなどなど、サッカーの様々な面白さを発信します。現場好き。週末フットボーラー。

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