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ネットのヘイト行動は“人間の基本的な心理欲求”で説明できる

  • 2025.12.20
Credit:canva

ネット上ではときおり、目に余る誹謗中傷や、特定の界隈による執拗な攻撃(ヘイト活動)を目にすることがあります。

X(旧Twitter)などで、攻撃的な言葉を連投する人々を見て、「なぜ、そこまで攻撃的になれるのだろう?」と、疑問を感じている人は多いでしょう。

汚い言葉で対象を罵り、攻撃的な発言を繰り返す人については、極端な思想に染まった人や、常識から外れた「異常な人」。アンチ活動を頻繁にする人ほど、言葉も行動も過激、といった印象があります。

しかし、これは本当に実態を捉えているのでしょうか。過激主義やネット炎上は、本当に「一部の特殊な人たち」の問題として切り離して考えられる現象なのでしょうか。

カナダのマギル大学(McGill University)のジェレミー・J・ラペル(Jeremy J. Rappel)氏ら研究チームは、過激なオンラインコミュニティで交わされるチャットログの内容を、人間の基本的な心理としてAIに分類させ、攻撃的な言動が生まれる背景について分析しました。

すると、人間の社会における基本的な欲求と、過激な発言、ヘイト用語の使用量の間に、つながりが見えてきたのです。

ネットで攻撃的な活動を繰り返す人たちが、本当に求めていることとは何なのでしょうか?

この研究の詳細は、2025年11月付けで心理学系の学術誌『Social Psychological and Personality Science』に掲載されています。

目次

  • 約2,000万件ものチャットログを解析
  • 自分の能力に執着する人は、暴言を吐かない

約2,000万件ものチャットログを解析

これまで、ネット上での攻撃的な発言を繰り返す人たちについては、主に以下の次のような心理メカニズムで説明されてきました。

① 「持たざる者」の怒り(相対的剥奪感)
「自分は社会から不当に扱われている」という感覚と、話題になっている人たちに対する「あいつらはズルい」という感覚です。これは経済的な困窮や、社会的な地位の低さからくる不満(鬱憤)を、ネット上の成功者や目立つターゲットにぶつけることで解消しようとする心理です。

② 「マウント」による自尊心の回復(下方比較)
自分に自信がない(有能感が低い)人が、他人を「ゴミ」「無能」と罵って自分より下に見ることで、「自分はマシだ」と安心しようとする心理です。 つまり、ヘイト発言は、傷ついたプライドを回復するための「防衛反応」だと考えられるのです。

こうした説明は直感的で分かりやすく、実際に当てはまる場面も少なくありません。しかし、ラペル氏らの研究チームは、そこに一つの疑問を抱きました。

もし過激な言葉遣いが、主に鬱憤や劣等感の表れなのだとすれば、誰が、どのような形で、その言葉を使っているのかについて、もう少し一貫した傾向が見られるはずではないのか。また、同じ場に参加している人々のあいだで、攻撃的な言葉遣いに大きな差が生まれるのはなぜなのか。

確かにヘイト発言、炎上騒動、アンチ活動などの投稿を見ていると、汚い言葉で悪口を言いまくっている人と、極めて冷静な口調で批判を書き続けている人など、ユーザーごとに異なる傾向が見られます。

つまり、ヘイト発言や過激派コミュニティには、単に「怒りが溜まっているかどうか」だけでは説明できない、別の動機があるように見えるのです。

研究者たちは、こうした点を踏まえ、過激な言動を特定の感情や性格の問題として片づけるのではなく、人間に共通する、より基本的な心理の働き方から捉え直す必要があるのではないかと考えました。

そこで彼らは、心理学において広く採用されている人間の行動を支える「3つの基本的心理欲求」(自律性・有能感・関係性)を通して、「活動量(熱心さ)」と「攻撃性(ヘイト)」の動機を分けて分析してみることにしました。

分析対象となったのは、独立系メディア団体「Unicorn Riot」がリークした、 極右思想や白人至上主義、陰謀論グループなどが使用していた Discord(チャットアプリ)のチャットログです。

「過激派コミュニティ」というのは日本では馴染みが薄いかも知れませんが、 日本のネット文化で言えば、 特定の対象を執拗に攻撃し続けるアンチスレや、 SNSで過激な発言が常態化している界隈を思い浮かべるとイメージに近いでしょう。

ここに含まれる約9万人のユーザーによる約2,022万件の投稿を、チームはAIの自然言語処理によって解析したのです。

ここで注目しているのは、心理学で長年研究されてきた基本的心理欲求で以下の3つです。

  • 自律性:他人にコントロールされず、自分の意思で行動していたいという欲求
  • 有能感:自分の能力を発揮して、何かを成し遂げたいという欲求。
  • 関係性:他者から尊重されたい、集団に所属して安心したいという社会的な欲求。

AIは、ユーザーの投稿内容が、上記の3つの欲求の定義「どれくらい意味的に近いか」を計算し、そのユーザーを突き動かしている「支配的な欲求」を特定してその傾向を分析していきます。

その結果、ネットでヘイト活動する人たちには、大きく2つの目的・動機の傾向があることが見えてきたのです。


自分の能力に執着する人は、暴言を吐かない

解析の結果、投稿頻度が高く、長期間コミュニティに留まる傾向があるユーザー群は、「有能感(Competence)」と「自律性(Autonomy)」の欲求スコアが高いことが判明しました。

ところが興味深いことに、 彼らは活動量が多いにもかかわらず、 ヘイト用語や露骨な差別語をあまり使わない傾向が確認されたのです。

彼らがヘイト用語(侮蔑的なスラングや単純な暴言)を避ける理由は、彼らの行動動機である「欲求の性質」から論理的に説明できます。

有能感の欲求に基づく能力の証明手段

「有能感」とは、自身の能力を発揮し、周囲に影響を与えたいという欲求です。 この欲求を持つユーザーにとって、コミュニティでの発言は、自身の知性や論理構築能力を証明する機会として機能します。

「死ね」「ゴミ」といった単純な罵倒語は、誰にでも使える安易な言葉であり、自身の知性や論理力を誇示する手段として機能しません。 自分の能力を周囲に認めさせたいと願う彼らにとって、幼稚な言葉遣いは「無能」と見なされるリスクがあり、自身のプライドを満たす手段としては不適切なのです。

そのため彼らは、露骨なヘイト用語を避けつつ、別の形で存在感を示そうとしている可能性があります。

自律性の欲求は集団同調を避けようとする

「自律性」とは、他者からのコントロールを受けず、自身の行動を自ら決定したいという欲求です。この欲求が強いユーザーにとって、集団への同調や流行やトレンドに従うことは、自身の独立性を損なう行為として忌避される傾向にあります。

ネット上での特定ターゲットへの集団的なバッシングや、決まり文句のような差別用語を連呼する行為は、心理学的に見れば典型的な「同調行動」に他なりません。そのため、自律性を重んじるユーザーは、こうした「他者と同じ言葉を使って騒ぐ」行為を避けようとすると考えられます。

彼らはヘイト用語を使用しないため、表面的な攻撃性は低く見えます。しかし、彼らは直接石を投げたりしませんが、その石を投げるための「論理的な土台」を提供し続けることで、結果としてコミュニティの過激化を長期間支えると考えられます。


過激になりやすいのは「つながり」を求める人

一方で、分析においてヘイト用語の使用と結びつく傾向があったのは「関係性」のスコアでした。

AIによる解析では、「仲間」「一緒」「みんな」「分かってほしい」など、『つながりを求める文脈(関係性)』に近いほど、ヘイト用語の使用と結びつく可能性が示されました。

なぜ、「つながりを求める人」ほど攻撃的な言葉を使うのでしょうか。

研究チームは、これを「集団への同調行動(Group conformity)」として解釈しています。

周囲の反応や空気を重視するユーザーにとって、その集団の決まり文句を使うことは、集団への適応手段となります。

もしコミュニティの結束が「特定の誰かを激しく叩くこと」で維持されている場合、より強い言葉、より過激な表現を使うことが、自分がその集団の仲間であると証明するための合理的な行動(適応戦略)として選択されると考えられます。


日本の「炎上」騒動にも似た心理が潜んでいるかもしれない

今回の研究対象は、海外の極右や白人至上主義などの過激派コミュニティにおけるDiscordログでした。

扱っているテーマは日本の一般的なネット利用とは異なるように見えますが、そこで明らかになった「人間の心理的欲求と行動のメカニズム」は、日本のネット掲示板のアンチスレや、SNSで頻発する炎上やバッシング現象を理解する上でも重要な示唆を与えてくれるかもしれません。

不祥事や失言をきっかけに、集団による激しい攻撃が行われる際、攻撃者の多くは「強い正義感」による行動であるように振る舞いたがります。 しかし、今回の研究結果は、彼らの隠れた欲求が何であるのかを示唆しています。

こうした分析を知っていけば、ヘイト活動する人たちにただ感情的に憤ったり、反論を仕掛けることを回避できるかも知れません。また、自身がヘイトに参加している人たちも、本当は自分が何を望んでいるのかに気づいて、過激な活動からは距離を置くことが出来るかも知れません。

顔の見えないネットユーザーの発言は、表面的な言葉だけでは読み取れない裏があるのです。

※今回の研究で使われたデータは、独立系ジャーナリズム団体 Unicorn Riot によって外部に流出・公開され過激派コミュニティの私的なDiscord会話ログです。
漏えいデータを研究に用いた点について倫理上の難しさがあることは、著者らも明確に認めています。その上で今回の研究では個人が特定されないようデータを追加で匿名化し、データの出所も隠さず示し、漏えいデータの取り扱いに関する既存のガイドラインに沿って扱ったと説明されています。また本研究は、マギル大学の倫理委員会の承認を得て実施されていると記載されています。

元論文

Basic Psychological Needs Are Associated With Engagement and Hate Term Use in Extremist Chatrooms
https://doi.org/10.1177/19485506251389642

ライター

相川 葵: 工学出身のライター。歴史やSF作品と絡めた科学の話が好き。イメージしやすい科学の解説をしていくことを目指す。

編集者

ナゾロジー 編集部

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