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朝ドラでは珍しくない展開を“特別に変えた”俳優「とても良い声」「愛情たっぷり」“前に出すぎない”演技が与えた余韻

  • 2026.1.30
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『ばけばけ』第16週(C)NHK

朝ドラ『ばけばけ』で描かれた、遊女・なみ(さとうほなみ)の身請け。その相手・福間を演じるヒロウエノの存在が、視聴者の心にあたたかく残った。「身請け」という言葉から連想されがちな支配や取引の気配はなく、そこにあったのは驚くほど穏やかで、愛情たっぷりな眼差しだった。なみの迷う時間も、不安も、そのすべてを受け止める男。SNS上でも「とても良い声」「愛情たっぷり」「どうか幸せに」と祝福の声が多かった彼女の選択は、誰かに“救われる”物語ではなく、自分で踏み出した人生の一歩だった。

※以下本文には放送内容が含まれます。

迷うことを許してくれた人

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『ばけばけ』第16週(C)NHK

朝ドラ『ばけばけ』で、「身請け」という言葉のイメージが静かに塗り替えられた。長らく遊郭で働いてきた遊女・なみに、なじみの客・福間から身請けの申し出がある。

この出来事そのものは、時代劇的にも朝ドラ的にも決して珍しい展開ではない。しかし本作が特別なのは、その描き方だ。そして、その空気を決定づけていたのが、福間を演じるヒロウエノの佇まいだった。

“遊女の身請け”と聞くと、多くの人は金や権力を背景にした一方的な関係を想像してしまう。しかし、福間という人物はそのイメージから意図的に距離を取っているようだ。

彼は決して急かさない。なみが迷い、少し待ってほしいと伝えたときも、その言葉をそのまま受け止め、無理に決断を迫ることはなかった。そこにあったのは、所有欲ではなく、相手の人生を尊重しようとする姿勢だ。

穏やかな情だけで成立する説得力

ヒロウエノの演技は、ただ穏やかに、しかし確かな温度で、なみへの思いを差し出す。その静けさが、かえって彼の誠実さを強く印象づけていた。なみが不安を打ち明けたとき、福間は「惚れちょる」と率直に愛情を伝えるが、それも決して重くはない。相手を縛る言葉ではなく、あくまで寄り添う言葉として発せられるからだ。

なみが最終的に福間についていくと決めた理由も、彼の言葉そのものはもちろん、彼の“待ち方”にあったように見える。

長く遊郭という閉じた世界で生きてきたなみにとって、外に出ることは憧れであると同時に、恐怖でもあった。「出たい」と願い続けてきたはずなのに、いざその扉が開くと足がすくんでしまう。その揺らぎを、福間は否定しない。説得もしない。ただ、そこに立って待ち続ける。

結婚後、挨拶のためトキ(髙石あかり)とヘブン(トミー・バストウ)のもとを訪れたなみは、晴れやかな表情で「めっっちゃくっちゃ天国!」と語る。落ち着いた和服に身を包み、化粧も控えめで、かつての遊女の面影を感じさせない姿は、彼女が新しい場所にちゃんと立っていることを示していた。

その隣で微笑む福間の表情には、誇示も得意げな様子もない。ただふたりで一緒に生きるのだ、という覚悟が、静かに滲んでいる。

福間が示した“天国”

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『ばけばけ』第16週(C)NHK

印象的なのは、なみがこの決断のきっかけとして、松江新報に連載されている『ヘブン先生日録』、つまりトキの存在を挙げたことだ。

新聞越しに見たトキの暮らしが、「私にも、何かええことあるかも」と思わせたという言葉は、本作が描いてきた“連鎖する希望”を象徴している。トキの人生が、なみの背中を押し、その選択がまた別の誰かに影響を与えていく。

一方で、なみはサワについて「一人で頑張っちょる」と語る。無理に出なくていいと言いながらも、きっと自分の力で出てくるだろう、と。

その言葉には、福間に手を引かれて橋を渡った自分と、まだこちら側に立つ友人への複雑な思いが重なっている。『ばけばけ』は、決して“男と一緒になれば幸せ”という、単純な物語には回収されないはずだ。なみの選択は“救済”ではなく、“選択”として描かれているのだから。

その選択を成立させている最大の要因が、福間という存在の描かれ方であり、ヒロウエノの演技なのである。彼は前に出すぎない。物語を動かすというより、物語が進むための“地面”になるような俳優だ。だからこそ、なみの決断は軽くならず、祝福として胸に残るのだと思う。


連続テレビ小説『ばけばけ』毎週月曜〜土曜あさ8時放送
NHK ONE(新NHKプラス)同時見逃し配信中・過去回はNHKオンデマンドで配信

ライター:北村有(Kitamura Yuu)
主にドラマや映画のレビュー、役者や監督インタビュー、書評コラムなどを担当するライター。可処分時間はドラマや映画鑑賞、読書に割いている。X:@yuu_uu_