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32年前、元祖“笑わないアイドル”が放った「剥き出しの音」 デジタル全盛期に響いた“静寂の旋律”

  • 2026.2.25

音楽シーンには力強いデジタルサウンドや、耳に飛び込んでくる派手なメロディがあふれかえっていた1994年。誰もが「より新しく、より刺激的なもの」を求めていたその喧騒の裏側で、ふと立ち止まるような優しさを湛えた一曲がリリースされた。

Wink『いつまでも好きでいたくて』(作詞:秋元康・作曲:加藤和彦)――1994年2月23日発売

それは、女性デュオとしての成熟期を迎えていた彼女たちが、あえて装飾を削ぎ落として提示した、極めて純度の高い音楽的メッセージだった。

煌びやかな仮面を脱いだ“静寂の旋律”

1980年代後半、無機質なダンスビートと「笑わないアイドル」という鮮烈なスタイルで一世を風靡したWink。彼女たちの存在は、当時の若者にとって一種のアイコンであり、どこか浮世離れした美しさが最大の魅力であった。しかし、デビューから数年を経て、時代の空気が移り変わる中で、彼女たちの表現もまた、より内省的で深みのある世界へと歩みを進めていた。

そんな中で発表された通算20枚目となるこのシングルは、これまでの彼女たちのイメージを鮮やかに裏切る、素朴で温かみのある手触りを持っていた。

特筆すべきは、その徹底したシンプルさだ。イントロから耳に飛び込んでくるのは、冷えた空気を震わせるようなアコースティックギターの音色。当時のヒットチャートを席巻していた重厚なシンセサイザーの層とは対照的に、そこには贅肉が一切ない、剥き出しの音が横たわっている。

この楽曲で中心となっているのは、フォークソングを彷彿とさせる穏やかなアンサンブル。派手なエフェクトで加工されることのない楽器の鳴りが、聴く者の心の隙間にそっと入り込んでくる。それは、激しい恋に身を焦がすようなドラマではなく、日常の延長線上にある静かな愛情を映し出すための、必然的な選択であった。

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デビュー当時のWINK-1998年撮影(C)SANKEI

巨匠たちが紡ぎ出した“普遍的な祈り”

この楽曲の骨組みを支えているのは、日本のポップス史にその名を刻む二人のクリエイターだ。作詞を手がけたのは秋元康。一方、作曲を担当したのは伝説的グループ、ザ・フォーク・クルセダーズやサディスティック・ミカ・バンドのリーダーとして知られる加藤和彦である。

加藤和彦が生み出したメロディは、どこか懐かしく、同時に時代に流されない強さを持っている。トリッキーな仕掛けに頼らず、旋律そのものが持つ美しさを信じ抜くような構成。そこに門倉聡による緻密なアレンジが加わることで、楽曲は単なる回顧主義に陥ることなく、1994年という「今」を生きるための洗練された響きを獲得した。

特に門倉聡の編曲は、音を詰め込むのではなく、あえて「余白」を大切にすることで、二人の歌声が持つ繊細なニュアンスを最大限に引き出している。

鈴木早智子と相田翔子、それぞれの歌声が重なり合う瞬間、そこに立ち上がるのは、かつての完璧なドールのイメージではない。一人の人間として、戸惑いながらも愛を信じようとする「等身大の姿」だった。彼女たちの歌唱は、技巧に走ることなく、言葉の一つひとつを噛み締めるように丁寧に紡がれていく。そのひたむきさが、聴く側の胸を強く打つ。

時代が追い求めた刺激への、静かなアンサー

1994年という年は、音楽業界が未曾有のミリオンセラー時代へ突入しようとする直前の、嵐の前の静けさのような時期でもあった。タイアップによる爆発的な拡散や、カラオケで盛り上がるためのハイテンポな楽曲が重視される中で、『いつまでも好きでいたくて』が放った静かな波動は、あまりにも異質であったかもしれない。

しかし、だからこそこの曲は、流行に敏感な層ではなく、日々を懸命に生きる人々の心に深く、長く定着することとなった。派手な演出がなくても、声とギターだけで物語を語ることができる。その事実は、音楽が持つ本来の力を改めて世に問いかけるものであった。

聴き終わった後に残るのは、高揚感というよりも、温かなお茶を飲み終えたときのような、しっとりとした充足感だ。

それは、どれほど時代が変わり、自分自身が歳を重ねても、変わらずに持ち続けていたい「大切な何か」を思い出させてくれる感覚に似ている。

過ぎ去る日々の中で、灯り続けるもの

今、この曲を改めて聴き返すと、32年という歳月の重みを忘れてしまうほどの瑞々しさに驚かされる。かつてデジタルな虚飾をまとって現れた二人が、キャリアの節目で選んだのが、この「アコースティックな温もり」であったという事実は、実に感慨深い。

音楽は、時に武器となり、時に盾となる。しかし、この楽曲は、そのどちらでもない。疲れた肩をそっと叩いてくれるような、あるいは暗い夜道で足元を照らしてくれるような、ささやかな光そのものだ。

もし、今の忙しない生活の中で、自分自身の「本当の気持ち」が見えなくなってしまったなら、一度この曲に耳を傾けてみてほしい。

そこには、かつての冬の終わりの空気が、そして誰もが胸の奥に秘めているはずの「変わらない想い」が、今も変わらず息づいているはずだから。


※この記事は執筆時点の情報に基づいています。