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能登半島地震の被災者に聞いた! 被災後1週間に本当に必要だったもの

  • 2025.9.1

9月1日は「防災の日」。この日を機に、自宅の防災グッズを見直す人も多いでしょう。この記事では、能登半島地震の被災者に聞いた「被災後1週間に本当に必要だったもの」について、体験談を交えてまとめました。

災害時に必要だったアイテムは?

今回、お話を伺ったのは3名の方です。
Aさん:50代男性。輪島市の山間部にある自宅で被災。土砂崩れで道路が通れなくなり、集落ごと孤立した。車中避難をしながら、集落の人たちが集まる避難場所に山からくんだ水を運び、持ち寄った食料を調理して住民と一緒に食べたりしていた。発災8日後に自衛隊のヘリコプターで避難した。
Bさん:50代男性。妻と子2人の4人家族で、輪島市内の自宅で被災。発災初日に近くの小学校体育館に避難したが、2日目以降は妻の母宅へ避難した。
Cさん:40代男性。妻と2人の子ども、母の5人家族で、輪島市の郊外にある自宅で被災。17日間は自宅にとどまり、自衛隊のヘリコプターで避難した。

一番必要だったものは車と燃料(ガソリン)

話を聞いた3人が口を揃えて「一番必要!」と話したのは、「車と燃料(ガソリン)」 でした。もともと、車がないと生活をするのが難しい地域らしい指摘です。
能登半島地震は、マグニチュード7.6、最大震度が7と、揺れが非常に大きかったうえ、余震が多発しました。損傷を受けた家屋で過ごすのが危険だったため、車中避難していた方も多かったそう。

3人とも、期間はまちまちなものの、安全のために車の中で過ごした経験がありました。
自宅の被害が大きかったAさんは、ヘリで救出されるまで夜は車中で過ごし、Cさんも被災直後の2日間は余震が怖くて家族で車中泊をしていたそうです。
Bさんは、避難所へ向かったものの、ペット禁止だったため家族は小学校体育館で過ごし、Bさんと犬1匹は車中泊をしたと言っていました。

Aさんは、「山に湧き水をくみに行くのも、自宅と地域の避難所の間を移動するにも、夜寝る場所としても、車は必須だった」と振り返ります。

みんな、ガソリンが減るのは心配だったそうで、車のエンジンをかけて携帯電話を充電していたAさんは、「ガソリンがなくなると充電ができなくなり、携帯が使えなくなるのがとても心配だった」とコメント。Bさんは「地震の後、車のガソリン残量が半分を切ったら必ず給油するようになった」と話していました。

石油ストーブと灯油

能登半島地震が発生したのは真冬の1月。石油ストーブは、電気やガスが使えなかった時期の暖房器具として、また、調理のための道具としてもとても重要だったそうです。

集落ごと孤立したAさん。避難所で使用した石油ストーブと、灯油のストックは各自の家から持ち寄りました。救助されるまでの約1週間、一日中暖房が必要だったので相当量の灯油を消費したそうです。正月のためにたくさん準備していた食品を、ストーブを使って調理し、集落の人たちと分け合って食べた、と話してくれました。

トイレ(携帯トイレ・簡易トイレ)

仮設トイレが避難所に届いたのは2日目の夕方で、それまでのトイレはひどい状態だったそう。

水道・電気が止まっていて、水を流せないトイレは、汚物が山のようになってあふれ、大人でも直視できないほどの汚さと臭いだったとか。特に夜間は照明もなく真っ暗で、Bさん家族は夜にトイレに行くのを避けるため、飲食を控えたそうです。

体育館のトイレは和式で、Bさんは、「高齢の方は特に大変だったのではないか」と話していました。Cさんは、自宅のトイレが浄化槽タイプだったため排泄はできたものの、電気がないため匂いに悩まされたと言います。

生活用水

スマートフォン、防災ラジオ、モバイルバッテリー、ポータブル電源

災害時、停電や携帯基地局の被害などのためTV・インターネットが繋がりにくくなることがあります。

能登半島地震の発生当日は、まだ電波がつながることがあり、小学校体育館に避難したBさんのスマホにLINEのメッセージが届くこともあったそうですが、翌日には基地局の予備電源も切れたようで、ネットも不通になりました。

3人とも、地震の発生からしばらくは、被害状況を詳しく知ることはできませんでした。
避難所に行った Bさんは、空が赤く染まるのを見たものの、情報がなく、どこで火事が起きているのかはわかりませんでした。翌日になって、輪島の朝市で大規模な火災が起きたことを知ったそうです。「被災直後はとにかく情報が欲しくて、時々つながったネットニュースで情報を集めていた。防災ラジオを準備しておけばよかった」と言います。

家族で長く在宅避難を続けたCさんは、「道路も情報も寸断されていたので、被害状況は後になってから知りました。モバイルバッテリーはありましたが、数日もすればバッテリーを使い切ってしまうので、ポータブル電源とソーラー発電機の備えが必要だと痛感しました」と話していました。

また、被災後は行政などから情報を得ることが不可欠になります。そのため、「自分の住む自治体のX(旧Twitter)は事前にフォローしておくとよい」とアドバイスをもらいました。

写真:PIXTA

ラップ・紙皿・紙コップ・割り箸、湯煎ができるポリ袋

飲み水や食料は、正月用に十分に準備されていたため、3人ともそこまで逼迫しなかったと話していました。ただ、生活用水には余裕がなく、皿が洗えなかったため、紙皿を使ったり、皿にラップを敷いたりして食事をしていました。ラップや紙コップなどは、汚れた物だけ捨てられるので、とても重宝したそうです。
また、Cさんは、「湯煎に対応できるポリ袋があったので調理ができた。これは今後も備えておきたい」と話します。

まとめ

3人の話をもとに、「必要だったものリスト」をまとめました。

・車
・燃料(ガソリン)
・簡易トイレ
・石油ストーブ・灯油(冬季)
・水(生活用水含む)
・モバイルバッテリー(大容量)
・ポータブル電源・発電機
・防災ラジオ
・ラップ・紙皿・紙コップ・割り箸
・湯煎ができるポリ袋
・現金・食料品(保存食)・衣類
・(子どもがいる場合)本・塗り絵等(子どもが遊べるもの)

Cさんは、「被災後、水と食料品(保存食)を備蓄しています。最低限の衣類と保険証、少しの現金などをリュックにまとめ、被災時に持ち出しやすいように準備してあります」と話していました。Bさんは、持ち歩き用のモバイルバッテリーを大容量のものに買い換えたほか、毎日、充電を満タンにしているそうです。

どの季節に、どんな地域で被災するか、また、家族構成などによっても、必要なものは変わります。被災者の体験談を参考にして「自分の家族にとって必要なもの」を考え、備えるきっかけにしてもらえたらと思います。

<執筆者プロフィール>
本間友子
フリーライター
静岡県出身。令和6年(2024年)能登半島地震後、現地を2度訪れている。

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