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朝ドラで“11年ぶりの登場”が話題に…「脇役なのに名前有り」「贅沢づかい」“ほんの一瞬”で物語を動かす名俳優の妙

  • 2025.9.29
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『あんぱん』最終週(C)NHK

朝ドラ『あんぱん』のラスト近く、のぶ(今田美桜)が訪ねた町の写真館に登場した店主役が、石橋蓮司だった。出番はほんの一瞬。石橋は軽妙にアンパンマンのセリフをまねてみせ、笑いと温かさを同時に生み出した。SNSでは「脇役なのに名前有り」「石橋蓮司の贅沢づかい」と盛り上がり、その余韻は放送後もしばらく続いた。

写真館の店主は門番的存在?

なぜ石橋の一瞬だけの出演シーンが、ここまで印象に残ったのか。写真館の門番として物語に余韻を刻んだ役割、そして朝ドラ『花子とアン』から『あんぱん』へと続くシリーズ史的な遊び心、この二つの軸から読み解いてみたい。

写真館とは、記憶を残し、形にする場である。『あんぱん』でのぶが写真を現像しに訪れるエピソードは、物語上では何気ない、旅の記録を残すための場面に見える。しかし、石橋演じる店主・堀井が放った言葉は、単なるサービスでは終わらなかった。

「愛情込めて遺されたものはすたれません」

「繰り返し読まれることでどんどん良さが増すはずだ」

のぶが直前に受けた批評家からの酷評を真っ向から打ち消すように、堀井は“アンパンマン”という作品が持つ永続的な力を肯定した。それは批評でも論理でもなく、孫にせがまれて毎晩アンパンマンの絵本を読んでいる一人の祖父として、実感から生まれた言葉だった。ここに、創作の本質が宿る。

写真館は記録の場であり、同時に“区切り”の場所でもある。石橋の登場は、アンパンマンが批判を超えて読み継がれる存在となることを示唆し、物語全体の“継承”というテーマを明確にした。つまり堀井は、一瞬だけ現れて、物語に“扉”を開く門番のような役割を果たしたのである。

シリーズ史を横断する遊び心:『花子とアン』から『あんぱん』へ

さらに興味深いのは、石橋蓮司が過去の朝ドラ『花子とアン』で、主人公・安東はな(吉高由里子)の祖父・周造を演じていたことだ。孫を支え、ときに幻となって励ます存在だった周造は、まさに“応援役”であり、主人公の成長を見守る象徴的な人物だった。

そして今回の『あんぱん』。約11年ぶりの朝ドラ出演は、偶然にも再び「アン」がつく作品だった。しかも演じるのは、やはり主人公を励まし背中を押す役回り。祖父から写真館の店主へ。この二つの役は直接的なつながりを持たないが、どちらも“未来を照らす応援者”という役割を担っている。

NHKが仕込んだ遊び心にも思える構造。『花子とアン』の記憶を持つ視聴者にとって、石橋の登場は単なるゲスト出演ではなく、朝ドラの歴史を横断する仕掛けとして働いているように思える。「アン」の系譜を引き継ぎ、「アンパンマン」へと橋渡しする役者。それが今回の石橋の登場の意味だった。

役者・石橋蓮司の存在感:悪役から“応援役”へ

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『あんぱん』最終週(C)NHK

石橋といえば、かつてはヤクザ映画やサスペンスで冷徹な悪役を多く演じたイメージが強い。“狂気を纏った悪役”として観客に強烈な印象を与えてきた彼が、近年はまるで反転するかのように“応援役”を担っていることに注目したい。

今回の写真館の店主は、怖さのかけらもない温厚な老人だ。しかも「ぼくはアンパンマンだぁ」と芝居がかった声で孫の真似をするという茶目っ気まで見せる。過去に培った強烈な存在感を土台にしながら、ユーモラスな軽さをさらりと出せるのは円熟の技だ。

つまり石橋は、悪役で鍛えた“強度”を持ちながら、いまやそれを優しさやユーモアに転化している。だからこそ画面に数分しか映らなくても、作品全体の温度を変えることができるのだ。

『あんぱん』における石橋蓮司の出演は、ゲスト以上の意味を持っていた。物語のなかでは“写真館の門番”として、創作と継承をつなぎ、主人公を勇気づける役割を担った。そしてシリーズ史的には『花子とアン』から『あんぱん』へと、朝ドラの記憶を渡す象徴的な存在となった。

たった一瞬で物語を動かし、作品史をも横断する。それが石橋蓮司という俳優のすごみである。彼が出てきた瞬間、観客は「これはただのゲスト出演ではない」と直感し、深い余韻を味わう。

悪役として恐怖を刻みつけ、いまは応援役として希望を渡す。石橋の演技は常に、時代や作品を超えて観る者の心に痕跡を残す。『あんぱん』での一瞬は、その到達点のひとつだったといえるだろう。


連続テレビ小説『あんぱん』毎週月曜〜土曜あさ8時放送
NHKプラスで見逃し配信中

ライター:北村有(Kitamura Yuu)
主にドラマや映画のレビュー、役者や監督インタビュー、書評コラムなどを担当するライター。可処分時間はドラマや映画鑑賞、読書に割いている。Twitter:@yuu_uu_