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AIはセラピストに代わる存在になるのか? メンタルヘルスケアにおけるAIの可能性とリスク

  • 2025.8.6
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「機械は考えることができるか?」──これは、数学者アラン・チューリングが1950年に初めて投げかけ、「チューリングテスト」と呼ばれる彼の実験の土台となった問いだ。この実験では、人間と機械に同じジレンマが提示され、もし機械が人間の行動を模倣することができれば、それは知能と見なされる。チューリングは、この機械の知能が数十年のうちに徐々に実現するだろうと予測したが、実際には彼の予想よりも早く現実のものとなる。1960年代にはマサチューセッツ工科大学の教授、ジョセフ・ワイゼンバウム博士が、現代のAIの先駆けとなる初期型のチャットボット、ELIZAを発表。ELIZAは心理療法士を模倣するようにプログラムされていた。だが、テクノロジーが私たちの生活のあらゆる場面にその範囲を拡大する一方で、その急速な進歩ゆえにガードレールの整備が追いつかないという不穏な局面に直面する今こそ、チューリングの問いは、より先見の明に満ちたものとして感じられる。

2025年、チューリングの問いは「機械は感情を持ったり、理解したりすることができるか?」という別の問いに変化した。なぜなら、AIをセラピスト感覚で利用する人が増えるにつれ、私たちは人間のセラピストに取って代わる役割をAIに求めるようになっているからだ。

ELIZAの登場以来、このテクノロジーは大きな進歩を遂げた。現在では、「いつでもあなたをサポートする、親身で賢いあなたのためのAI」を謳うPiをはじめ、「いつでもあなたの話を聞き、会話する」Replika、そのほかにもWoebot、Earkick、Wysa、TherabotなどのAIを活用したメンタルケアサービスが存在し、ただ話す対象が欲しいだけなら、さらに多くの選択肢がある。これらのチャットボットの一部はメンタルヘルスの専門家と共同開発されているが、気をつけたいのはそうではないものもある点で、一般ユーザーがそれを判別するのは難しい。

なぜAIセラピストが選ばれているのか

メンタルヘルスのサポートにAIを頼る人が増えている理由のひとつはコストだ。オンラインか対面かにかかわらず、人間のセラピストのセッションは高額であり、保険が適用されなかったり、適用されるかどうかを確認するために手間がかかる場合が多い。そのため、本物のセラピストに代わる安価な代替として、チャットボットが若い世代に選ばれているのだ。

さらに、メンタルヘルスケアを求めることへの偏見も依然として存在する。「文化や宗教、または固定観念から、多くの家庭でセラピーやメンタルヘルスに対する偏見が世代を超えて受け継がれています」と、ロサンゼルスで医療ソーシャルワーカーおよび EMDR(眼球運動による脱感作と再処理法)セラピストとして活動するブリジット・ドナヒューは言う。

また、自分のスケジュールに合わせて利用可能(実際、Woebotはこれをキャッチコピーにしている)という便利さも魅力だ。「AIセラピストは休暇を取りませんし、予約を断ったり、キャンセルすることもありません。24時間365日利用可能です」と、マリッジ・ファミリーセラピストで『親という傷』(2023)の著者であるヴィエナ・ファロンは言う。「AIは決して期待を裏切らない完璧な体験を提供します。ただし、実際には癒しとは完璧さからもたらされるものではないのです」

多くの場合、癒しは自動化されていないセラピーセッションにおける不和や摩擦、緊張をともなう。「不完全さや人間的な欠点、そして必然的に起こる失望を(セラピーのセッションから)排除すると、クライアント(患者)は困難や対立を乗り越える経験を奪われてしまいます」とファロンは言う。人間であるセラピストのいわゆる「不完全さ」は、実は多くの人にとって安心材料になることもある。「完璧であることへの強いプレッシャーの中で育った人にとって、セラピストの些細なミスは問題を改善する上での手助けになることがあるのです」とドナヒューは付け加える。

若い世代がセラピーにAIを活用する主な理由のひとつは、テクノロジーの活用がかれらにとって自然な選択だからだ。「何かしらのデバイスを手足の延長のように使いながら育ったため、すべての物事に対するかれらの最初の反応はスマートフォンを手に取ることなのです」と、ソーシャルワーカーで、セラピストと利用者をつなぐサービス、MyWellbeingの創設者兼CEOであるアリッサ・ピーターセルは説明する。また、ドナヒューも、パンデミック期に人格形成期を過ごし、対面での交流から隔絶され、スマートフォンやソーシャルメディアに依存してつながりを維持してきたZ世代にとって、AIセラピーは自然の流れのように思えるのだろう、と指摘する。

若いユーザーがAIをセラピー目的に使う際につきまとうリスクも

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ほかの人間ではなくオンラインに頼りがちになる、このZ世代の本能的な行動にセラピストは警鐘を鳴らす。なぜなら、若者は精神的に影響を受けやすく、ピーターセルによれば、これは発達段階と深く関係がある。かれらの脳は、他者の意見から独立した意思決定を支える領域がまだ発達していないのだ。そこに若者が積極的に受け入れる、説得力あるアドバイスを伝える効果的なデバイスが加わると、最悪の事態が生まれる。

その「最悪な事態」の最たる例が、チャットボットとやり取りしたユーザーが他者や自身に危害を加えた事件だ。Character.AI(ユーザーがセラピストを含む架空のキャラクターを作れる対話型AIプラットフォーム)の使用が破滅的な結果をもたらしたとして、10代のユーザーの親2組が同社に対して訴訟を起こしている。もちろんこれは極端なケースだが、若い世代がAIをセラピー目的に使う際には常にリスクが存在する。「自分で学び、試行錯誤し、判断する能力が失われます。特に、若者はテクノロジーを信じやすい傾向があるため、その影響を受けすいのです」とピーターセルは指摘し、デバイスなしの時代を経験し、より豊富な人生経験から柔軟な思考と健全な懐疑心を持ち合わせている40歳以上の世代と対比した場合のリスクに警鐘を鳴らす。

それでも、メンタルヘルス分野においても、AIは悪い面ばかりではない。「リスクと限界をよく理解し、良い点も評価しなければなりません。明らかに多くのメリットがあるからです」とファロンは言う。そのひとつが、医療記録や文書を迅速かつ効率的にレビューできる点だ。ピーターセルは、意識の流れを綴った何ページにも及ぶ日記をAIに入力し、内容に基づいて自分の意見を分析させるといった使用例を挙げている。

しかし、AIは私たちが与える指示の精度に応じてしか機能しない。例えば、チャットボットに感謝の心を養う方法を聞くと、10の提案を返してくれるかもしれない。けれど、そのひとつが「近所を散歩する」で、住んでいる地域が危険な場所だったとしたら? あるいは、父親との関係がこじれているのに、連絡を取ることを提案された場合は? このような場面では、質問者の判断力が問われるとピーターセルは指摘する。

また、ChatGPTと人間のセラピストを比較したある研究で、被験者はAIが生成したアドバイスを人間によるものと区別できず、高く評価したという結果が、今年初め『PLOS Mental Health』誌に掲載された。このような研究が、AIを臨床現場に導入する際の適切な枠組みや徹底した監督体制などの配慮を促す一方で、依然として懸念も残る。ファロンは、チャットボットはニュアンスを理解できず、人間のセラピストのような状況に即した文脈を提示することができない点に言及。ドナヒューも、AIのアプローチには即効性があり、理論上では魅力的でも、悲しみやトラウマの回復を適切な人間の時間軸で促すことはできないこと指摘している。AIのアドバイスは、一時的には的を射ているように感じられるかもしれないが、長期的にクライアントにどのような効果をもたらすのだろうか?「AIの洞察力を私たちが使いこなせるようになったとき、人間の内省する能力や、経験や価値観に基づいた意思決定能力にどのように影響するのでしょうか」とピータセルは問いかける。

テクノロジーは人とのつながりの代替にはならない

AIと親密な関係を築き、生身の人間ではなくチャットボットに安らぎを求めることは、逆に孤立感を助長し、現実世界の対人関係に悪影響を及ぼす可能性がある。人工知能が人間の知能に及ぼす脅威(特に教育分野での影響と、学習能力や批判的思考力を著しく低下させているという点)が頻繁に議論される中、人とのつながりに与える危険性についても同様に考えることが重要だ。そして、人とのつながりこそが、セラピーとそれがもたらす効果の根幹にあるのだ。

「化学的、物理的、エネルギー的なレベルで、ほかの誰かと一緒に過ごすことはケアの大部分を占めていて、それはバーチャルの場合でも同じです」とピーターセルは言う。自分自身の感情的な反応からの乖離を感じる人にとって、そのつながりは特に強力なものであるとドナヒューは指摘する。専門家によると、AIにはセラピーの領域での一定の利用価値はあるものの、唯一の拠り所になるべきではないという。現在の政権がビッグテックに無制限の権限を与え続けている中(最近では、共和党が予算調整法案に、州がAIを規制することをこの先10年間禁止する条項をこっそり盛り込んだ)、この点は心に留めておくべきだ。

AIは完全な善でも完全な悪でもないが、セラピーにおいて人と人とのつながりが持つ価値に取って代わることは決してできない。「AIは、人間関係を通じて成長し、学ぶことの素晴らしさやややこしさを経験する機会を奪っています」とドナヒューは言う。「私たちは生きていくために、人とのつながりが必要なのです。人間には人間が必要。この一言に尽きます」

Text: Fiorella Valdesolo Translation: Motoko Yoshizawa

From VOGUE.COM

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