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離婚して「結局ひとりが最高」と思ってたのに、男が再婚を決意した意外すぎる理由

  • 2025.7.14

男という生き物は、一体いつから大人になるのだろうか?

32歳、45歳、52歳──。

いくつになっても少年のように人生を楽しみ尽くせるようになったときこそ、男は本当の意味で“大人”になるのかもしれない。

これは、人生の悲しみや喜び、様々な気づきを得るターニングポイントになる年齢…

32歳、45歳、52歳の男たちを主人公にした、人生を味わうための物語。

▶前回:寝室はひとつなのに、もう10年一緒に寝ていない…。妻との会話が子育てしかない45歳夫婦の苦悩

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Vol.12 なんでもない日に、花束を 弁護士の52歳、千葉義久の場合


あらゆる種類の人間が集まる街。

それが、東京だ。

そのうえ、ここは渋谷。東京の中でも最も多種多様な人間が、まるでごった煮のように交わり合っている。

本来であればどんな言葉が耳に入ってきても「人は人」とスルーするのが礼儀なのだろう。

それなのに…今夜の僕は、なぜだかスルーできなかった。

「それが大人の愛情表現だろ?いつまでも男女ではいられないだろ!気持ち悪い」

バーで隣に居合わせた、2人連れの男性客の言葉に──気がつけば僕は、偉そうに説教を垂れてしまったのだ。

「気持ち悪くなんて、ないですよ」

「…え?」

「ごめんなさいね、聞こえちゃって。

でも、好きだ、愛してるって言葉にされるのは、いくつになっても嬉しいものですよ」

一体なにごとかと、相手方はさぞお困りになったことだろう。だけど、どうしても言わずにはいられなかったのだ。

別に、相手がどうみても年下だからと、50代の人生の先輩として説教がしたかったわけじゃない。

多分この言葉は、自分自身に言い聞かせていたのだと思う。

愛する人への花束を握りしめた、今の僕自身に。

セルリアンタワーのバーを出た僕が向かったのは、渋谷駅の改札だ。

21時13分渋谷着の成田エクスプレスは、予定通りに到着したらしい。改札から溢れ出る人混みの中、真っ先に僕のもとへと向かってくる妻の姿を見つけることができた。

「義久さん!」

「凪沙、おかえり。どうだった?インドは」

「暑かったよ〜、でもすごく実りのある出張だった」

飛びついてきた妻の凪沙に、僕は尋ねる。

「何食べたい?帰国したばかりで疲れてない?」

「全然大丈夫。『琉球チャイニーズ タマ』はどう?ここからすぐだし、遅くまでやってるよね」

「いいね、久しぶりだな。行こうか」

これが、僕ら夫婦の日常だ。

インバウンド求人のプランナーを務める凪沙は、とにかく日頃から海外出張が多い。

できれば空港まで車で迎えに行ってあげたいところだけれど、こちらも仕事の日はそれも難しい。

そのためこうして、成田エクスプレスが停まる渋谷で待ち合わせてから、遅めの夕食に出かけるのだ。

都心であれば遅くにやってる店を探すことは難しくないし、大きな荷物は空港から豊洲の自宅まで送ってしまえばいい。

ほとんど手ぶらの凪沙の手を取り、渋谷の街を歩き出す。

2年前の僕には、とてもじゃないけれど考えられなかった状況だ。

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そう。今こうして、妻という存在とふたりでディナーに出かけているなんて、2年前の僕には全く想像ができなかった事態だ。

というよりこれは、誰であれ想像しえなかった状況だと思う。その証拠に今日もまた僕たちは、周囲からときおり、チラチラと無遠慮な視線を投げかけられている。

平日夜21時の渋谷だ。手を繋いで歩くカップルはごまんといるから、視線を集めているのはそれが原因ではない。

僕たちが周りから注目を浴びる理由。それは、明らかに釣り合わない歳の差だ。

52歳の僕に対して、凪沙はまだ32歳。

歳の差20歳の僕たちが手を繋いでいる様子は、ひどく奇異な光景に映っているのだろう。

― 当然だよなぁ。俺だってまさか、こんな年下の子となんて…。

蒸し暑い夏の夜は、なぜだか人を懐かしい気持ちにさせる。

そんなことを思いながら僕は、自然と凪沙と出会った頃のことを思い返していた。



「千葉さん。ひとりで食事するのって、つまらなくないですか」

「はあ、別に」

それが、凪沙と交わした初めての会話らしい会話だ。

事務所のデスクでコンビニ弁当を広げる僕を、厳しい顔で見つめる凪沙の顔。その顔がなんだか妙に大人っぽくて、不思議な感覚が胸に広がったことを覚えている。

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当時の僕と凪沙の関係は、ただの弁護士とクライアントというだけだった。

凪沙が役員を務める企業の担当弁護士として、八丁堀の事務所でときおり顔を合わせてミーティングをするだけ。

それでも凪沙は毎回、僕を熱心に食事に誘ってくれつづけたのだ。あけすけな好意の言葉と共に。

「ひとりで食事するなんて、絶対つまんないですよ。ね、私、千葉さんのこと好きなんです。一緒にご飯行きませんか」

「いや、別に。ひとりの方が気楽ですね。それに、年が離れ過ぎてますよ。お気持ちはありがたいですけど」

その言葉に、嘘はなかったつもりだ。

20代で司法試験に合格し、50代まで弁護士なんて仕事を続けていれば、大抵の人なら境地に至ってしまうと思う。

他人なんて、煩わしいだけ…という境地に。

妻の目を盗んで不貞を繰り返す夫。

夫の遺産にしか興味のない妻。

愛が一転して憎しみ合う夫婦。

相続。養育費。慰謝料。結婚。打算しかない契約。

来る日も来る日もそんな例ばかり見ていると、他人に対して全くと言っていいほど希望が持てなくなってしまうのだ。

それに僕自身、20代、30代でそれぞれ結婚してみた経験がある。

けれど、「社会的立場を固めるために、なんとなく結婚はしておいた方がいいかな」なんていう最初の結婚は、あっというまにダメになった。

押しに押されて事務の女性とした2度目の結婚も、子どももできる間もなくダメになった。事実無根のDVで裁判を起こされたのだ。僕に法律の知識がなければ、多額の慰謝料を取られることになっていたと思う。

そんなことばかりが続いていれば、誰かを本気で信じることができなくなっても、決して不思議ではないはずだ。

たまに女性と食事に行っても、高級なジュエリーをねだられたり、高価なデートを期待されたりするだけ。

疲弊していたのは、50代という年のせいではない。だけどその一方で、50歳を迎えてしまえば人間、おいそれと考え方を変えるのは難しい。

とにかく当時の僕は、心の底から思っていたのだ。

もう、50代。

いまさら何も、望むまい。と。

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― 一生、ひとりで生きていく。

その決意を覆されたのは、凪沙と話すようになって半年が過ぎた頃だっただろうか。

「千葉さん!」

明るい声と共に、昼時のMTGに駆け込んできた凪沙…。その手に下げられていたのは、なんの変哲もないファストフードの袋だった。

「ね、千葉さんは嫌かもしれないけど…私のために一緒に食べてくださいよ。好きな人と食べるご飯って、何よりも美味しいから」

「……はあ」

やめろ、やめてくれ。

心が全力で叫んでいたのに、僕はなんの抵抗もできなかった。

差し出されたファストフードのハンバーガーに、しぶしぶ齧り付く。

そして驚きのあまり、一言も言葉を発せなくなってしまったのだ。

…凪沙から、確信をつく質問をされるまでは。


「千葉さん、美味しいですか?」

「……」

「美味しくなければ、私…潔く身を引きます。担当者も代わります。今までしつこくして、ごめんなさい」

「…いや…」

「え?」

「…ものすごく、美味しいです」

やめろ。やめろ。やめてくれ。

自分の叫ぶ声が、頭の中で響いている。だけどその理由は、はっきりとしていた。

本当はずっと惹かれていたのに、心を閉ざして凪沙を拒否していたのは、この美味しさに気付きたくなかったからだ。

僕はもう、50代の成熟した男だ。

ひとりで生きていく。

ひとりで生きていける。

せっかくそう思っていたのに、どうして今更になって──好きな人と食べる食事のおいしさを思い出さなくちゃいけない?

「千葉さん。美味しいって、思ってくれますか?」

「一緒にする食事が美味しいからって、なんだっていうんですか」

「だって、食事は毎日のことです。なんでもない毎日に小さな幸せが感じられるのって、最高じゃないですか」

「いや、でも…。僕は、バツ2ですし」

「私だって、好きな人がいたことがあります。当時は待つことしかできなかったから、今はこうして自分から言葉にすることにしたんです」

小さな事務所で交わされる不思議な攻防戦は、終わりがないように思えた。

― たしかに、なんでもない日が幸せなのは、いいな。

うかつにもそう思ってしまったけれど、折れる気はなかった。

だって、僕はもうこんなオジサンだ。彼女のことが好きならなおさら、気持ちに応えることはできなかった。

それなのに。

「でも僕と君じゃあ、あまりにも年齢が離れてるでしょう」

最後通告のつもりで放った言葉だった。それなのに彼女は──凪沙は、嘘みたいにケロッとした表情で、答えたのだ。

「年齢なんて関係ないですよ。もしかして、50歳だから自分の方が大人だ…なんて思ってます?

言っておきますけど、女からみれば、男の人はいくつになっても未完成みたいなものですからね」

少しの沈黙のあと、僕は思わず凪沙に尋ねた。

「…未完成?50代で?」

「そうですよ。可愛いもんです」

「可愛い?」

「あんな寂しそうな顔してお弁当食べちゃって。何歳だろうが、関係ないですよ。

私がこれからずっと、一緒にごはん食べてあげますよ───」

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弁護士として、嘘に向き合う毎日は変わらない。

だけど、52歳になった今も、凪沙は僕に嘘をついたことがない。

「ねえ、これ美味しいね!」

たどり着いた『琉球チャイニーズ タマ』で、僕の隣でニコニコと微笑んでいる。

凪沙と一緒に食べる食事は、バーでひとりで傾けるボウモアよりも、味覚と心を刺激してくれた。

僕は歳を重ねることに怯えたことは一度もないけれど、こうして妻と一緒に食事をとるたびに、2年前にタイムスリップしたくなる。

― 一生ひとりで生きていく。もう、50代なんだから。

そう悩んでいたあの頃の自分に伝えたいのだ。

だれかと食べる食事は、なによりも美味しい…ということを。

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妻の膝の上には、僕があげた花束が咲き誇っている。

大きくもない、高価でもない、小さな花束。

だけど僕は、ときどきこうして妻に花束をプレゼントすることにしている。

なんでもない日を幸せにするために。

何歳になっても、素直な気持ちを伝えるために。

いくつになっても──まだ完成しない毎日の喜びを、積み重ねていくために。

Fin.


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