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あの頃、もうひとつの青春があった。 仕掛け人・三ッ木早苗さんが語る『海がきこえる』誕生秘話

  • 2025.6.25

2025年7月4日(金)より、全国でリバイバル上映されるスタジオジブリ作品『海がきこえる』。高校生たちの揺れ動く心を静かに描いた本作は、劇場公開ではなくテレビスペシャルとして1993年に映像化された異色のジブリ作品。もともとはアニメ雑誌「アニメージュ」で連載された氷室冴子さんの小説が原作で、今も多くのファンの共感を集めています。今回は、原作小説を企画・編集した三ッ木早苗さんにインタビュー。氷室さんとの出会いから連載秘話、アニメ化の舞台裏まで、当時の空気感とともに語っていただきました。
また、『海がきこえる』作画監督であり、原作小説の挿絵を担当していた近藤勝也さんが、今回のインタビューのために特別に描き下ろした新作イラストも掲載。ぜひご覧ください。

取材・文:船橋麻貴

それは1通のFAXから始まった

──そもそも、どうして氷室さんに小説を書いてもらおうと思ったんですか?

「アニメージュ」では、1982年から宮崎駿さんの漫画「風の谷のナウシカ」の連載がはじまり、ほどなくしてアニメ化。「天空の城ラピュタ」などの連作に続き、ジブリ設立と大きなうねりが巻き起こっていました。
ひとつの雑誌からこれだけのことを発信するのは当時、デスクから編集長を務めた現スタジオジブリ プロデューサーの鈴木敏夫さん(以下、敏夫さん)の野望(笑)の成果だったと思います。
そんな雑誌ですから、情報だけでなくアニメ界の才能を開花させるオリジナル企画もたくさんありました。私も、ここから広がる、それも「アニメばかりじゃなくて、実写的な感覚のある作品も届けたい」という思いが自分の中に強くあって。それで、実写作品にできるような物語を、小説という形で連載してみたいと考えたんです。それで、少女小説の世界から新しい風を入れてみようって。

──その当時、少女小説の第一線で活躍されていたのが、原作者の氷室冴子さんだったわけですね。

そうそう。でも、当時の氷室さんはミリオンを連発する人気作家で、集英社専属みたいな感じでした。私たちがオファーしようとしても集英社のガードがきつくて連絡の取りようがなかったんです。30年以上も前のことなので記憶が曖昧なんですけど、ありとあらゆるツテをたどってなんとかFAX番号を入手でき、まずはお手紙を送信してみたんですよ。そうしたらお返事が来て、新宿中村屋でお会いすることになって。敏夫さんからは『最初から小説を書いてほしいと願いするのはハードルが高いから、まずはエッセイの依頼という体裁にしよう』と言われていて。内心「うーん、作品にたどり着くまで遠回りになるなぁ」なんて思いながら(笑)、氷室さんに敏夫さんと先輩の亀山(修)さんと3人で会いに行ったんです。それで話は弾んだのですが、具体的な話にはならず「これからお世話になります」みたいな感じで終わったんですよ。

──そこからどうやって小説の連載に漕ぎ着けたんですか?

その会合後、敏夫さんに「すぐに会いに行け」と言われて、これも敏夫さんの入れ知恵でわざとアポも取らずにご自宅に突撃訪問(笑)。ジブリのVHSビデオをお土産に持って、氷室さんの最寄りの駅から電話して……。「渡したいものがあるんですが」と伝えると、近くの喫茶店で会ってくださったんです。そこから話が盛り上がって、なんと初めて2人で会ったその日に一緒に飲みに行って、彼女の家にもお邪魔して(笑)。本当に、不思議なご縁の始まりでした。

──最初は友人のような関係性から始まったんですね。

氷室さんが1学年上で、当時の私たちは30代前半。本当によく飲み、よく遊んでました。しばらくは作品の話には遠く、どうでもいい話ばかりをしていたけど、「いずれ作品を」とは言っていたかな。それと「必ずジブリでアニメ化できるわけではないですよ」とはっきり伝えていました。
連載開始の決定打になったのは、『魔女の宅急便』の完成披露試写に氷室さんを誘ったこと。上映後に「こういうエンディングのあるような作品を書きたい」って興奮気味におっしゃったんです。その言葉がすべての始まりでした。そのまま二人で飲みに行って、ああでこうで、と大盛り上がりでした。

“ハチキン”の街・高知を舞台に

──『海がきこえる』の舞台を高知にしたのは、氷室さんのアイデアですか?

そう、氷室さんが迷いなく「高知がいい」と。高知には“ハチキン”って呼ばれる、気風のいい女性たちがいて、彼女はそうした人たちとすごく親しくしていたんです。図書館司書さんとか、市役所の方とか、地方の文化を支える存在の人たち。交流を重ね、何度も高知を訪れるうちに、山と海、太陽の光に恵まれた土地での生活が、北海道生まれの彼女にとってすごく魅力的だったんだと思います。

四国山脈に囲まれた高知は、かつては北側からのアクセスが困難だったそうです。だから、外とつながるには海から出て行くんですね。瀬戸大橋の前はフェリーとか。そういう土地の“閉ざされた感覚”や逆に“開かれた太平洋、海から大阪、東京、そこから繋がる若者たちの未来への憧れ”と、高知を離れた人の海に囲まれた生活への郷愁もあいまって『海がきこえる』というタイトルなんだと思います。氷室さんのセンスが光ってますよね。後年、その想いをこめて英語のタイトルも『Ocean Waves』 にしたんです。

──土地の選定からして、物語の空気感に直結していたんですね。

ええ。現地にもロケハンに一緒に行きましたね。拓や里伽子たちが通う高校のモデルとなった高知追手前高校の生徒さんたちに話を聞いたり、地元の女性たちから見た高知の男性像について取材したり。そういうリアルな空気感が、作品の端々ににじみ出ていると思います。

近藤勝也さんが生み出した世界観

──ビジュアル面では作画監督を担当された近藤勝也さんの存在も大きかったと思います。どのように制作が進んだのでしょう?

小説を連載するにあたって挿絵が必要だったんですが、『魔女の宅急便』でキャラクターデザインを手がけた(近藤)勝也くんの絵をあらためて見ると、キキって実はせつない表情をしているんですね。そのせつなさがリアルで。「やっぱりこの人しかいない」と感じて。ちょうど彼ともよく会っていた時期だったので、いま思えばわりと軽くお願いして、OKをいただき、勝也くんがジブリ所属だった頃なので敏夫さんに「ちょっと貸して」と(笑)。

──どうやってあのキャラクター像に辿りついたのでしょうか?

氷室さんとは別に、勝也くんとも小説がまだ書かれる前に一緒に高知にロケハンに行ったんです。写真をたくさん撮って、帰ってきてからはスケッチブックにたくさんラフを描いて、それが挿絵に活かされた感じですね。少女の戸惑いとか、揺らぎとか、そういうものがラフなのにすごく繊細に描かれていた。そういうのを描ける人なんですよね。

実際の制作はかなり自由なスタイルでした。氷室さんの原稿がギリギリで上がるので、後半戦になるほどスケジュールは厳しい。「2日で描ける?」と小声でお願いしたりして(笑)。物語の「このあたり」「この雰囲気」という感覚を伝えて、必要な資料はこちらで用意して、勝也くんが挿絵を描いていく。それこそ、ロケハンで見た風景やスケッチブックに描いたようなイラストが静止画なのにイキイキと動き出したようなイメージですね。

──近藤さんのイラストで、氷室さんの世界が広がっていた部分も?

ありましたね。そもそも企画がスタートしてすぐ、ロケハン前に、氷室さんの構想メモがあり、それだけを元に勝也くんがラフを描いて。そこから世界は作られはじめました。そうしたイラストを見て、氷室さんのほうも作品の世界観を広げていった。そのあとは、氷室さんの小説1回に勝也くんがイラストで答え、その絵に触発されて氷室さんが小説をつなげる。連載はその繰り返し。おたがいがラブレターを交換しながら作りあげていった感じでした。

あの頃の気持ちと重ねながら

──アニメ化はどのように進んでいったのでしょうか?

宮崎駿さんが『紅の豚』を終えたあとで、敏夫さんが「若手にやらせよう」とたくらんで(笑)白羽の矢がたったのかな。ジブリとしても新しい試みをやりたかったんだと思います。氷室さんも、もちろん快諾してくださって。もう話はあっという間に映像化へと突き進んでいきました。

──『海がきこえる』の魅力は?

やっぱり“跳ねてない”ところ。いわゆるマンガやアニメ的な派手さがない。男の子の視点で、静かに語られていく。振り回す女の子が出てきて、でも彼女は多くを語らない。そこがいいんですよ。里伽子って本当は孤独な子で、高知のまぶしいくらいの光の中でその孤独が逆に浮かび上がるんですよね。

それに、若いからこそ揺れ動く気持ち。そういう青春時代の感情って、誰しもが持っていたものじゃない? うまくいかなかったり、どうしようもなかったり、自分で自分を支えるしかなかったり。声に出さない想いや痛みを描いている。だから、アニメ作品でこれをやるって、実はすごくチャレンジングだったと思います。アニメの『海がきこえる』はあくまで静かに、正面から心の機微を描いていると思います。

── リバイバル上映を機に初めて作品に触れる方も多いと思います。そんな方に伝えたいことは?

あの頃の“曖昧さ”や“せつなさ”に、いつかの自分を重ねていただけたら。たとえ時代や風景が違っても、どこか新鮮に感じられるはず。だから『海がきこえる』は、今も色あせずに愛していただけているんだと思います。

あとは……、実は原作とアニメで決定的に違うセリフがひとつあるんです。それをぜひ探してみてください。それには原作を読まないとわからないので(笑)。アニメ作品から入った人にも、原作のほうも読んで『海がきこえる』を楽しんでいただけたら。

プロフィール

日本大学芸術学部放送学科卒業後、㈱徳間書店入社。月刊「アニメージュ」に配属され「海がきこえる」(氷室冴子)など担当。
その後「NIGHT HEAD」(飯田譲治監督)や「Undo」(岩井俊二監督)などの映像関連書籍の出版を経て映像事業部で「サムライチャンプルー」(渡辺信一郎監督)の企画「電脳コイル」(磯光雄監督)プロデュースなど、多くのアニメ、実写作品に携わる。独立後メディアプロデューサー。

【『海がきこえる』作品情報】

1993年/日本/72分
https://filmarks.com/movies/54072

原作:氷室冴子
脚本:中村 香
監督:望月智充
音楽:永田 茂
主題歌:坂本洋子
制作:スタジオジブリ若手制作集団
声の出演:飛田展男、坂本洋子、関 俊彦

<あらすじ>
東京の大学に進学した杜崎拓(もりさきたく)は、吉祥寺駅の反対側ホームにある人影を見た。中央線下り列車に姿を消したその人影は確かに武藤里伽子(むとうりかこ)に見えた。だが里伽子は高知の大学に行ったのではなかったのか。高知へと向かう飛行機の中で、拓の思いは自然と里伽子と出会ったあの2年前の夏の日へと戻っていった。――里伽子は勉強もスポーツも万能の美人。その里伽子に、親友の松野が惹かれていることを知った拓の心境は複雑だった。拓にとって里伽子は親友の片思いの相手という、ただそれだけの存在だった。それだけで終わるはずだった。高校3年のハワイの修学旅行までは…

【Filmarksリバイバルとは】

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