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ここは日本のどん詰まり。忙しない日々の中で出会った、高知の海と風と人。

  • 2026.3.1

弾丸で向かった冬の高知。

そこで出会ったのは、穏やかな気候とゆるやかな時間の流れ、美しい景色。そしてやさしい人々。

その出会いがもたらしてくれたものは、間違いなくいまの僕の生き方につながっている。

桂浜から見た雄大な太平洋

怪物から逃げるように

転職して数ヶ月、当時の僕は激務に追われていた。人手不足を理由に、ほとんど未経験の状態から突然管理職として新拠点を任されることになったのだ。

毎日早めに出社し、終電まで残業。休日には上司から電話がかかってきて、鬼のように詰められた。

仕事に忙殺され、心身ともに摩耗しきっていた冬のこと。

「一緒に高知に行かない? 」と妻が言った。

妻は神木隆之介くんのファンで、当時朝ドラの「らんまん」の主演を務めた彼のトークショーが、物語の舞台の高知県で開催されるというのだった。

それを聞いて、「行きたい」という気持ちと、休みなんて取れるのかという心配が、同時に浮かんできた。

でも……。

自身の「推し活」に僕を誘ってくれた妻の気持ちが嬉しかった。それに高知はまだ未踏の地で、興味がある。そして、いまの僕は少し、仕事から離れたほうがいいのかもしれない。

いろんな思いが交錯して、僕は高知旅行を決行することにした。

なんとか調整をして連休を作り、上司に嫌な顔をされながらも、僕は妻とともに電車に乗り込んだ。仕事という怪物から逃げるように。

途中、鞄の中で一応持参した社用携帯が震えた気がしたが、無視をした。

いざ高知へ

瀬戸大橋を越えて

岡山で特急「南風」に乗り換え、本州と四国を繋ぐ瀬戸大橋をゆく。

特急「南風」

車窓には瀬戸内海がどこまでも広がり、空と海が溶け合うような美しい風景に、心が洗われるようだった。途中、工場地帯が見え、空に昇る煙の揺れるさまに僕は少しのあいだ心を奪われていた。

瀬戸内海に浮かぶ工場地帯

四国に入ると、景色は山あいへと変わる。深い森、田園、古い街並み。冬の少し枯れた感じが、旅情を誘った。

海を越え、山を抜ける電車の旅は、まだ目的地に着いていないというのに、僕の心を解きほぐしてくれた。

ここは日本の「どん詰まり」

ローカル線に乗り換えて、いよいよ高知市内へ。

降り立った瞬間に感じたのは、冬なのにどこか温かくて、やわらかい空気だった。

レトロな切符入れ

ゲストハウスに向かうと、陽気なオーナーが出迎えてくれた。手続きを終えると、オーナーが日本地図を広げて高知を指差した。

「高知は日本の『どん詰まり』にある場所。他の県と違って、どこかへ行く途中で通過することがない。つまり、高知は来ようと思わないと辿り着けない。だから、こうしてわざわざ来てくれただけで、高知の人たちはみんな嬉しいんです」

おおー!と妻と二人で歓声を上げた。なんて素敵な考え方……!

その言葉は、僕をはっとさせた。ここに立っているのは、自らの意思でやってきたということ。いまの忙しさに流されるだけの日々のなかで、なにかを「選んだ」感覚は久しぶりだった気がした。

太古の静寂と、桂浜の夕景

初日の夜に神木くんのイベントに参加し、残りの日は高知を観光することに。

神木隆之介くんのイベント

二日目は大自然を浴びる旅。展望デッキ付きの土佐くろしお鉄道に乗り、海風を受けながら安芸市へと向かう。

土佐くろしお鉄道は展望デッキ付き

海沿いをゆく

目的地は「伊尾木洞」。

住宅街に出現する入り口から暗い洞窟を抜けると、シダ群落が一面を覆う幻想的な緑の世界が広がる。

住宅地に突如出現する洞窟

ここは、約300万年前の地層の隆起や海蝕を繰り返してできた洞窟と渓谷。その圧倒的な自然の中に立つと、太古の静寂を感じられる。

夏ならもっと緑が深いのかもしれないが、冬枯れの木々に降り注ぐ光はやわらかくて、時間の流れが穏やかだった。

苔が覆う、圧倒的な大自然

やわらかい木漏れ日

高知市に戻って、次は桂浜へ。坂本龍馬の銅像が立つことでも有名な景勝地。

桂浜

ちょうど時刻は夕方。

太平洋に沈む夕陽が、空と海を鮮やかに染める。やがて紫色へと移ろうそのグラデーションは、いつまでも眺めていたい景色だった。

新しい日本の夜明けを目指した龍馬は、どんな思いでこの夕陽を見つめていたのだろう。いつの時代も夕陽は美しかったのだと思うと、なんだか不思議な気持ちになる。

伊尾木洞の大自然と桂浜の夕景。時代を超えてそこに在り続けるものを前にして、僕は自分の悩みや迷いがちっぽけに思えた。

太平洋に沈む夕陽

牧野博士が教えてくれたこと

旅の三日目。まずは「日曜市」へ。

日曜日にのみ開かれる朝市で、高知城下の街道にずらりと店が並ぶ。活気に満ちていて、歩いているだけで楽しくなってくる場所だった。

賑わう朝市

お店の人たちはみんな気さくで、やさしい笑顔で声を掛けてくれる。本部のテントに行くと、おじさんたちが聞きたいこと以上の情報を親身になって教えてくれた。

ここには高知の人たちのやさしさが詰まっていた。

本部にはたくさんの観光案内

午後には「高知県立牧野植物園」へ。

朝ドラで神木くんが演じた植物学者のモデルとなった、牧野富太郎博士の業績を讃えるために設立された植物園だ。

牧野植物園

「雑草という名の草はない」と、植物たちに名前を与え続け、精緻すぎるほどの美しい植物図を描き続けてきた博士の軌跡が、膨大な資料とともに展示されていた。

貧困に苦しみ、他の学者からの嫉妬により大学を追い出されたりと、不遇の時代が続いた牧野博士。それでも生涯をかけて植物と向き合う姿に、ひたすら感銘を受けた。

池の水面に青空と紅葉が映る

そこにあるのは、純粋な「好き」だった。

思えば、この旅も妻の「好き」が発端だった。そんな気持ちに応えるべく、スケジュールを調整し、弾丸でやってきた高知。

「好き」のエネルギーは、ときにあらゆるしがらみを越えて、人を遠くへと連れてゆくものなのだ。

僕にも好きなものはたくさんある。しかし、最近は仕事に忙殺されて、それらにふれる時間が減ってしまった。大好きな旅にも全然出掛けられていない。

それでいいのだろうか。いや、牧野博士のように、好きなことにひたむきになれる人生のほうがいい。そう思った。

紅葉の合間から見える博士像

新たな旅立ちへ

この旅の最中、夜には一応社用携帯を確認していたが、最低限の返信に留めておいた。

上司からの電話も何件か入っていたが、折り返しはしなかった。

以前の僕なら旅先でも急いで電話に出て、ぺこぺこと頭を下げていただろう。けれど、高知の空や風や海、人々の優しさや情熱が、僕に「電話に出なくていい」と囁いてくれた。

怒られるのは後でいい。こんな素晴らしい高知での時間に、仕事を持ち込むなんて。

いまは、僕と妻の大切な時間だ。誰にも邪魔をさせてはいけない。

携帯を鞄の奥に押し込み、美味しい鰹のタタキを頬張る。そのときにはもう、仕事のことは頭にはなかった。

塩で食べる鰹のタタキ

旅を終えて再び仕事の日々が始まると、繁忙期に突入し、ますます忙しくなった。その2ヶ月後、僕は仕事を辞めた。

高知を旅した3日間が、仕事に追われる日々を見つめ直すきっかけをくれたのだ。

この会社で自分を押し殺してまで成し遂げたいことってなんだ。本当にそれが自分にとって大切なことなのか、と。

会社を辞めた僕は、妻とともに120日間の海外旅に出掛けた。それは本当に豊かで、素晴らしい経験だった。

日々好きなことや新しい経験を大切にするようにもなり、価値観や見える世界の広がりも感じている。あの会社でずっと働いていたら、きっと見えない世界だった。

新たな旅が始まった僕の人生。

それでも、まだまだ悩みや迷いは尽きず、また忙しさに飲み込まれてしまうときが来るかもしれない。

そんなときには、すべての予定を投げ出して、弾丸でまた行けばいい。あの「どん詰まり」の地へ。

街を走るレトロな路面電車

All photos by Satofumi Kimura

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