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7歳上の職場にいる女性が気になる32歳男。ダメ元で誘ってみたら意外にも…

  • 2025.5.19

男という生き物は、一体いつから大人になるのだろうか?

32歳、45歳、52歳──。

いくつになっても少年のように人生を楽しみ尽くせるようになったときこそ、男は本当の意味で“大人”になるのかもしれない。

これは、人生の悲しみや喜び、様々な気づきを得るターニングポイントになる年齢…

32歳、45歳、52歳の男たちを主人公にした、人生を味わうための物語。

▶前回:「妻はいるけど、夫婦関係が成り立っているかは別」経営者52歳のプライベートとは

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Vol.4 恵比寿のテラス席、三日月の下で コンサル勤務の32歳、真田悠也の場合


穴が開くほどじっと見つめていたエレベーターが、やっと開いた時。

僕は思わず「うわっ」と小さな悲鳴をあげてしまった。

「やだ、どうしたの?真田くん」

開いたエレベーターの中にいた美玖子さんが、おかしそうにクスッと笑った。

― あぁ…。やっぱり、かわいい。

美玖子さんの目は、笑うと三日月みたいに細くなる。その顔がすごく可愛らしくて、何度でもドキッとさせられてしまうのだ。

僕は32歳。美玖子さんは、7歳年上。

40歳手前の女性に「可愛らしい」なんて感想を抱くのは失礼かもしれないけれど、仕方がない。

だって美玖子さんは僕にとっては、会社の先輩であると同時に、新卒で入社して以来ずっと片想いしている相手でもあるのだから。


こうしてエレベーターの扉をじっと見つめていたのも、美玖子さんのことが好きだからだ。

会社設立15周年を祝うパーティーだというのに、好きな女性が社長と一緒にひっそりと会場を抜けていく姿を見てしまっては、気が気でない。

― 美玖子さん、もしかして社長と…?

後を追ってみようかどうしようか悶々とし続けながら、エレベーターの前に立ち尽くすこと、約10分。

迷っている間に戻ってきた美玖子さんの顔はケロッとしていて、社長との間に何があったのかは、僕には読み取れなかった。

そんな自分が情けなくてもどかしくて、僕はその後も結局パーティーを楽しむどころではなくなってしまったのだった。

仕事もそこそこできるようになったつもりだし、女の子とも、決して少なくない人数付き合ってきた。

けれど、32歳の男なんて所詮、まだ何もわからないガキンチョだ。

わかるようになったことといえば、世の中にはどうにもならないことがある…という残酷な現実くらい。

そして、その残酷な現実にきちんと向き合った者だけが、ガキンチョから大人に進化する。

“妥協”という名の、使い勝手のいい武器を手に入れて。

「……では、宴もたけなわではございますが、そろそろお開きのお時間となりました」

人事部長のアナウンスとともに、60人の社員たちがぞろぞろと会場から去っていく。

最後にスピーチをした社長の表情も、僕に読み取れるところはやっぱり何もなかった。

社長が、堂々としたオーラを放ちながら社員を守る、精悍で人生経験な、かっこいい大人の魅力溢れる、50代のオトコであることしかわからない。

そして僕は、そんな大人の男性に敵うわけがない。

かといって、他の女の子と付き合ってみても、美玖子さんへの憧れを捨てられない。

そんな未熟な32歳であることに、ハリボテのような自信がみるみると萎んでいくのを感じた。

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― もし本当に美玖子さんが、あんなカッコイイ大人の男性のことが好きだったら…俺はどうしたらいいんだろう。

ボンヤリそんなことを考えているうちに、会場はすっかりもぬけの空だ。

けれど、空っぽの会場で小さくため息をついていたその時。僕の肩をトントンと叩く人がいた。

「うわっ」

振り返ってみるとその犯人は美玖子さんで、俺はまるで心の中が見透かされてしまったような気恥ずかしさのあまり、また情けない声をあげてしまうのだった。

「ちょっと真田くん、さっきから私に会うたび悲鳴あげちゃって。私ってそんなに酷い顔!?」

「いやっ、そんなことは全く思ってないです!すいません」

「本当に〜?」

「本当です。美玖子さんはほんと、可愛らしくて、いや、お綺麗で」

「いいよ、お世辞なんか言わなくても」

しどろもどろになっておかしな発言を連発する俺に、美玖子さんはまた、イタズラっぽく笑ってみせる。

三日月の微笑み。そして、その三日月に優しさを滲ませながら言葉を続けた。

「真田くん、全然食べてなかったよね。体調大丈夫かなーと思って」

「えっ。それでわざわざ、声かけてくれるために残ってたんですか?」

「まあ、それもあるけど。みんなけっこう飲んでたから、忘れ物とかあったら大変だし、最後に確認してたの」

美玖子さんの何げなく発した言葉に、僕は胸がぎゅっとなるのを感じた。

この人は、いつだってそうなのだ。信じられないほど人に優しい。

7歳上の美玖子さんだけれど、新卒入社の僕と入社時期が一緒で、これまでに何度も美玖子さんの優しさに助けられてきた。

だからこそ僕は、年上なんてことは関係なく、このひとを好きになったのだ。

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そんな美玖子さんの優しさに、甘える気持ちが出てきてしまったのだろうか?気がつけば僕は、自分でも信じられないことを口走っていた。

「気にかけてもらっちゃってすみません。あの…そうなんです、なんか食べそびれちゃって。美玖子さん、よかったらこの後もう一軒行きません?」

「今から?」

美玖子さんの驚いた声が、空っぽの会場に響き渡る。

僕は慌てて撤回しようとしたけれど、ほんの少しだけ、美玖子さんの方が早かった。

「いいねぇ、私も全然足りなかったの!行こ行こっ」



「生パスタって意外と食べられるお店少ないのよね、うれしい〜!」

「はい、そうですね」

向かい合わせの席でそう相槌をうちながら、僕はまたしても情けなさに押しつぶされそうになっていた。

まさかの展開で美玖子さんとふたりでの二次会が実現したはいいものの、僕が今までデートしてきた相手は、同い年か年下ばかり。

しかも、全て向こうから熱烈にアプローチされてのことで、7歳も年上なうえ、本当に憧れていた女性とのデート経験なんてない。

いざ美玖子さんを誘ったはいいものの、どんなお店に連れて行けばいいのか、頭が真っ白になってしまったのだった。

結果訪れたのは、恵比寿の隠れ家イタリアン『Uno Staio』。

今までどんな女の子を連れていっても好評だったテッパンの店だけれど、いくら立食パーティーであまり食べられなかったからといって、中華の後にイタリアンはどう考えてもさすがにやりすぎだ。

しかもあろうことか、緊張のあまり予約すらしないで移動してきてしまったため、席はテラス席しか空いていなかった。

― 他の女の子となら、もっとうまくできるのに…!

32歳の男としてあるまじきエスコート力の低さに、自分で自分がいやになる。

それなのに美玖子さんは、三日月の笑顔でこう言ってくれるのだった。

「はぁ〜、テラス席が気持ちいい時季になったねぇ。真田くん、素敵なお店に連れてきてくれてありがとうね」

「そんな…」

僕が言い淀んでいると、「お待たせしました」という声とともに、最高に美味しいボリューミーなパスタがサーブされる。

「わーい!」

美玖子さんは子どものように瞳を輝かせ、気持ちいいくらいの食べっぷりで美味しそうにパスタを食べ始めた。

「あの…すいません。テラス席、寒くないですか?」

「全然!最高に気持ちいいじゃない。逆に外に座れてラッキー!パスタも美味しいよ」

男というものは、単純でバカな生き物だ。

それとも、32歳の男が特別にバカなのだろうか?

女性に優しくされれば嬉しいはずなのに、自分に自信が持てないと、その優しさに相応しくない自分が嫌で消えてしまいたくなるのだった。

「なんか、すいません」

気がつけば、僕の口からはまた情けない謝罪の言葉が溢れていた。

すると美玖子さんは、手に持っていたフォークを置いたかと思うと、僕のことを真っすぐ見つめて言った。

「ほら、そんなに謝ってばっかりいないの。別れた元夫なんて何にも謝らない人だったけど、謝りすぎもそれはそれで問題だよ」

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美玖子さんの口からふいに飛び出てきた「元夫」という言葉に、僕はほんのわずかに動揺してしまう。

そうだった。あまりに長く憧れ続けてきたから、心の奥隅に整理してしまっていたけれど、美玖子さんはバツイチなのだ。

噂に聞いた話では、遊び人だった元夫との生活に思い悩んで、離婚を機に再就職したはず。

誰よりも自分が傷ついているはずなのに、笑顔を絶やさず周囲に優しく振る舞う美玖子さんの姿を見て──。

そうだ。それが、美玖子さんに対して初めて特別な気持ちを抱いた瞬間だった。

「私、実は今日ちょっとショックなことがあってね。こうしてヤケ食いに付き合ってくれる人がいるの、本当にすごく嬉しいんだ」

「そうなんですか?」

「そうなの。あーあ。こんなにしんどいの、離婚の時以来かも。ね。だからホラ、一緒に食べよう」

一体、元夫との間に───社長との間になにがあったんだろう。

「何があったんですか?」と聞くことは、きっと僕にもできたと思う。

だけど、聞かなかった。

美玖子さんの僕に話す口調は、まるで子どもに言い聞かせるような優しさを孕んでいる。

そんな相手に話す内容ではないのだろうし、僕自身、美玖子さんの話を聞く資格を持っている自信がなかった。

夜空の下、ふたりでパスタを食べながら、取り留めのない会話を続ける。

そして思ったのだ。

― わかった。美玖子さんが優しいのは、大人だからだ。そして、美玖子さんが大人なのは…

悲しみを知っているから、だ。

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テラス席からは、恵比寿の夜空が見えた。

街の明るさで、星はあまり見えない。ぼんやりとした夜空に見えるのは、美玖子さんの笑顔みたいな、優しい三日月だけだった。

傷ついてみよう、と思った。

世の中にはどうにもならないことがある…という残酷な現実は、そうかもしれない。

どれだけ急いで成長しても、美玖子さんと俺の歳の差だけは縮まらない。

だけど、「まだ何もわからない32歳」なんて、自分に言い訳している場合じゃない。自信がないままでは、大人になることなんてできない。

周りの32歳みたいに妥協という武器を手に入れられない以上、いつか美玖子さんに頼りにしてもらえるような、本当の大人の男になりたかった。

― 好きな女性にまったく恋愛対象として見てもらえていない自分のことを、ちゃんと認めるんだ。

他の女性に逃げるのも、他の誰かと比べて縮こまるのも、もうやめだ。

そうすればいつかは、僕も優しくなれるだろうか?彼女の真実に向き合える時が来るだろうか?

分からないことばかりだけれど、きちんと傷ついて、知りたいと思う。

32歳の夜。

三日月は、夜空に残った深い傷のようにも見える。


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32歳の真田が、想像もつかない年上の気持ち。だけど、45歳にも劣等感はあり…

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