1. トップ
  2. 恋愛
  3. 虎ノ門の人気和食店でソロ活をする30歳女。カウンター席で思わぬ出会いがあり…

虎ノ門の人気和食店でソロ活をする30歳女。カウンター席で思わぬ出会いがあり…

  • 2025.5.12

レストランを予約してその予定を書き込むとき、私たちの心は一気に華やぐもの―。

なぜならその瞬間、あなただけの大切なストーリーが始まるから。

これは東京のレストランを舞台にした、大人の男女のストーリー。

東京カレンダー
「好きになってはいけない男性」千夏(30歳)/『虎ノ門 とだか』


「どうしよう…」
オフィス内のカフェテリア。私はコーヒー片手にスマホの画面から指を離せずにいた。

そこには「本日20:00。カウンター1席 募集致します!」の文字。

このInstagramのストーリーズがアップされたのは数分前で、発信元は『虎ノ門 とだか』の公式アカウント。五反田の『食堂とだか』の系列でオープンから間もなく予約困難となった店だ。

外資系IT企業の営業職。年収には満足しているし、広尾のマンションで猫も飼っている。しかし、先日30歳を迎えた私には唯一足りないものがあった。

それは、彼氏だ。

私には“当日気軽に誘える異性”がいない。ともすれば、選択肢はひとつ。

― よし。ひとりで行こう!

迷っている暇はない。友達の予定を聞いている間にも先約が現れるかもしれないのだから。

私は心臓が高鳴るのを感じながら、素早く、しかし丁寧な文章を心掛けてDMを送った。

「どうか…お願い!」

その願いが通じたのか、無事にお店側から返信をもらい、私は貴重な席をゲットすることに成功した。

こんなチャンスは滅多にない。

私は急いで仕事を片付け、オフィスを飛び出し、虎ノ門ヒルズのビジネスタワーを目指した。

虎ノ門横丁にある店内は、賑やかな雰囲気でシンプルだが、木の温もりが心地よいカウンター席が並んでいた。

「いらっしゃいませ。お待ちしておりました」

お店の人が笑顔で迎えてくれ、私はほっと胸をなでおろす。案内された席に腰を下ろすと、隣の席の男性と目が合った。

東京カレンダー


― こういう時って、どうするのがスマートなんだろう?

そんなことを思っていると、その男性から話しかけられた。

「もしかして、千夏さん?」

驚いて顔を上げると、どこか見覚えのある顔に黒縁メガネ、すっきりとしたスーツ姿。

「あ……」

彼は、昨年の夏頃に共通の知人の食事会で出会った男性だった。

すぐ思い出せなかったのは、その時私には別れるか別れないかで、大いに揉めていたモラハラ彼氏がいたからだろう。

「僕のこと、覚えてますか?寺西です。寺西直樹」

「あ、直樹さん!そうだ。お久しぶりです〜」

本当のことを言うと名前は覚えていなかったが、なんとか笑顔で誤魔化した。

「偶然ですね。実は今日、一緒に来るはずだった人にドタキャンされちゃって…もったいないから、ひとりで食べに来ました」

「そうなんですね。実は私は、そういうぽっと出たキャンセルを狙ってまして。今日はソレで来れたんです」

私が言うと直樹は目を丸くしてから笑った。それにつられるように私も声を出して笑ってしまう。

「わぁ…これがウワサのウニ・オン・ザ・煮玉子!美味しそう〜!」

東京カレンダー


「もしかして、千夏さん初めて食べる?」
「はい!五反田の方も行ったことなくて…」

「おっ。そうなんだ。めちゃくちゃ旨いよ!どうぞ召し上がれ。って僕が作ってないけど」

私は直樹に軽くツッコミを入れてから、煮卵を口に運んだ。濃厚な旨みが口いっぱいに広がる。

「ふわぁ…美味しい」

私が漏らすと、直樹は満足そうに微笑んだ。

今日はひとりゴハンのつもりだったから、こうやって料理の感想を言い合いながら食事を楽しめるのは最高に嬉しかった。

直樹のことも、前回は彼氏がいたからそういう目で見ていなかったが、話していて楽しいし会話の間合いも声も全てが心地良い。

「直樹さん…よかったら、この後もう一軒どうですか?」

私はお酒の力を借りて誘ってみた。けれど、直樹は申し訳なさそうな笑顔を見せる。

東京カレンダー


「ごめんなさい。僕、彼女がいるんです」

「そっか。ですよね!じゃあ…ここでもう一杯付き合ってもらえますか?」

私は努めて明るく笑い、グラスを持ち上げると直樹は「もちろん」と、グラスを合わせてくれた。

彼はきっと誠実で真っ直ぐな人なのだ。だから、好意を持たれていると気づいた時点で、きちんと線引きをしたのだろう。

― そんなところもかっこいいな…。

そう思ったが、私は目を伏せた。直樹の誠実さを尊重するのなら、好きになってはいけないと。だから、その日は連絡先を聞かずに帰った。

それから半年後。

私は、白金高輪にある人気の鮨店のカウンター席に座っていた。

今日はキャンセル待ちではない。上司が2名席を確保していたのだが、相手が体調不良で来られなくなったおこぼれだ。

― 上司に普段から恩を売っていてよかった〜。

私は心の中でガッツポーズをし、これから始まる2時間を楽しみにしていたその時だった。

「こんばんは。ギリギリになってしまってすみません」

そう言いながら店内に入ってきた男性から、目線をはずせなくなってしまった。

― 直樹さん……!

目が合うと直樹は少し驚いたあと会釈しながら微笑んだ。彼も今日は男性とふたりで来ている。

会話が聞こえそうで聞こえない距離。私はドキドキしながら、極上の鮨と日本酒を楽しんだ。

東京カレンダー


「美味しかったです!ありがとうございました」

食事が終わり、上司にお礼を言いタクシーで帰した私は、電車で帰ろうか飲み直そうか迷っていた。

その時、後ろから声がかかった。

「千夏さん!またお会いしましたね」

「あ、直樹さん…」

「さっき、声をかけようと思ったんですけど。席が遠かったし、お互い友人と一緒でしたしね」

「そうですね…あ!私は友達じゃなくて、上司に連れて来てもらったんですよ。だから気を使う会ではあったんですが。それでも、めちゃくちゃ美味しかったです」

緊張した私は、ものすごい早口になってしまい、恥ずかしくなる。

「あはは、そうでしたか。それにしても2回も偶然会うなんて。なんか、すごいですね。偶然なのか…必然なのか」

あまりにも生真面目に直樹が言うので、私たちは笑い合った。

「もしよかったら、このあと少し飲みませんか?」

あの時と同じセリフを、今度は直樹が私に言ってくれた。

東京カレンダー


「こことか…どうですか?」

「いいですね。私は直樹さんとお酒が飲めるなら、どこでも」

私たちは白金にあるバーに足を運び、互いの半年間を振り返るように会話を重ねた。

直樹は総合商社勤務で、今は子会社に出向してペットフードを担当しているらしい。

猫を飼っている私は、彼の話を興味津々に聞いた。本体にいるよりも子会社の方が楽しいと話す表情は、充実感と自信が満ちている。

お互いの仕事の話が一段落すると、私たちは少しの間沈黙した。

「実は私、虎ノ門のあの夜、ちょっとだけ期待してたんです。偶然の出会いだったし運命的なものも感じて…直樹さんとは仲良くなれそうだなって」

お酒が入ると、私は思ったことが全て口から出てきてしまう。

「僕も、千夏さんともっと話したいと思ってました。でも……あの時は、ちゃんとけじめをつけるべきだったから」

やっぱり直樹は誠実な人だ。

彼氏と別れてから、男性とデートすることすら嫌になっていた。けれど、直樹と過ごす時間は終わりが来てほしくないと願ってしまうほど楽しい。

「でも今はもう、恋人も他にデートしてる人もいないので」

直樹がウイスキーの入ったグラスをゆっくりと傾けながらそう言うと、私の胸の奥がじわっと熱を帯びる。

「じゃあ、これからは?」

私は勢いに任せて聞く。

「これからは、まずは千夏さんの行きたい店に一緒に行きたい、かな」

「嬉しい。でも…それだと、私たちはただのグルメ友達になるけど、それでいいの?」

私が意地悪な表情をして直樹の顔を覗きこむと、彼は耳まで真っ赤になった。

「い、いや。その……それがデートっていうか、もっと千夏さんと仲良くなりたくて、その…」

「はい。わかってます」

私がそう言うと、直樹は安心したように優しい笑顔を見せてくれた。

お互い彼氏・彼女がいる時に出会い、タイミングを逃してきた私たち。でも、こうやってまた出会えたということは、本当に運命なのかもしれない。

素敵なお店は、素敵な出会いのキッカケをくれる。私はそれを身をもって感じた。

「早速なんだけど、千夏ちゃん。ここには行ったことある?」

私は直樹のスマホを覗きこむ。

敬語じゃなくなったこと、“千夏さん”から“千夏ちゃん”になったことに気づかないふりをして。



▶1話目はこちら:港区女子が一晩でハマった男。しかし2人の仲を引き裂こうとする影が…

元記事で読む
の記事をもっとみる