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「母親だろ」「気持ち悪い」それでも彼女は“自分の願い”を選んだ「彼女がそれも愛と呼ぶなら」

  • 2025.5.12

不倫夫・真人が浮かび上がらせた、妻に向ける“歪んだ所有欲”

「彼女がそれも愛と呼ぶなら」(読売テレビ・日本テレビ系)
「彼女がそれも愛と呼ぶなら」(読売テレビ・日本テレビ系)

「母であること」と「女であること」は、両立できないのだろうか? 9年にわたる夫の不倫を知りながらも、家族としての秩序を守ろうとした絹香(徳永えり)。しかし、自らの感情を押し殺して暮らすその姿は、もはや“妻”でも“母”でもなく、ただ「誰かの役を演じているだけの存在」のように見えた。ドラマ「彼女がそれも愛と呼ぶなら」第5〜6話では、そんな絹香が「自分として生き直す」決意をにじませる転換点となった。

絹香の夫・真人(夙川アトム)は、絹香が一晩家を空けたことに激昂し「色気づいて」「母親だろ」「気持ち悪い」と暴言を吐く。しかも彼は、9年ものあいだ別の女性と不倫関係を続けていた当人でもある。にも関わらず、絹香が別の誰かと会うことは「絶対に許されない」と言い切る。

この不均衡な態度の裏には、絹香の“行動”そのものよりも、彼女が自分の知らない表情を見せるようになったことへの苛立ちがあるのだろう。

真人が目にしたのは、針生(淵上泰史)と過ごすときの絹香の穏やかな笑顔だった。“自分の知らないところで、自分の知らない顔をする妻”を、真人は「もう自分の所有物ではない」と無意識に悟ってしまったのではないか。

そんな真人に対し、絹香は離婚という選択をすぐには取らなかった。代わりに彼女が提案したのは、離れずとも“お互いにやりたいことをやる”という、形を変えた共存のかたち。言い換えれば「愛と関係性を分離する」挑戦だった。

だが、真人はこの提案を即座に拒絶する。「そんなの認められるわけない」「離婚はしない」と、まるで“損をしたくない”というプライドだけで絹香を縛り続けようとしている。これは愛情の裏返しではなく、“関係性を所有物として扱う姿勢”の表出だ。愛という言葉を使いながらも、そこにあるのは、対等ではない一方通行の力関係でしかない。

“母”や“妻”の役割を脱ぎ捨てて

「彼女がそれも愛と呼ぶなら」(読売テレビ・日本テレビ系)
「彼女がそれも愛と呼ぶなら」(読売テレビ・日本テレビ系)

そんな絹香の心に火をつけたのが、伊麻(栗山千明)からのたった一言だった。「絹香自身は、どうしたいの?」。

娘・萌絵(並木彩華)を思い、家庭を守ることを優先してきた絹香が、自分の願望を言葉にするのは、これが初めてだったのではないか。針生のもとを訪れた絹香は、もはや“母”としてでも“妻”としてでもない、“一人の女性”としてそこにいた。心を寄せる人のそばで、ただ素直な気持ちを共有したい。その小さく、しかし切実な願いを、今度は堰き止めようとしなかった。

そして、それは彼女が“失う恐怖”よりも“生き直す希望”を選んだ瞬間でもある。このエピソードでもうひとつ大きなテーマとなったのが、伊麻の娘・千夏(小宮山莉渚)に向けられた“他者の価値観を攻撃する視線”だ。複数の恋人と穏やかに共同生活を送る伊麻に対し、世間のまなざしは冷ややかだ。千夏は学校で「あなたのお母さん、普通じゃない」と同級生に責められもする。

「普通」じゃないことは、なぜ「悪」になるのか? この問いは、2022年に放送されたNHKドラマ「恋せぬふたり」の台詞にも呼応する。「どうして、こういう人間もいる、で話が終わらないんですかね」と語った主人公・羽(高橋一生)の言葉は、人々がつい持ってしまう“理解しないものを否定する”態度への静かな抗議だった。

私たちはつい、“多数派”の価値観に同化しようとする。だがそれが、誰かを切り捨てることになっていないか? 「彼女がそれも愛と呼ぶなら」が描こうとしているのは、その“日常にひそむ排除”の構造なのだ。

それぞれの“愛の定義”を、誰が否定できるのか

「彼女がそれも愛と呼ぶなら」(読売テレビ・日本テレビ系)
「彼女がそれも愛と呼ぶなら」(読売テレビ・日本テレビ系)

絹香は、もう真人の前で笑わない。彼女は真人から「出ていけ」と強い調子で言われてしまうが、ただ、黙って自分の意思を無視されることを、もう許すつもりはないだろう。

本作が問いかけるのは、“正しい愛のかたち”ではない。

伊麻のように恋人たちと穏やかに暮らす人も、絹香のように一度は家族を優先しながら、ふたたび“自分自身”を取り戻す人も、どちらも「選び取った愛」のかたちである。だからこそ、タイトルの「彼女がそれも愛と呼ぶなら」が刺さる。愛をどう定義するかは、他人が決めることではない。私がそれを愛と呼ぶなら、それがきっと、私にとっての愛なのだ。

読売テレビ・日本テレビ系新木曜ドラマ「彼女がそれも愛と呼ぶなら」毎週木曜23:59放送

(北村有)

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