1. トップ
  2. ファッション
  3. マルジェラ期のエルメスなどを所蔵するMoMu館長が語る、ヴィンテージファッションの価値と未来

マルジェラ期のエルメスなどを所蔵するMoMu館長が語る、ヴィンテージファッションの価値と未来

  • 2025.4.21

レッドカーペットといえば、来場するセレブリティは新作のデザイナーズやクチュールウェアを纏うのが常だった。しかし近年、彼女たちは数十年前のデザイナーズピースやヴィンテージドレスを選ぶことが増えている。世界的なトレンドでもあるヴィンテージファッションへの熱狂は、レッドカーペットという華やかな舞台にまで及んでいるのだ。

ではなぜセレブリティたちはアーカイブピースを選ぶようになったのか? という問いには、さまざまな答えがあるだろう。新しい服ではなく既存の服を選択するというエシカルなメッセージでもあれば、過去のデザインやレガシーを讃える行為でもある。

2024年メットガラ「The Garden of Time」にて、メゾン マルジェラのアーカイブドレスを纏って。
The 2024 Met Gala Celebrating "Sleeping Beauties: Reawakening Fashion" - Inside2024年メットガラ「The Garden of Time」にて、メゾン マルジェラのアーカイブドレスを纏って。

この動きは、近年世界中の博物館でファッション展が開催され、かつてないほど多くの観客を動員しているという事実と無関係ではない。「ファッションを〝遺産〞として捉える考え方は、90年代に登場しました」と語るのは、2008年よりMoMu(アントワープ・モード博物館)の館長を務めるカート・デボだ。

しかし、その大きな転換点となったのは、2011年にメトロポリタン美術館で開催されたアレキサンダー・マックイーンの回顧展だった。この展覧会は66万人を超える記録的な来場者数を誇り、ファッション展が美術館においても強い集客力を持つことを証明した。

それ以降、各国の美術館でファッション展の開催が相次ぎ、現在、ルーブル美術館でも初となるファッション展「LOUVRE COUTURE」が開かれている。こうした美術館での動きと呼応するように、ブランド自身も自らの歴史を見直し、ヘリテージへの注目を高める動きが加速している。

拠点とするアントワープでも、ヴィンテージブームが広がっていると言うカートは、「街を歩けば、若者たちがヴィンテージのデザイナーズピースを身につけているのを目にします」と話す。「例えば、90年代のダーク・ビッケンバーグのシューズは再評価されていますよね」。博物館という立場上、流行を追いすぎることはないが、ファッションが社会の中でどの4ように作用するかを考察する上で、このブームは興味深いと指摘する。

この潮流の背景には、インターネットの影響が大きくある。検索 ツールによる情報収集の容易さに加え、世界中の二次流通市場に直接アクセスできるようになったことで、特定のデザイナーに特化した個人コレクターが増加。彼らのコレクションが映画スタジオやセレブリティにレンタルされるなど、新たなビジネスモデルも生まれた。

Scenografie Maison Martin Margiela

こうした流れの中でリセール市場の価格が急騰し、ファッションア イテムのオークションでの取引も活発化している。その最たる例がマルタン・マルジェラで、その価格の高騰により MoMuでも入手が困難になりつつ あるほどだが、カートは「幸いなこ とに、私たちはブームが本格化す る以前からマルジェラのコレクショ ンを多く所蔵していました。彼の キャリア全体を十分に俯瞰できる ほど充実しています」と誇らしげに話した。

MoMuは、世界でも数少ないファッション専門の博物館だ。多くの博物館では、ファッションはあくまで収蔵品の一部にすぎない。 かつてはMoMuも歴史的な衣装を中心に所蔵していたが、 90 年代 終盤にMoMuが再編されたとき、当時アントワープ王立芸術学院の 学長であったリンダ・ロッパが館長 に就任し、収蔵方針を転換。より 現代的なデザイナーズファッションを重視するようになった。

Scenografie Het Totaal Rappel

過去に、 ウォルター・ヴァン・ベイレンドンクやマルタン・マルジェラが手がけ たエルメスHERMÈS)に焦点を絞った展覧会を企画するなど、近代ファッションの研究において重要な役割を果たしている。

「服飾史だけでなく、近 現代のファッションの歴史を知ることが若い世代には必要です」とカートは説く。「今のオーバーサイズ ジャケットのトレンドを理解する には、マルジェラの作品を知ることが欠かせません。バレンシアガBALENCIAGA) についても、多くの人が香水やスニーカーから知る一方で、その創業者であるクリストバル・バレンシアガが 20世紀のファッションに 与えた影響を知らないケースが多いのです」

Kunst en mode
Scenografie Collectiepresentatie 2023Kunst en mode

さらに、カートはヴィンテージ ブームの課題にも言及する。「若者は低価格の古着市場で、再販す ることまで考えて服を購入しますが、結果的に物を大切にする意識 が希薄になりがちです。私たちは、自分がどれほどの衣服を本当に必要としているのか、消費の在り方を問い直すべき時に来ているので はないでしょうか」

MoMuでは、未来の訪問者で あり消費者でもある若者たちに向 けて、修理や制作のワークショッ プを開催し、単なる展示にとどまらない教育活動を行っている。

Maskerade, make-up & Ensor

「ファストファッションの台頭により、使い捨て文化が広まってしまいました。しかし、衣服は修復や再利用の長い歴史を持つ工芸であり、大切に扱うという意識を次世代に伝えることが重要です」 同時に、MoMuは道徳的な押し付けを避ける姿勢を貫く。「『これを 買ってはいけない』と決めつけることは適切ではありません。重要なのは、自分が何を消費し、どのように衣服を大事にするかを考えることです」とカート。素材の特性を理解し、再利用可能な服を選ぶことも、環境への配慮につながる。ファッションの背景にある職人技や製造過程への理解を深め、衣服への愛着を持つことが、持続可能な消費の第一歩になるのだ。

ヴィンテージブームは単なる一過性のトレンドではなく、ファッションの歴史と未来を見据えた新たな価値観の形成へとつながっている。今こそ、メディア、博物館、業界が協力し、変革を生み出す時なのかもしれない。

Profile<br /> カート・デボ(Kaat Depo)<br /> MoMu美術館の館長兼デレクター。2001年にキュレーターとしてキャリアを 開始し、2008年に館長に就任。マルジェラやエルメスなどをテーマに革新的な展覧会を多数企画。ファッションを“文化的遺産”として捉える視点で、教育やサステナビリティにも力を入れている。
MoMu美術館の館長兼デレクター。2001年にキュレーターとしてキャリアを 開始し、2008年に館長に就任。マルジェラやエルメスなどをテーマに革新的な展覧会を多数企画。ファッションを“文化的遺産”として捉える視点で、教育やサステナビリティにも力を入れている。

Text: Ko Ueoka Editor: Saori Yoshida

Photos: courtesy of MoMu Modemuseum Antwerpen

READ MORE

元記事で読む
の記事をもっとみる