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マーク・ジェイコブスが考えるヴィンテージの価値とは?

  • 2025.4.18

人々に夢を見させるランウェイコレクション

Photography by TAKUYA UCHIYAMA
Photography by TAKUYA UCHIYAMA

ロマンがある──。マーク・ジェイコブスがヴィンテージを愛する最大の理由はそのひと言に集約されていた。「私はいつも歴史や過去というものにインスピレーションを受けてきました。そこには言葉では表せない温もりを感じるんです。未来に対する考え方は人それぞれで、何の参考にもならないから今が好きだという人もいます。でも、私はこれまで起きてきた出来事の結果として、今ここにいるんだという考え方にワクワクさせられるんです。私はこれまでずっと、歴史や時間の試練に耐えたものを再構築したり再解釈したりすることに、大いなる好奇心と興味を抱いてきました。そう考えることで、未来をもっと温かい目で見ることができると思うんです。例えば家具でも、音楽や映画でも、私は今日作られている作品も大好きですが、その作品がそれ以前に作られたモノから、どのような影響を受けているのかを見ることが好きなんです」

19年ぶりというマーク・ジェイコブスの今回の来日の目的は、伊勢丹新宿店で開催された期間限定ストア「ザ ハウス オブ マーク ジェイコブス」のためだった。これまでは、世界中でニューヨークのバーグドルフ・グッドマンでしか手に入れることができなかったマーク ジェイコブス(MARC JACOBS)のランウェイコレクションが、伊勢丹とのパートナーシップにより日本でも入手可能となった。

Photography by NICK NEWBOLD
Photography by NICK NEWBOLD

「パンデミックの間、さまざまな人たちとパンデミックが終息したとき、ファッションはどう変わるのかという議論をオンライン上で重ねました。残念なことに計画やアイデアの多くは実現しませんでしたが、私にとってその議論は大きな意味がありました。結果的に私たちは会社や組織のあり方を大きく変え、ビジネスとしてより理にかなった方法を選ぶという決断に至ったのです」。その方法が、ファッションウィークのスケジュール外でコレクションを発表したり、一国で一件の独占契約を結ぶというものだった。そうすることで過剰生産を減らし、一方でアイテムを手にする人たちは、そのショップでしか手に入らないというスペシャル感を味わえる。

「ランウェイで服を披露することにどのような意義があるのかを問い直した結果、コレクションとは毎シーズン人々にインスピレーションを与え、夢見させるようなストーリーを語るものである。そして、それが私たちの仕事であり目指すべきところだと実感したんです。ですから、スケジュールに縛られない自由を得たことは私にとって貴重な贈り物となりました。また、このビジネススタイルも、非常に現実的で思慮深い決断だったと思っています。伊勢丹は私たちのヴィジョンを理解してくださっているので、この新しい関係に大きな信頼を置いています」。来日の直前に披露した、誇張されたシルエットが印象的な2025年2月発表のコレクションも、今だけを切り取るのではなく、自身の過去2回のコレクションを振り返り、発展させたものだった。

「人形のようなプロポーションを生み出した2024年2月発表のコレクションと、そのプロポーションを三次元に仕上げた2024年7月発表のコレクションを突き詰め、彫刻的でより三次元的なアプローチを試みたのが、最新のコレクションです。クラシカルと呼ばれる定番のスタイルに、どこか不思議な三次元的世界を加えました。そこにロマンティックな雰囲気を纏わせることで、フォルムやプロポーションといったボリューム感だけでなく、温かさや心地よさを感じられる仕上がりになったと思います」

19年ぶりの東京で訪ねた場所

MARC JACOBS 2025 RUNWAY Photo_ Gorunway.com
MARC JACOBS 2025 RUNWAY Photo: Gorunway.com
MARC JACOBS 2025 RUNWAY Photo_ Gorunway.com
MARC JACOBS 2025 RUNWAY Photo: Gorunway.com

多忙なスケジュールの合間を縫って、久しぶりの東京を体感すべく街に出た彼を驚かせたのは、以前と変わらぬ日本人のファッションへの意識だった。

「スタイルこそ違いはあるかもしれませんが、その根底にあるファッションへの思いが一貫していること、そしてまだ存在していることに、私の心は躍りました。1980年代、まだ駆け出しのデザイナーだった頃に初めて日本に来たのですが、私は原宿や六本木に漂う若者のエネルギーを肌で感じました。ファッションへの意識が高く、スタイリッシュでおしゃれに情熱を注ぐ若者を見て気持ちが高まったのを覚えています。当時と熱量は少し違うのかもしれませんが、今もその文化が健在であることに驚いています。これは私個人の意見にとどまらず、多くの人たちが共感してくれることでしょう。なぜなら、こういうシーンは世界中のどこにも存在しないからです」。そして、この滞在中に訪れたヴィンテージショップでの素晴らしい体験について、穏やかな笑みを浮かべながらこう語った。

「カサノバ ヴィンテージに行ったのですが、店内には私がルイ・ヴィトンLOUIS VUITTON)時代にデザインしたアイテムがたくさんあり、さながら博物館のようでとてもワクワクしました。カサノバで出会った人たちは、自分たちの仕事に情熱を持っているのが見てとれ、私がかつてスティーブン・スプラウスと一緒に手がけた古いサングラスをわざわざ出してきてくれたりもしました。私にとっても、特別で感動的な体験になりました。東京はファッションアイテムにも愛を注ぐ唯一無二の場所で、そのような熱意を目の当たりにできたのは、デザイナーにとってこの上ない喜びです」

マークが考えるヴィンテージの魅力

東京・表参道の「カサノバ ヴィンテージ」では、ルイ・ヴィトン時代に手がけたアイテムが多数置かれていたことに感動。陳列されているアイテムの保存状態の良さにも驚いたという。Photography by NICK NEWBOLD
東京・表参道の「カサノバ ヴィンテージ」では、ルイ・ヴィトン時代に手がけたアイテムが多数置かれていたことに感動。陳列されているアイテムの保存状態の良さにも驚いたという。Photography by NICK NEWBOLD
大好きなブランドの一つである、 コム デ ギャルソンでのショッピングを堪能。Photography by NICK NEWBOLD
大好きなブランドの一つである、 コム デ ギャルソンでのショッピングを堪能。Photography by NICK NEWBOLD

実際に自身のコレクションがアーカイブとして価値を見出していることを光栄に思い、同時にそれがクリエイションの大きなモチベーションにもなっているというマーク・ジェイコブス。長く愛せるモノを厳選する時代において、彼がモノ選びの基準にしているのは一体何なのだろう。

「特にアンティークや家具の場合、何かに惹かれ、それを買う機会があるとしたら、そのモノに対して責任を負う必要があると思っています。もちろん、服やアクセサリーにも同じことが言えるでしょう。小さな歴史の一部を手にしたとき、自分はそれが違う誰かの手に渡るまでの短期間のオーナーなので、その間はしっかりと責任をもって面倒を見てあげなければいけない。それこそ、カサノバの素敵な店員さんたちが、自分たちのお店にあるモノに対して尊敬の念を抱き、できる限り美しい状態で受け継がれるように細心の注意を払っていましたが、まさにそういうことなのだと思います」。アンティークを含め、ヴィンテージアイテムを所有することの究極の価値は、言葉では言い表すことができないからこそ、素晴らしいのだという。「心から気に入ったもの、つながりを感じたものを所有し、それを眺めたり、身につけたりすることで感じる何とも言えない喜びや感覚こそ、アイテムを収集する上での詩的な美しさなのだと思います。無生物であるにもかかわらず、物語や感情を呼び起こす。だから、私たちとモノとの関係はとても特別なものなのです」

伊勢丹新宿店で開催されたポップアップショップ「THE HOUSE OF MARC JACOBS」にサプライズ登場。Photography by NICK NEWBOLD
伊勢丹新宿店で開催されたポップアップショップ「THE HOUSE OF MARC JACOBS」にサプライズ登場。Photography by NICK NEWBOLD
Photography by NICK NEWBOLD
Photography by NICK NEWBOLD

一方で、毎シーズン新しいデザインを生み出すのがデザイナーの仕事でもある。ヴィンテージ回帰の世の中で、新しいモノを生み出すことについて思うことはあるのか?

「もちろんファッションにおいて新しい創作はいくらでも可能だと思います。ただ、私自身は新しいモノを生み出すことにあまり関心がありません。新しい発明をして、そのアイデアの所有者であることよりも、何かを体系化し、今この瞬間にそれを提示するほうに関心があるからです。ココ・シャネルが残したこんな言葉があります。『記憶力のない人たちだけが、自らのオリジナリティを主張しようとする』。これは、自分が何かを発明したと主張する人は、それまでの歴史があることを知らないということ。必ず自分よりも前に、誰かが似たようなことをしている。もちろんだからといって、その人に創造性がないと言っているわけではありませんが、私たちは常に再発明しているのであって、本当の意味で発明しているのではないんです」

ヴィンテージラバーとして、世界中のヴィンテージショップを訪れている彼だけに、相当の目利きのはずだ。最後に、ヴィンテージアイテムを手に入れる際のチェックポイントを聞かずにはいられなかった。

「私ができる唯一のアドバイスは、内なる自分に問いかけてみることだと思います。そのモノを好きだと感じ、買う余裕と手段があるのであれば、それはあなたのためのモノなのです。なかには自分が惚れ込んだデザイナーの作品を、歴史の一部として保存するためにヴィンテージを購入する人もいる。あるいは自分で着て楽しみたいという人もいる。動機は人それぞれだと思いますが、私は間違いなく後者のほう。単純に着たいから、楽しみたいから欲しいと思う。歴史を刻んだモノと、一緒に暮らしたい人間なんです」

Photography by NICK NEWBOLD
Photography by NICK NEWBOLD
Photography by NICK NEWBOLD
Photography by NICK NEWBOLD

マーク・ジェイコブス/1963年、ニューヨーク生まれ。1981年、パーソンズ・スクール・オブ・デザインに入学。1986年にマーク ジェイコブスの初コレクションを発表し、1989年にはペリー エリスに入社。1997年、ルイ・ヴィトンのアーティスティック・ディレクターに就任した。2013年からは自身のブランドに専念している。2024年に米版『VOGUE』12月号で初のゲスト編集長を務め、大きな話題を呼んだ。

Text by Rieko Shibazaki Photography by TAKUYA UCHIYAMA, NICK NEWBOLD Runway Photos: Gorunway.com

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