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私が映画を観て沁みた時の話。ミュージシャン・川辺素

  • 2025.3.30

アンビバレントな感情に苛(さいな)まれる人間関係のリアル

わたしはロランス

20代を振り返ると、あの頃は人間関係がシンプルだったなと思います。好き嫌いや、価値観が合う合わないみたいな感覚だけで人と付き合っていけた。でも30代後半になると、“どうにかしたいけどどうにもならない関係”が増えてくるんですよね。それはおのおのが家庭を持ったり、心身の状態が変化したり、置かれている状況が複雑になったりするのが関係している。

誰かと衝突したからといってスパッと別れられるわけでもなく、解決しない問題として付きまとうのがリアルだと思います。30代目前で出会って何度か観返した『わたしはロランス』は、そうした一筋縄ではいかない関係性を描いた映画。35歳の誕生日を迎えた主人公の男性ロランスは、恋人のフレッドに「実は女性になりたかった」と打ち明けます。

対して、激しく反発するフレッドがすごく生々しい。自分のことをどう思っているか、ゆっくり話を聞くべきタイミングだけど、「私の服は何回着たの?」と“どうでもいい怒り”ばかりをぶつけてしまう。一歩踏み込んだ話をすべき場面で理性が働かず、衝動的に相手を責めるしかできなくなる瞬間は、身に覚えがあるなと。

©Moviestore Collection/Aflo

女性として生きるロランスに、フレッドは寄り添おうとするけれど、結局離れてしまう。愛しているのも支えたいのも、本当の気持ち。だけど性的に男性を求めてしまう本能や、家庭を持ちたいという欲望が揺さぶりをかけてくる。両立できない感情に押し潰された経験は僕にもあります。

映画を観て沁みるのは、そうした苦い記憶を慰めてくれる場面に触れた時。2人の行く末に身悶えしながらも、背中を押されるようでした。

Information

『わたしはロランス』'12/カナダ=仏

1989年、カナダ・モントリオールが舞台。国語教師をしているロランスは、自身の望まない体に生まれてきたことを我慢していたと恋人のフレッドに告白する。それからの彼女たちの愛と別離の日々を、10年の歳月を通して描く。監督:グザヴィエ・ドラン/出演:メルヴィル・プポー、スザンヌ・クレマンほか。

profile

川辺素(ミュージシャン)

かわべ・もと/1987年奈良県生まれ。2024年9月、ギターボーカルを務めるバンド〈ミツメ〉の活動を休止。現在は作詞・作曲・BGM制作・プロデュース・歌唱・演奏など、個人でもさまざまな形で音楽制作に関わる。

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