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実際は最初から漫画家を目指していなかった…フィクション“ならではの改変”も成功を呼んでいる朝ドラ『あんぱん』

  • 2025.4.30
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『あんぱん』第4週(C)NHK

朝ドラ『あんぱん』第4週では、主人公・朝田のぶ(今田美桜)と、嵩(北村匠海)と千尋(中沢元紀)の柳井兄弟を中心に、人間関係の機微を丁寧に描き出したエピソードが展開された。物語の中心に据えられたのは、嵩と千尋の兄弟喧嘩。いわゆる青春期の“すれ違い”という枠に収まらない、その背景にある劣等感や遠慮、複雑な立場からくる心の痛みが、じわじわと視聴者の心をえぐる。SNSでは「兄弟喧嘩がリアルすぎてつらい」「元に戻れる?」という声が飛び交い、視聴者の感情を大きく揺さぶった。

「守る側」だった兄が抱える劣等感

兄・嵩の内面には、静かに膨れ上がるフラストレーションがあった。かつては、弟を守る存在だったはずの自分。けれど気づけば、弟・千尋は身長も成績も追い越し、のぶとも親しくなっている。のぶと千尋の間に「特別な何か」があるのではないかと疑い始めた嵩は、もはや気持ちの置き所を失っていた。

結果、嵩は千尋に対して、この家にもらわれてきて、気に入られようと顔色を伺っているのではないかと痛烈な言葉を投げつけてしまう。まさに、ずっと言えずにいた劣等感と嫉妬の塊が爆発した瞬間だった。

一方、弟の千尋も、ただ穏やかに振る舞ってきたわけではない。実際、嵩の言葉はある程度の的を射ていたのではないだろうか。彼は、自分が“もらわれてきた子”であるという事実をどこかで意識しており、いつも「いい子」であろうとしてきた。

しかし、そんな千尋にとっても、嵩から投げられた言葉は決して軽いものではない。彼にとって嵩は兄であり、憧れであり、ずっと一緒にいた存在だ。その兄から自分の「立場」を指摘され、偽りの気遣いだと断罪されることが、どれほど痛かったか。視聴者の多くが、この2人の会話に胸を締め付けられたのではないだろうか。

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『あんぱん』第4週(C)NHK

この兄弟の亀裂に橋をかけたのが、竹野内豊演じる伯父の寛だった。兄弟それぞれにとって親代わりのような存在である寛が間に入ることで、ようやく2人は本音をぶつけ合うことができた。

「元には戻れないかもしれない」と不安視していた視聴者も、兄弟が互いに傷つけ合いながらも再び向き合う姿に、静かな感動を覚えたはずだ。この一件は、むしろ兄弟の絆をより強固にした瞬間だったとも言える。

創作だからこそ描ける感情の濃さ

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『あんぱん』第4週(C)NHK

さらに印象的だったのは、嵩の受験エピソード。嵩は肝心の受験票を忘れてしまうが、のぶが持ち前の脚力で追いかけ、無事に届けてくれるという“定番の構図”がここでも登場する。

だが今回は、その結果までもが対照的だった。のぶは面接にギリギリで間に合い合格。嵩は不合格。どうしても上手くいかない嵩と、要領よく道を切り開いていくのぶ。この違いが、嵩のプライドをさらに揺さぶったのかもしれない。

ここで注目したいのは、『あんぱん』があくまで“フィクション”であるという点。やなせたかしとその妻・小松暢をモデルにしながらも、事実とは異なる展開が多数ある。

たとえば本編において、嵩は最初から漫画家を目指しているが、実際にはそうではなかった。

『やなせたかし 子どもたちを魅了する永遠のヒーローの生みの親』(著・青山誠)を紐解くと、「10代も後半になると、早く大人になりたいと思うようになる。「大人」を強く意識する年齢だ。子どもの漫画に熱中しているところを、人に見られたら恥ずかしい。そんな思いもあったのだろう。だから『少年倶楽部』をめくっても、漫画よりも連載小説のほうに自然と目がいく。この時代は少年・少女向けの文学も流行っていた。(中略)ライトノベルを好む現代の若者のように、それらの作品をむさぼり読んだ」(P52)との記載があり、漫画よりは小説に傾倒していたことがわかる。

くわえて「漫画を描いていたのだから、まったく興味がないわけではない。級友たちが話題にしていた漫画も、ひと通りは読んで知っていたはず。だが、その価値を小説や叙情画よりもずっと下に見ていた。漫画家になろうなどとは微塵も思ってはいない」(P55)といった記載もあることから、当初、やなせ本人は漫画家になるつもりはなかったのだ。

また、のぶのモデルである小松暢は、やなせと夫婦になる前に別の男性と結婚し、戦後に亡くしている。ドラマでのぶが嵩よりも千尋と心を通わせている描写が多いのも、脚色ならではと言えるかもしれない。

つまり、この物語は「事実に基づいた創作」という強みを活かし、実際の歴史では描かれなかった感情の濃度をあえて高めている。兄弟の葛藤、恋の揺れ、そして成長の物語は、脚本として非常に巧みに設計されている。

兄弟喧嘩、恋、夢。それぞれが何かに迷い、ぶつかり合いながらも前に進もうとする姿は、まさに“青春群像劇”の真骨頂。『あんぱん』は単なる偉人の伝記ではなく、若者たちが心を揺さぶりながら「自分の人生」を見つけていく物語として、今後ますます深みを増していきそうだ。


NHK 連続テレビ小説『あんぱん』毎週月曜〜土曜あさ8時放送
NHKプラスで見逃し配信中

ライター:北村有(Kitamura Yuu)
主にドラマや映画のレビュー、役者や監督インタビュー、書評コラムなどを担当するライター。可処分時間はドラマや映画鑑賞、読書に割いている。Twitter:@yuu_uu_