1. トップ
  2. スポーツ
  3. 慶應大出身の塩貝健人、「何かと悪意なく世間を騒がせてしまうこともあるが、そろそろピッチの上で自分自身を証明したい」と吐露

慶應大出身の塩貝健人、「何かと悪意なく世間を騒がせてしまうこともあるが、そろそろピッチの上で自分自身を証明したい」と吐露

  • 2026.11.8

日本代表として今夏のワールドカップに出場した塩貝健人は、慶應義塾大学出身でもある21歳の快足アタッカーだ。

慶應義塾体育会ソッカー部在籍中の横浜F・マリノスへの特別指定を経て、19歳だった2024年夏にオランダ1部NECへ移籍すると、スーパーサブとしてブレイク。今年1月にドイツのヴォルフスブルクに引き抜かれた。

そうしたなか、塩貝は慶應義塾体育会ソッカー部のブログに「渇望」という長文のメッセージを寄せていた。

「既に部を離れた身でありながら、このような機会をいただけたことに感謝しています」としつつ、「ありがたいことに、これまでメディアを通して、自分の考えや決断を取り上げていただく機会もありました。一方で、自分の真意とは少し異なる形で伝わってしまうこともありました。だからこそ今回は、誰かの言葉を介するのではなく、自分自身の言葉で、これまでの歩みを振り返りたいと思います」とつづった。

塩貝は國學院大學久我山高校のサッカー部出身だが、「高校時代、プロはおろか、どこの大学からも声がかからなかった。何の実績もないくせに、根拠のない自信だけは人一倍あった。そんな自分に対して、淺海監督は本気で向き合い、ぶつかり、ソッカーのいろはを教えてくださった」と慶應大ソッカー部の淺海友峰前監督に感謝。

その後、大学と特別指定を受けたF・マリノスでの現状に悩んでいた際、オランダからのオファーが舞いこんだ。

「人生で1番悩んだ1週間だった。大学サッカーですら違いを見せられていない今の自分が、海外で通用するのか。幼い頃から憧れ、ようやく入ることのできた慶應を、このタイミングで去るのか」「既にマリノスへの加入が内定しているのに、それも辞退するのか」と悩みに悩んだという。

「そんな時、以前マリノスの監督から言われた言葉が頭に浮かんできた。

『お前には上に行ける才能があるが、何かを犠牲にする覚悟がなければ世界のトップ選手には絶対なれない』

同じストライカーとして世界で活躍した監督からの言葉だったからこそ、自分の心に突き刺さったのを今でも覚えている。

最終的に、この言葉が自分を突き動かすきっかけとなった」

塩貝がF・マリノスで7試合プレーしたが、当時の監督はハリー・キューウェル。リヴァプールなどでもプレーした元オーストラリア代表のスターだが、頭に浮かんだのは彼の言葉だったのだろうか。

そのうえで、塩貝はこうも綴っていた。

「自分が選んだ道を、自分自身の力で正解にしていくしかない。これからも自分は、そうやって生きていくと思う。

そして今、また新しい夢に向かっている。もっとうまくなりたい。もっと上に行きたい。憧れの舞台に立つことができた今でも、その思いは強くなるばかりだ。まだまだ、自分が思い描く理想には程遠い。

何かと悪意なく世間を騒がせてしまうこともあるが、そろそろピッチの上で、自分自身を証明したい。

これまで自分の可能性を信じ、背中を押してくれた人たちの期待に、結果で応えたい」

ワールドカップのブラジル戦前には発言をめぐる騒動があったが、森保一監督や日本代表選手たちは彼の向上心を買っている。

塩貝のさらなる活躍に期待したい。

筆者:井上大輔(編集部)
画像提供:Getty Images

元記事で読む
の記事をもっとみる

注目コンテンツ