1. トップ
  2. エンタメ
  3. 【岸田賞作家・安藤奎の最新作】『立ち止まるには近すぎる』——日常の「あるある」がカオスと狂気に変わる瞬間

【岸田賞作家・安藤奎の最新作】『立ち止まるには近すぎる』——日常の「あるある」がカオスと狂気に変わる瞬間

  • 2026.11.1

演劇ジャーナリスト・伊達なつめさんのおすすめ作品をご紹介。今回は、『立ち止まるには近すぎる』をピックアップ。


笑いか、戦慄か。不条理に染まる日常

たまに海外を旅すると、向こうの人たちの大ざっぱさや自由さに辟易したり、憧れを感じたりすることがある。で、帰ってくると、自分を含む日本の人たちのちまちました細かさや、常に人目を気にする抑圧体質みたいなものがやたら目につき、うんざりしたり、滑稽に見えたりする。劇団アンパサンドの安藤奎が描くのは、私たちの分身のように繊細でまじめな小市民たちが、相手に気を遣ったり、規則を守ろうとすることでキテレツなゾーンに陥ってゆくという、実に他人事でない日常コメディ&戦慄ホラーの世界だ。
 
たとえば『地上の骨』(2023)では、オフィスで同僚の男性からおやつ代わりの魚の佃煮を勧められた女性が、食べる気がしないなら断るだけでいいものを、彼に気を遣って食べないための嘘をついたことで状況がズレ始め、やがて佃煮を食べた同僚ののどに魚の骨が刺さり、それがエイリアンのように身体を突き破って、彼を魚に変えてしまう。さらに佃煮を食べた他の同僚たちも、次々と魚になってゆく……。
 
『歩かなくても棒に当たる』(2024)は、ごみ収集車が立ち去った直後のマンションのごみ置き場が舞台。間に合わなかった自分のごみを置いてゆくか、自室に持ち帰るべきか。ごみ出しのルールについて話し合う住人たちの前に、かつてごみ出しを厳格に守らせるために見張りまでしていたが昨年事故死した住人が、なんと積まれたごみ袋の中から甦る。
 
日常生活の「あるある」をすくい取ったリアルな会話劇を観ていたつもりが突然シュールな展開になり、頭の中は「?」、目は「・」。そんな観客の戸惑いをよそに、魚になった同僚や死んだはずの住人のボルテージはどんどんパワーを増し、周囲を巻き込んで舞台はカオスと化していく。
 
最後に種明かしがあるわけでもないので、アレは何だったのか。ただなんかやたらと怖くて、同時に大笑いした感触のみが残る。そしてちょっと落ち着いてくると、「あれは善意しかない同僚に対して嘘をついた自分の罪悪感が見させた夢だったのかも」などと、らしい帰着点を見つけてみたりもするけれど、たぶんそれはどうでもいいことだ。
 
一昨年、『地上の骨』で演劇界の芥川賞といわれる岸田國士戯曲賞に初めてノミネートされ、昨年、『歩かなくても棒に当たる』で同賞を受賞した安藤奎と、彼女が作・演出・出演を担う劇団アンパサンドは、いま大注目の存在。最新作『立ち止まるには近すぎる』でも、どんなびっくりシチュエーションが飛び出すのか、まるで想像がつかない。

劇団アンパサンド『立ち止まるには近すぎる』
作・演出=安藤 奎
出演=峯村リエ、安藤輪子、西出 結、安藤 奎、福井 夏、永井若葉
10月28日(水)〜11月1日(日)
新宿シアタートップス ※三重、北海道公演あり
(問)劇団アンパサンド https://gekidanampersand.wixsite.com/mysite

文=伊達なつめ

※InRed2026年11月合併号より。情報は雑誌掲載時のものになります。
※画像・イラスト・文章の無断転載はご遠慮ください。
※地震や天候などの影響により、イベント内容の変更、開催の延期や中止も予想されます。詳細はお問い合わせ先にご確認ください。

この記事を書いた人

伊達なつめ

演劇ジャーナリスト。演劇、ダンス、ミュージカルなど、国内外のあらゆるパフォーミングアーツを取材し、多数の雑誌・webメディアに寄稿。

X:@NatsumeDate
Website:http://stagecalendarcv19.com
 

元記事で読む
の記事をもっとみる

注目コンテンツ