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偉い芸術家ではなく、職人として生きた 河井寬次郎【河内タカの素顔の芸術家たち】

  • 2026.10.10
出典 andpremium.jp

 
河井寬次郎 Kanjiro Kawai
1890-1966 / JPN
No. 155
島根県安来に生まれ、松江中学校卒業ののち、東京高等工業学校窯業科に入学。1914年、京都市陶磁器試験場に入所。1920年に現在記念館がある京都の五条坂に住居と窯を持ち独立し、つねと結婚。その翌年、生涯初となる「第一回創作陶磁展」を東京と大阪の高島屋で開催。河井の作風は大きく中国古陶磁を範とした初期、「用の美」の中期、「造形」の後期の三期に分けられる。1937年に自らの設計で自宅を建築し、現在は河井寬次郎記念館として公開されている。
 
 

偉い芸術家ではなく、職人として生きた 河井寬次郎

河井寬次郎は、大正から昭和にかけて京都を拠点に活躍した日本を代表する陶芸家で、柳宗悦や濱田庄司らとともに、名もなき職人が作った日常の道具に美を見出す「民藝運動」の中心人物として知られています。

静嘉堂文庫美術館で開催されている「民藝SHOCK!!―没後60年 静嘉堂の河井寬次郎」展では、中国や朝鮮の古陶磁の技術・形に学んだ河井の初期作品と、そのインスピレーションの源となった古陶磁や英国のスリップウェアなどが並べて展示されています。それらを見比べると、当時の河井の卓越した技術力と研ぎ澄まされた芸術的感性は今見ても驚いてしまうほどです。

島根県の安来市に生まれた河井は、東京高等工業学校(現・東京工業大学)で、最先端の科学として窯業を徹底的に学びました。そして、中国や朝鮮の古い陶磁器を再現するような、非常に華やかで超絶的なテクニックを誇る作品で一躍有名になります。しかし古く優れた陶磁器は、本来無名の職人が作った生活の器であるとの気づきから、李朝やスリップウェア、そして柳との出会いを経て、「用の美」を追求する作風へと転換していくのです。

民藝運動の創始者であった柳宗悦が提唱した理想の一つに、「個人の名前や名声やエゴを捨て、自然の素材や道具に従って無心で作る」という概念があるのですが、河井はこれを誰よりもひたむきに実践しました。京都市内に建てた自邸に巨大な登り窯を構え、1日に何百という器を作り続けた河井の姿を見た柳は、「寬次郎は、私が頭で考えた民藝の理論を、そのまま生きている人間だ」と彼に深い信頼を寄せていたといいます。

しかし、「民藝の最高の体現者」と呼ばれたものの、河井自身は民藝という枠組みには到底収まりきらない、限りなく自由な芸術家でもありました。「民藝という枠に囚われて、自分の内側から湧き出る命の声を無視することこそ不自然である」と考え、自らの内側から湧き出る衝動のまま、無我の境地で制作に没頭していきます。生涯の友であった濱田庄司が、地域の伝統的な美意識を守り伝えることで民藝を実践したのに対し、河井はより精神的かつストイックなあり方でそれを体現していくのです。

戦後になると、さらに型にとらわれない自由でダイナミックな造形へとさらに進化を遂げ、民藝が求めた「控えめで素朴、かつ実用的な生活の器」を作るという理念から解き放たれたように、強烈な形、鮮やかな色彩、そして実用的とは言えない不器用な木彫や泥像などを次々と生み出し始めます。結局、河井にとって民藝とは守るべき硬直した規則などではなく、純粋かつ真実に生きるための単なる通過点に過ぎなかったのかもしれません。

生涯を通じて自らを「陶工」と称した河井の取り組みは、単に土をこねるという領域を遥かに超えたもので、木彫や家具制作の分野でも生命力に満ちた多くの作品を生み出しました。また、他者には常に優しく接する一方、自分自身には極めて厳しい人物で、名前で作品を買われることを嫌い、自身の陶器に一切サインを入れなかったことでも知られています。さらに、人間国宝や文化勲章といった栄誉ある国家的表彰の打診に対しても、「自分はただの陶工にすぎない」とそのすべてを辞退したほどでした。

名声や肩書きには一切関心を持たない無私で純粋な芸術家だった河井は、「暮しが仕事、仕事が暮し」「驚いている自分に驚いている自分」といった言葉を残しています。この言葉には、彼が生活と創作を切り離さず、毎日の生活を丁寧に送ることこそが美しい作品へとつながるという哲学と、日常のあらゆるものに新鮮な驚きや感動を見出した少年のような河井の感性が表れていると思うのです。

Illustration: SANDER STUDIO

出典 andpremium.jp

『民藝SHOCK!! ―没後60年 静嘉堂の河井寬次郎 図録』静嘉堂が所蔵する河井寬次郎作品全51点を収録。あわせて寬次郎のインスピレーションの源泉になったと考えられる中国・朝鮮陶磁、各地の民藝陶器など、合計109点を掲載する。

「民藝SHOCK!!―没後60年 静嘉堂の河井寬次郎」
会期:11月8日(日)まで開催中 休館日:毎週月曜日、10/12は開館、10/13(火)
会場:静嘉堂@丸の内
住所:東京都千代田区丸の内2-1-1 明治生命館1階
Tel : 050-5541-8600(ハローダイヤル)
https://www.seikado.or.jp/exhibition/current_exhibition/
静嘉堂は昭和初期を中心とする51件の寬次郎作品を所蔵し、本展ではその全貌を公開するとともに、寬次郎にインスピレーションを与えたと考えられる日本・中国・朝鮮などの古陶磁を展示し、その創作の源泉を探る。

文/河内 タカ

高校卒業後、サンフランシスコのアートカレッジに留学。NYに拠点を移し展覧会のキュレーションや写真集を数多く手がけ、2011年長年に及ぶ米国生活を終え帰国。2016年には海外での体験をもとにアートや写真のことを書き綴った著書『アートの入り口(アメリカ編)』と続編となる『ヨーロッパ編』を刊行。現在は創業130年を向かえた京都便利堂にて写真の古典技法であるコロタイプの普及を目指した様々なプロジェクトに携わっている。2019年に『芸術家たち 建築とデザインの巨匠 編』(アカツキプレス)、翌年に続編『芸術家たち ミッドセンチュリーの偉人 編』(アカツキプレス)を出版。この連載に登場した芸術家たちに関して加筆・修正した新刊『いま、響く芸術家たち(Artists for Our Time)』(グラフィック社)を2026年11月9日に発売予定。

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