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【注目アーティストfile.37】知らない土地で、知らない誰かを「待つ」―山元彩香

  • 2026.10.9
YOKO YAMASHITA

ファッションのスタイリングを楽しむように、もっと気軽にライフスタイルにアートを取り入れてほしい――そんな思いで気鋭の現代アーティストの作品をELLE SHOPで販売中! 今回はアーティストの山元彩香さんに注目。馴染みのない土地に滞在し、出会った人々を撮り続けてきた彼女の創作の道のりをインタビューした。作品の詳細・購入はELLE SHOPへ。

薄暗い部屋で身を寄せ合う少女たち。レース越しの柔らかな光、花、壁に落ちる影。山元彩香さんの写真には、どの時代の、どの土地に迷い込んだのかわからなくなるような不思議な気配が漂う。東欧やアフリカ、ジョージアなど、自分にとって馴染みのない土地に滞在し、そこで出会った人々のポートレートを撮り続けてきた。ファインダーを通して彼女が向き合うのは「人間とはどのような存在なのか」という問い。その探求を聞いた。

意図を超えた現実の断片が入り込むという、写真の魅力

山元さんが写真を撮り始めたのは大学時代。当時は洋画を専攻していたが、現代美術を専門とする教員のレクチャーをきっかけにパフォーマンスアートに興味をもち、その記録として写真を撮り始めたという。その後、交換留学で渡ったアメリカで本格的に写真を学んだ。山元さんが惹かれたのは、写真のもつ偶然性だった。「絵は自分が作った方向にイメージが向かっていくものですが、写真は外からやってくる感覚がある。自分の意図を超えて、目でも見えていなかった現実の断片が映り込んでいたりする。それがすごく面白くて、強烈に引きつけられました」

2009年頃からは、馴染みのない土地に滞在しては、現地で出会った人を撮る制作を続けている。フィンランド、エストニア、ラトビア、フランス、ロシア、ウクライナ、ブルガリア、ルーマニア、ベラルーシ、マラウイ、ジョージア…。「最初はもう少し見知った国へ行っていたんですが、それだと想像を超えることがなかった。だから全然知らない場所へ行こう、と」。言葉もわからない。土地の常識も、人間関係も知らない。自分がこれまで身につけてきた知識が役に立たない場所へ、あえて身を置く。「そうすると、自分が知っていると思っていた知識が一度全て壊されて、バラバラになる。そこからまた、新しい目をもつことができる。その目で見ることが大事だと思っています」

撮影で訪れた国で購入した、ユニークなデザインの郷土品たち。 photo:yoko yamashita

名前や国籍という輪郭が曖昧になってゆく先に、何が現れるのか

長い時間をかけて人を撮り続けながら、山元さんは常にひとつの問いを抱えている。「人の撮影を続けるなかで、器としての身体には何が宿っているんだろう、ということを考えてきました。人はいろんなものを積み重ねて人間が存在しているけれど、長い時間向き合っていると、名前や国籍といった最初に見えていた輪郭が少しずつ曖昧になってゆく。でも、その人が空っぽになるわけではない。ではそこに残っているものは何なのだろう、と」。生まれる前からもっている魂のようなものなのか。育つなかで身体に染みついた経験や記憶の残滓なのか。もっと昔から受け継がれてきた遺伝子の記憶や、人類の記憶みたいなものなのか。あるいは、その人がそのときにいる土地や、目の前にいる私と映し合うことで出てきたものなのか…。今もずっと、その答えを追いかけているという。

撃つのではなく、「待つ」。その先に見えるもの

その作品を見ると、事前に用意したイメージに基づいて、衣装や色彩、光まで緻密に設計されているようにも見える。だが山元さんは、むしろ自分でコントロールしないことを徹底していると言う。「一人で何日もかけて全く知らない村に行って滞在して、言葉もわからないところで被写体になってもらう人に声をかけて、現地で衣装を集めて、一緒に選んだりしています」。しかも撮影するのはフィルム。「持って帰って現像するまで、映っているかどうかもわからない。その不確かさのなかで生まれる偶然を、とても大事にしています」

YOKO YAMASHITA

シャッターを切る最後の瞬間まで、コントロールしない。「撮影することをシューティングって言いますよね。撃つという、獲物を捕らえにいくようなイメージがありますが、私はむしろ“待つ”ことをしています」。ひとりの被写体を前に、1時間でも、待つ。「そうやっているうちにその人がどんどん変化していくんです」。それも自分が想定したイメージに近づくのを待つのではない。「私の意図を超えたものが現れるのを待っているんです。ずっと見ていると、本当に何か違うものに見える瞬間があって、それはある意味神々しいというか、何かが降りてきたように感じる。私は、その世界を見せてもらっているんです。それが何なのか、そのことを考え続けています」

土地が人に映り、人が土地に映る

今回紹介するのは、2023年にジョージアで撮影したシリーズ《Sand, Water and Dust》の作品だ。「2015年頃から、撮影する人々にアンケートやインタビューも行うようになったんです。自分は何からできていると思うか、何を信じているのか、どんな夢を見るか、といったことを。ジョージアでは結構細かく答えてくれた人が多くて、撮影の前にそれを何度も読んでいたんです」。日本に帰って写真を見返した時、不思議なことに気づいた。人物とは別に、現地で何気なく撮っていた風景や物の写真が、その人たちの言葉と響き合っているように見えたのだ。「そこで、ポートレートともう一枚の写真を組み合わせるディプティックという形で展示することにしました」。

Untitled #520, Samtskhe-Javakheti, Georgia, 2023 AYAKA YAMAMOTO
Untitled #510, Samtskhe-Javakheti, Georgia, 2023 AYAKA YAMAMOTO

ある写真では、首都トビリシから離れた小さな村で暮らす幼なじみの少女ふたりが写っている。家も近く、強い結びつきでつながっているという。一方、同じ村で山元さんが見つけたのは、ふたりの少女を象った古い彫像だった。かつては手をつなぎ、あるいは引っ張り合うような姿だったと思われるが、長い年月のなかで腕や手が失われていた。その彫像を撮った写真と少女たちのポートレートを日本で改めて見たとき、2組の少女たちがつながった。「土地が人にも映って、人が土地にも映る。その往復のようなものを感じました」

現実を写しながら、現実を超えていく

山元さんの写真に、いつの時代か、どこの国かもわからないような感覚を受けるのは偶然ではない。例えば被写体の着るものとして現代的なキャラクタープリントのTシャツなどは避けているという。「これはドキュメンタリーでもあるし、別に昔に戻りたいわけではないんです。ただ、時代や場所を特定する記号をできるだけ持ち込みたくないという思いがある。現実ではあるけれど、もう少し現実を超えていきたい、という気持ちもあるんです」。花やレース、テキスタイルがたびたび登場するのも印象的だ。「レースのカーテンなどを見ていると、昔の人も、花の影が落ちたときに美しいと思ったからそれを模様にしたのかもしれないと感じるし、ネアンデルタール人の埋葬跡から花粉が見つかり、亡くなった人に花を手向けていたのではないかという説があると知ったことがあります。そういう、人間がずっともっている感受性と花がつながっているような気がして、ずっと気になっているモチーフなんです」。特定の誰かを撮りながら、その人だけにはとどまらない人間を思う。現在を撮りながら、時代を超えた時間を感じる。山元さんの写真は、いくつもの境界を行き来している。

人は、一秒ごとに違う人になる

作品に、ひとつの明確なメッセージを込めているわけではない。けれど、撮影を続けるなかで、確かに感じるようになったことがある。「人間の形って、ひとつじゃないんですよね。人は秒ごとに変わっていて、それも自分の中だけで変わるんじゃなくて、周りからいろんな影響を受けながら、さまざまなものが混ざり合って、どんどん更新されている。その人がその瞬間そこにいるということ自体、本当にすごいと思います」。空は光や雲によって刻々と姿を変える。それでも、空であることは変わらない。人間も同じなのかもしれないと感じている。「私、自分のことがあまり好きになれなかったんです。でも、“自分はひとつじゃない。自分のなかにもいろんな自分がいる”と思ったら、すごく楽になったことがあって」。作品を見た人から、救われたと言われることがある。「ある一瞬の姿だけで、その人のことをわかったつもりにはなれないと思っています」

魂や記憶、祖先から受け継いだものなど、さまざまなものが混ざり合いながら、その瞬間どんな姿が現れるのか。答えは、まだ見つからない。だから彼女は、また知らない場所へ向かう。

AYAKA YAMAMOTO

PROFILE 1983年兵庫県生まれ。京都精華大学芸術学部造形学科洋画コース卒業。2004年のサンフランシスコへの交換留学を機に写真制作を本格的に始める。2009年のフィンランド、エストニアでの撮影に始まり、エストニア、ラトビア、フランス、ロシア、ウクライナ、北海道、ブルガリア、ルーマニア、ベラルーシ、マラウイ、沖縄、ジョージアと各地で撮影を行なってきた。言語や文化が共有されない環境で、人々と時間をかけて向き合いながら写真や映像作品を制作。身体に現れる感覚を手がかりに、他者と自己の間に生じる関係性や人間の存在について探究を続ける。

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