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中川翔子、双子の母になって「漂流教室」“母の異常な愛”に共鳴!楳図かずお氏に感謝「生きようと思えた」

  • 2026.9.11

東京ドームシティのプリズムホールで開催中の「ホラー」ジャンルに特化した大規模イベント「東京ホラー特区!!2026」で、「恐怖マンガ」というジャンルを生みだした天才漫画家・芸術家、楳図かずお氏の生誕90周年記念企画トークステージ「レトロスペクティブ楳図かずお」が行われ、楳図作品を愛してやまない中川翔子、やついいちろう、きたがわ翔が出席した。

【写真を見る】中川翔子、「漂流教室」Tシャツに感激!「天才的にかわいい」

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1936年に和歌山県で生まれ、奈良県で育った楳図かずお氏は、小学校4年生で漫画を描き始め、1955年に「森の兄妹」でプロデビュー。1960年代には「へび少女」「猫目小僧」などのヒット作により、“ホラーまんがの神様”と呼ばれ、「漂流教室」では小学館漫画賞を受賞した。一方、「まことちゃん」でギャグの才能も発揮。そのほか「わたしは真悟」「14歳」など独創的な大作を発表し続けた。2018年、「わたしは真悟」でフランス・アングレーム国際漫画賞の「遺産賞」を受賞。2024年10月28日、88歳で逝去した。

「先生のおかげで生きてきた」と感謝を込めた中川翔子
「先生のおかげで生きてきた」と感謝を込めた中川翔子

ステージ冒頭から、登壇者それぞれが楳図氏との思い出を熱っぽく語ったこの日。「中学生のころ、学校になかなか馴染めなかった。行けなくて悩んでいた」という中川は、「家で、大好きな楳図先生の絵を写経のように模写していた。そういうことをしていると、嫌なことを忘れて集中できて。先生のおかげで生きてきた」と回想。さらに「芸能界に入ってもなかなか仕事がなく、“もう辞めよう、これで最後だ”と思っていたら、急遽、あるイベントに呼ばれて。それが、楳図かずお先生と一日デートするというステキなイベントだった。楳図先生は本当に神対応で、あんなに怖い漫画を描かれるのに、私にもすごくやさしくて。“これで私の人生はもう果たせた”と思っていたら、最後に『翔子ちゃん、またね』と言ってくださった」と楳図氏とのエピソードを明かしつつ、「先生の純粋さと明るさ、『またね』という三文字に救われた。漫画からもたくさんの教えと光をいただいていたんですが、そこでも“仕事を辞めなければ、また会えるかもしれない”と人生に光をいただいた。“生きよう”って思えたのは、あの三文字をいただいたおかげ」と感謝を込めた。

喪失感も口にした
喪失感も口にした

アングレーム国際漫画賞で「遺産賞」を受賞した際には、「『海外の人が褒めてくれた。誉められたから、やる気が出た』とおっしゃっていた」と当時の楳図氏の様子も紹介した中川は、「私たちファンは、もっと楳図先生への愛を叫んでいかなきゃいけなかったんだって。すごく後悔した。もっともっと次の世代にも、たくさんの人にこの愛を叫んでいこうと改めて思った。先生がこの宇宙からいなくなってしまったことが、いまだに信じられない。先生がいない世界で、息をする日が来るなんて。まだ心に穴が空いたまま」と喪失感も口にし、「先生は、光も闇も、愛も悲しみも全部を持った方。それを芸術として漫画に落とし込んで、教えてくださった方」と最大の敬意を表していた。

やついいちろうは、貴重なエピソードを披露
やついいちろうは、貴重なエピソードを披露

いろいろな話を聞いたというやついは、楳図氏の創作の裏側についてエピソードを語った。やついが「楳図先生は月曜から土曜日まで忙しく働いて、日曜は休み。日曜になると鎌倉に行って、鎌倉から江ノ島まで歩くそうなんです。海岸沿いをずっと歩いて、そのなかで2か所の難所があると。そこは崖で、崖に張り付きながら歩くんですって!毎週日曜はそうやって過ごして、アイデアを思いつくらしい」と話すと、中川は「独特すぎる!」と大興奮。加えてやついは、「ほかの人の漫画は読まない、インプットはしないと言っていた。小学校4年生の時に手塚治虫さんが好きで、“漫画をやろう”と思った瞬間から、漫画を読まないし、ホラーも観ていないと言っていました」と興味深い逸話を公開し、「手塚先生はホラーをやっていないから、ホラーをやったと。手塚先生のことを『(頭が)キーン!ってなるくらい好きだ』と言っていましたよ」とにっこり。中川は「おもしろい!」と声を弾ませていた。

「私の一番好きな楳図作品は?」
「私の一番好きな楳図作品は?」

また「私の一番好きな楳図作品」を告白するひと幕になると、中川は「一番なんて無理!」と大好きな作品ばかりだと困惑。悩みながらあげたのは、荒廃した未来に放り出された少年たちの愛と勇気を描くSFホラーサスペンス「漂流教室」だ。現在、双子の母となった中川は、主人公・翔の母親の「異常なまでの愛」が改めて胸に突き刺さっているという。

中川は「お母さんは、未来に飛ばされてしまった翔の声が聴こえる。『助けて!お母さん!』という声が聴こえたら、京王プラザホテルに突撃してドリルで壁に穴を開けて、そこに武器を埋め込む。そんな異常行動をする親がどこにいるんだと思っていたけれど、いまならやれるかもしれないと思う。最後には、生放送に乱入して『皆さん、翔のために祈ってください!』という。お母さん、カッコいいなと思う」と数々の母の過激な行動もうなずけると熱弁し、「温暖化になって、異常気象が当たり前になったいま、子どもたちという未来の種に対して、大人はどうしたらいんだろうと思うと、あれくらいの無償の愛を注ぎ込むことって大事なんじゃないかと思う。大事な教えをいただいて、『先生、ありがとうございます』といまこそ伝えたい。何度も気づきを与えられている」とあふれ出す想いを次々と言葉にした。一番が選べないという中川だけに、「神の左手悪魔の右手」や「闇のアルバム」への愛も叫び、「一生、ハマり続けられる。自分の人生が進んでいくと、また発見がある」と楳図作品の魅力についての持論が止まらなかった。

楳図作品の特徴を分析!
楳図作品の特徴を分析!

きたがわは、漫画家としての視点から「楳図先生がほかの漫画家とは明らかに違うのは、美に執着する女性の心の醜さを執拗に描くところ」と分析。「代表的なのは、『みにくい人』。『赤んぼ少女』もそういうところがある。そういったテーマは、ほかの男性のホラー作家にはない。女性的な視点があるのが、特徴的」というと、中川も「年齢も性別も、超越しているところがある」と共鳴。きたがわは「あと親子愛が強い。子どもとお母さんの強烈な結びつきを描くところも、特徴的。そういうところは、楳図先生の作品を読むとすごいなと思う。とてもこんなものは描けないと思う」と尊敬の念を示した。「『漂流教室』と『ねがい』が好き」だというやついは、子どもたちに希望を託しているところが大好きだとしみじみ。「『漂流教室』でも、最後のシーンでは一番小さい子を(過去の世界へ)帰す。ああいうところが、すごく好き」と愛情をあらわにしていた。

楳図かずおの数々の名作をスクリーンに投影しながらトークを繰り広げた
楳図かずおの数々の名作をスクリーンに投影しながらトークを繰り広げた

あっという間に終了の時間となり、「あと6時間、ほしい!」と名残惜しそうに声を上げた中川。「楳図先生には、たくさんの深い愛情と恐怖と美しさ、そこからはみ出すすごさ、いろいろなピュアさ、たくさんのステキを教わりました」と吐露し、「楳図美術館、楳図博物館ができて、未来永劫、世界中の人が先生に触れられる環境がほしい。私たちは楳図先生に出会えたことを使命として、次の世代の子どもたちに種をまく。子どもたちに出会ったら、楳図先生の作品を読ませましょう!」と呼びかけた。きたがわは「楳図先生の作品はいま読んでも古びない。未来永劫、語り継がれると思うし、これからも読み続けたい」とコメント。存命の間にあまり褒めることができていなかったと気づいたとこぼしたやついも、「楳図先生の作品がすごくおもしろいと、どんどん言っていきたい」と改めて想いを新たにしていた。

取材・文/成田おり枝

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