1. トップ
  2. エピソード
  3. 母の味を守っているつもりだった俺が、自分の言葉の出どころを知った食卓

母の味を守っているつもりだった俺が、自分の言葉の出どころを知った食卓

  • 2026.9.11
ハウコレ

妻が実家へ通ううちに、子どもの頃の食卓が浮かびました。父が口にしていた1行と、次の週には変わっていた母の煮物のことです。

台所から煮物のにおいがした日、俺は箸を持つ前から味が分かっていました。

実家の煮物が食卓にあると、家が回っている気がした

妻の作る煮物は、俺の知っているものより薄い味でした。責めるつもりはなく、事実として何度か口にしています。それで、

「母さんに教わってきてよ」

と言いました。妻はしばらく黙ってから、分かったと答えました。月に1度、実家へ通うようになったことは、後から母に聞いています。教わって帰ってくればそれで済む話だと考えていました。妻がその場ですぐにうなずかなかった理由を、あの頃の俺は考えていません。実家の煮物が食卓にあると、その日が片づいた気がしていたからです。

俺が覚えていたのは、味ではなく言い方だった

妻が通いはじめてから、子どもの頃の食卓を思い出すようになりました。父は煮物を口に入れると、

「実家のと違うな」

とよく言っていたのです。母はそのたびに何も返さず、次の週には味が変わっていました。俺はその流れを、母の腕が上がっていく過程だと思って見ていたのです。母が小皿に取って味を見る場面を、俺は思い出せません。父と同じ言い方を自分がしているとは、妻に頼んだ日には気づいてもいませんでした。

「これ、母さんのだ」

妻が実家から帰った日、食卓に出てきた煮物は、実家で食べてきた味そのものでした。1口食べて、

「これ、母さんのだ」

と言うと、妻は、

「次からは、私の作り方に戻します」

と答えました。俺が守りたかった味は、母が自分の作り方をやめていった先にできたものです。何をどれだけ足していったのかを、俺は台所で見たことがありません。妻が持ち帰ってきたのも、その分量ではなかったのだと思います。

そして...

今は、食卓で味の話をしません。妻が作ったものを、出された分だけ食べています。母にはまだ何も聞けていませんし、妻にもあの頼み方を謝れずにいます。皿が空になったことだけを、毎回伝えるようにしました。

(30代男性・会社員)

本記事は、読者アンケートに寄せられた実体験をもとにした本人視点の記事を参考に、相手側の心情を想定して制作しています。実際の相手本人への取材ではなく、編集部による解釈を含みます。

(ハウコレ編集部)

元記事で読む
の記事をもっとみる

注目コンテンツ