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中村敬斗も続け!リヨンでプレーした「世界的トップクラスの6選手」

  • 2026.9.7

フランス屈指の名門リヨン。90年代に台頭し、2000年代にはリーグアン7連覇という前人未到の記録を打ち立て、その後も欧州有数の育成クラブとして次々にスターを送り出してきた。

近年はやや経済的な面で苦しんできたため、パリ・サンジェルマンやモナコなどの影に隠れることが多くなってきたが、この夏に中村敬斗が加入したことで日本での知名度が一気に上昇した。

今回はそのリヨンでプレーした「世界的な名選手たち」を近年のプレーヤー6名に絞ってご紹介する。

カリム・ベンゼマ

画像: (C)Getty Images
(C)Getty Images

リヨンが生んだ最高傑作を一人だけ挙げるなら、この男を外すわけにはいかない。

1987年にリヨンで生まれ、9歳でクラブの下部組織へ。2005年1月、17歳でトップチームデビューを果たした。ジュニーニョ・ペルナンブカーノ、フロラン・マルダ、ミカエル・エッシェン、エリック・アビダル、シドニー・ゴヴらが揃ったチームにおいて、ハテム・ベナルファとともに若くしてスタメンを奪取した。

2007-08シーズンには20得点を挙げ、リーグ7連覇とクプ・ドゥ・フランス制覇に貢献。翌季も公式戦23得点を記録し、2009年夏にレアル・マドリーへと移籍していった。

クリスティアーノ・ロナウドが君臨した長い年月、ベンゼマは主役を生かす9番として評価されてきた。そのロナウドが去ると、今度は自らが絶対的なエースへと姿を変え、レアル・マドリー最高のスタープレーヤーになった。

ジュニーニョ・ペルナンブカーノ

リヨンにとっての象徴という意味では、ベンゼマ以上の存在だといえる。

ヴァスコ・ダ・ガマから加入したのは2001年。意外に思われるかもしれないが、それまでリヨンはフランス1部リーグを一度も制していなかった。

ところが加入初年度の2001-02シーズンにクラブ史上初の戴冠を果たすと、そこから2007-08シーズンまで7年連続で王者に君臨した。リヨンの黄金時代はジュニーニョの在籍期間とほぼ完全に重なっていると言ってもいい。

その代名詞はもちろん歴史上最高と評価されたフリーキックだ。無回転で不規則に揺れる球、壁を越えた瞬間に急降下する球、40メートル近い距離から直接狙う球。リヨンで挙げた100得点のうち、44点が直接FKからだった。

元リヨンGKのレミ・ヴェルクートルによれば、彼は練習後に毎日のように30〜40本のフリーキックを蹴り、その大半を枠へ飛ばしていたという。

フェルラン・メンディ

ベンゼマやラカゼットのような生え抜きではないが、リヨンが「素晴らしい選手を輩出するクラブ」であることを示した存在でもある。

ル・アーヴルで頭角を現したメンディがリヨンへ来たのは2017年。スピードとフィジカル、左サイドを一人で往復し続ける運動量に加えてボールを持ったときの技術も高く、わずか2シーズンでフランス代表の招集を受ける。そして2019年6月、レアル・マドリーが獲得を発表した。

当時のレアルにはまだマルセロがいたが、その後継候補に名指しされること自体が彼への評価の証明でもあった。スペインでは1対1の強さとスピードで左サイドを封じ、ラ・リーガとチャンピオンズリーグを重ねる。2021-22、2023-24シーズンには欧州王者の一員となり、2026年時点でCL2度、ラ・リーガ3度を含む数多くのタイトルを手にしている。

アレクサンドル・ラカゼット

「リヨンの選手」という言葉が最も似合うのは、おそらくこの男だろう。アカデミーからトップチームへ上がり、2010年にプロデビューを果たした。若い頃はサイドでも使われたが、次第に中央のポジションで得点感覚を開花させていった。

爆発したのは2014-15シーズンだ。リーグアンで28得点を叩き出して得点王となり、年間最優秀選手にも選ばれた。2017年にはその得点力を見込まれてアーセナルへ渡った。

プレミアリーグでは単純な点取り屋ではなく、ポストプレー、味方との連係、前線からの守備でも効く万能型へと形を変える。2018-19シーズンにはクラブ年間最優秀選手に選ばれ、2020年にはFAカップも掲げた。

そして2022年に契約満了でアーセナルを去ると、31歳でリヨンへ復帰。すると2022-23シーズンはリーグ戦27得点。苦境に沈むクラブをキャプテンとして引っ張る立場でありながら、復帰後の3シーズンだけでリーグ戦94試合61得点を記録した。

リヨンが育てたスターであり、リヨンを救うために帰ってきたスター。それがアレクサンドル・ラカゼットだった。

メンフィス・デパイ

リヨンは育てるだけのクラブではなく、一度つまずいた才能をもう一度トップに戻す場所でもあるのかもしれない。

PSV時代にオランダ最大の逸材の一人と評されたメンフィス・デパイは、2015年にマンチェスター・ユナイテッドへ移籍。しかしプレミアリーグでは持ち味を出せず、2017年1月にはリヨンへ活路を求めた。

そこからは別人のようだった。2017-18シーズンにはリーグ戦19得点でエースの座を掴み、最終年となった2020-21シーズンにはリーグ戦20得点12アシストと爆発。2019-20シーズンのチャンピオンズリーグでは、クラブ史上初のベスト4進出に貢献。マンチェスター・シティを破る快進撃の中心にいた。

完全復活を果たしたことで2021年にバルセロナへ移り、その後はアトレティコ・マドリーでもプレー。欧州トップクラブへ戻る道は、リヨンで開いたものだった。

ライアン・シェルキ

育成力の最も新しい証明が、ライアン・シェルキである。リヨン近郊で生まれ、幼少期からアカデミーで育った選手だ。

トップチームデビューは2019年10月で、まだ16歳だった。2020年1月にはクラブ史上最年少得点者となり、数カ月後にはチャンピオンズリーグ準決勝のバイエルン戦に出場して、大会におけるクラブの歴史上最年少出場者にもなった。

才能は圧倒的だが安定しないとも言われ続けたが、その評価をひっくり返したのが2024-25シーズン。公式戦44試合で12得点20アシストを決め、ヨーロッパリーグでの活躍でUEFAの大会最優秀若手選手にも選ばれた。

そして2025年夏にはマンチェスター・シティへ。シティではグアルディオラ監督から「これまで見てきたなかでも最も才能のある選手の一人」だと評されている。

※選出基準は、各選手の実績に基づきながら筆者またはメディアの主観的判断も含んでおります。

筆者:石井彰(編集部)
画像提供:Getty Images

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