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「映画は“人生の予行練習”」押井守が語る、フィクションの役割と人生の本質に迫る「コーチ映画」【押井守連載「勝手にジャンル。」第1回後編】

  • 2026.9.6

映画を観るうえで指標の一つとなる“ジャンル”。押井守連載「勝手にジャンル。」では、「ホラー」や「SF」など一般に周知されているジャンルではなく、押井監督が独自の目線で“新しいジャンル”をつくり、さらなる映画の愉しみ方を追求していきます。

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押井守新連載「勝手にジャンル。」、新ジャンル第1弾は「コーチ映画」 撮影/河内彩
押井守新連載「勝手にジャンル。」、新ジャンル第1弾は「コーチ映画」 撮影/河内彩

今回の連載では、一つの新ジャンルにつき連載3回分、代表的な作品を例に挙げつつ押井監督が解説していく形式となっています。そんな記念すべき最初の新ジャンルは「コーチ映画」。第1回後編では、前編に引き続き『さよならゲーム』(88)を取り上げ、「痛い目に遭うしかない」という教育論から、“人生の予行練習”である映画の役割などを語っていきます。

「失敗しないと成功の本質がわからない。では、成功とはなんなのか?」

――この新連載で押井さんが勝手につくったジャンルの第1弾は「コーチ映画」。その代表的作品としてロン・シェルトン監督&脚本の野球映画『さよならゲーム』を語っていただいています。

もっと野球をやりたいロートルの師匠(ケビン・コスナー)と、すごいピッチャーになりたい弟子(ティム・ロビンス)、そんなマイナーリーグ選手の2人に、野球が大好きな中年のおばさん(スーザン・サランドン)が絡むことでドラマは思わぬ方向に流れ始める…ですよね?

スーザン・サランドンが演じるチームの熱烈なファン、アニー [c]EVERETT/AFLO
スーザン・サランドンが演じるチームの熱烈なファン、アニー [c]EVERETT/AFLO

「そうです。それがこの映画のおもしろいところ。おばさんは贔屓にしているチームの選手を1人選び公私共にお世話をするというのが趣味なんです。今回のシーズンで選ばれたのがノーコンピッチャー。一方、キャッチャーのケビン・コスナーは師匠として彼にアドバイスする。『彼女とセックスするな』ってね。おばさんはコスナーに怒鳴り込むんだけど、これが本当に効いてコントロールがよくなってしまう。果たしてそれがコスナーの経験による知識なのか、あるいはでまかせだったのか、はたまた2人の仲を邪魔してなのかはわからないけど、それはどうでもいい。ポイントは師匠の彼が弟子に負荷をかけたこと。自由奔放にしている限り、コントロールを手に入れることなんてできない。だから負荷をかけて、彼をコントロールするんです。師匠はそうやって弟子に負荷をかけるべきで、それをやらない師匠なんてありえません。ほら、よく『その子のよいところを伸ばしてあげます』なんていうじゃない?あれはウソ。いいところはほっといても伸びる。ダメなところを変えて行かなきゃいけないんです!」

【写真を見る】昼も夜も…若手選手のあらゆる“お世話”をして、成長させるのがアニーの生き甲斐 [c]EVERETT/AFLO
【写真を見る】昼も夜も…若手選手のあらゆる“お世話”をして、成長させるのがアニーの生き甲斐 [c]EVERETT/AFLO

――おばさんのほうは彼にガーターベルトを付けさせたりしてましたね。

「それも負荷。おばさんもちゃんとわかっているんだよ。結局、ノーコン野郎はメジャーに行くことになり、このおばさんは潔く身を引く。いまから彼の違う人生が始まるということをわかっているから。自分はそんな彼が途中下車した駅に過ぎないということをちゃんとわかっているんです。もし着いて行ったりしたら、自分は捨てられて傷つくこともわかっている。彼女もまた人生の達人なんだよね。

その一方でコスナーのほうは、お役御免になりチームをクビになるんだけど、ほかのチームから監督としての仕事が廻ってくる。ちゃんとノーコンくんをメジャーに送り出したからですよ。それをおばさんに報告に行ったところから、中年のおじさんとおばさんのラブストーリーが始まる。この2人は人生をわかっていて同じ価値観を持っている。世界が自意識のない人で廻っていることを知っていて、お互い野球からは離れられない。そういうことはすべてわかっているから、なんの言葉を交わすこともなくそのままベッドイン。それから朝までやりまくり、朝食中にもやりまくる。中年同士はめんどくさい手続きなんて踏んでられないの。デートも食事もすべてすっ飛ばして、いきなり結論に到達する。2人ともやさぐれているけれど、実はとてもすばらしい人たち。やっとわかり合える人に会えたんですよ――それも本作のもう一つのテーマ。そういう出会いも人生には必要なの。先達と、本当の意味で理解し合える存在。『さよならゲーム』は大人のラブストーリーという側面も網羅していて、ちゃんとジャンルをまたいでいる」

投球フォームを矯正のために、パンツ一丁にさせてガーターベルトを装着 [c]EVERETT/AFLO
投球フォームを矯正のために、パンツ一丁にさせてガーターベルトを装着 [c]EVERETT/AFLO

――押井さん、『さよならゲーム』は私の「ラブストーリー」ジャンルのナンバーワンなんです。憧れの男性像はコスナーが演じたクラッシュ・デイビスです、はい。

「挫折を知っている男ですよ。本当の理解者っていうのは、血縁じゃない。他人である必要があるんです。だから、そういう人間と出会うのは本当に難しいんです。

つい考えちゃうよね。一度結婚してバッテンがつくのと、一生ノーマーク、どちらがいいのか?――結論を言うとバッテンのほう。ノーマークは失敗してないかもしれないけど、成功しているかは怪しい。なぜなら失敗しないと成功の本質がわからないから。じゃあ成功とはなんなのか?多くの人は成功することを目標にするから失敗するんです。結果としてあるものと目指すものは違うんだよ。私は、結果としてあるものしか獲得できないのが人生なんだと言いたい。本当に目標としたものはことごとく手に入らないから。

でも、多くの人は目標がはっきりしているほうがいいと思っている。金儲けする、いい人と結婚する、出世する…そういういい“結果”を手に入れたとしても個人としての成功は永遠に手に入らない。大きな屋敷を手に入れる、いい車をもつみたいことを満たしていくと、必ず必要なものを取りこぼす」

押井監督が分析する“人生における成功” 撮影/河内彩
押井監督が分析する“人生における成功” 撮影/河内彩

――そうかもしれないような気がします…。

「自分の人生を完結させるのは本当に難しい。偉大なことを成し遂げたからといって人生を極めたことにはならない。もしかしたら、年老いた夫婦が縁側に座り、お茶をすすっているというのが実は本当の幸せなのかもしれないじゃない。なぜ縁側かといえば、お互いを見るのではなく同じ方向を見られるから。隣に誰かがいるということが大切なの。偉大と言われている人間のほとんどは、この幸せを手に入れることができなかった。金持ちほど幸せな人生を送れないと言われてるでしょ?彼らは余計なものをたくさん抱え込んいるからだよ。人生における成功も、その余計なものに入るんです」

「恋愛も仕事も闘いについても、昔の映画ファンは映画で人生の予習をしていた」

――お金持ちの人たちって、もっともっとと果てしなく稼ごうとするじゃないですか?あれはなぜなんですかね。あの世にお金はもっていけないのに。

「それは達成感を満たすためだよ。幸福を追求することと自己実現を追求すること、つまり達成感を追求することがいつの間にかイコールになっちゃった。あるいはすり替わった。地位や名誉、財産と言うのはもっともわかりやすい達成感でしょ?しかし、その達成感は自分の人生のなにを保証してくれるのか?それは年を取ってくるとだんだんわかるようになる。若いと難しい――当たり前だけど。では、若い人たちはどうやればそんな知恵を手に入れられるのかといえば、痛い目に遭うしかないんです。だから、優れたコーチは必ず負荷をかける、『セックスするな』ってね(笑)。ほら、丹下段平も世界一負けん気の強い矢吹ジョーを追い込んでディフェンス力を教え込むじゃないの。一番大切なことは一番学びにくい。なぜなら資質として自分に備わっていないからだよ。

何度も言っちゃうけど、教育はいいところを伸ばすんじゃなく、ダメなところを叩き潰すんです!」

師匠としてヌークに厳しく指導するクラッシュ [c]EVERETT/AFLO
師匠としてヌークに厳しく指導するクラッシュ [c]EVERETT/AFLO

――押井さんは鳥海永行さんを師匠としていましたが、そういうふうに指導してもらったんですか?

「そうです。師匠に褒められたことなんてほぼないから。ラッシュを2人で見ながら、師匠はワンカットずつダメ出しする。私は側に立ってそれを聞いてる。『なぜカメラをここに置いたんだ?』とかね。いいところを褒めることはなく、ダメなところをどんどん並べて行く。すっごく勉強になりましたよ」

――自尊心は木っ端みじん?

「いや、最初に『いま、私についていることが優れていることの証明だ』みたいなことを言ってくれたから耐えられたかな(笑)。実際、私以外の弟子はみんなクビ。一番早いヤツで入社したその日の午前中に『お前はクビだ』だった。独立してからもほとんど褒めてもらえなかった。毎回、作品が仕上がると見てもらっていて、褒められたのは『天使のたまご』と『攻殻機動隊』だけだった。『攻殻』は自分でも手応えがあったけど『天たま』はなぜ褒めてくれたかわからない。ずっと『お前は職業監督なんだから』と言われ続けていたから謎なんですよ。早くに亡くなってしまったのでもう訊ねることもできないんだけど」

クラッシュは、メジャーリーグに“21日間だけ”在籍した [c]EVERETT/AFLO
クラッシュは、メジャーリーグに“21日間だけ”在籍した [c]EVERETT/AFLO

――ということは押井さん、お伺いしていると『さよならゲーム』は人生の指南書でもある感じですね。

「そうです。コーチ映画を山のように観て来て精査した結果が『さよならゲーム』です。コーチ映画のすべての条件を満たしているだけではなくキャストも文句なし。ケビン・コスナーとおばさん役の…誰だっけ?」

映画は“人生の予行練習”だと語る押井監督 撮影/河内彩
映画は“人生の予行練習”だと語る押井監督 撮影/河内彩

――スーザン・サランドンです。

「この2人がすばらしい。挫折した人間を演じられるというのは優れた役者の条件の一つですよ。セリフもすばらしく、彼らが口にするからより輝くんだよね。さらに、ちゃんと人生の指南書にもなっている。優れた映画に出会うということは、そのまま人生の学びになる。なぜなら、映画は“人生の予行練習”だから。

昔の映画ファンは映画で人生の予習をしていた。恋愛も仕事も闘いについてもそう。人間について教えてくれるから。文学読むのといってみれば同じ。フィクションがもっている最大限の機能なんです。世の中を変えるというような大仰なことじゃなく、それを観たり読んだりした人間に人生の指針を与えてくれる。そうじゃなくても暇つぶしにはなる。これがフィクションの最低限の役割だよ。私はその最低限だけは守ろうとしているんだけど(笑)」

「コーチ映画」であり「ラブストーリー」でもある『さよならゲーム』 [c]EVERETT/AFLO
「コーチ映画」であり「ラブストーリー」でもある『さよならゲーム』 [c]EVERETT/AFLO

――『さよならゲーム』の存在自体が、私たちにとっては“コーチ”ですね。

「映画そのものが師匠の役割を果たしているからね。それにラブストーリーとしてもちゃんと機能していて本当にすばらしい。優れたコーチ映画は人生の本質にも触れさせてくれる――次に紹介するのもまさにそういう映画。私の大好きなこの監督の作品はおしなべてコーチ映画と言ってもいいんじゃないのかな」

――なるほど!その監督が気になりますが次回、よろしくお願いします。

取材・文/渡辺麻紀

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