1. トップ
  2. エンタメ
  3. 衰え知らずの88歳!リドリー・スコットが『ラスト・サバイバー』で見せたエンタメ魂と“原作クラッシャー”の真骨頂

衰え知らずの88歳!リドリー・スコットが『ラスト・サバイバー』で見せたエンタメ魂と“原作クラッシャー”の真骨頂

  • 2026.9.5

歳を重ねて行くと「未来を背負う若者たちにひと言残したい」的なメッセージ色の濃い映画、あるいは自己満足感を追求した作品を撮ってしまう監督はままいる。が、この11月で89歳を迎えるリドリー・スコットは違っていた。その最新作『ラスト・サバイバー』(公開中)は次から次へと危険が襲い掛かるサバイバルアクション。謎のパンデミックによって人類のほとんどが滅びた世界が舞台だとはいえ、そこに説教や教訓じみたものはほとんどない。生き延びるためにひたすら闘う者たちが描かれている!つまり、ちゃんとエンタテインメントしているのだ。

【写真を見る】『ラスト・サバイバー』ロンドンプレミアに登壇したリドリー・スコットとパートナーで俳優のジャンニーナ・ファシオ

原作の「詩的な世界」から一転!サバイバルアクションへ大胆翻案

原作はピーター・ヘラーの同名小説。実際にコロナ禍が起きる前に書かれた終末SFで、単行本時の邦題は「いつかぼくが帰る場所」だった。映画公開に合わせて同タイトルに変更されたのだが、その内容は最初のタイトルのほうがふさわしい。アメリカでは「もっとも詩的なサバイバルガイド」というような美しい賛辞を受けてニューヨーク・タイムズのベストセラー小説にもなったからだ。

スコットが映画化するというので読んでいたのだが正直、これまでのスコット作品とはかけ離れた印象。「詩的」と言われる部分がある意味、青臭く、「ラスト・サバイバー」という邦題からはまるで異なる作風。果たしてスコットはこれをどう料理するのか? どこに魅力を感じて自らメガホンを取ったのか?などという疑問が次々とわいていたのだが、蓋を開けてびっくり。そんな原作とはまるで異なるサバイバルアクション映画になっていた!

人類の90%が死滅した世界が舞台の『ラスト・サバイバー』 [c]2026 20th Century Studios. All Rights Reserved.
人類の90%が死滅した世界が舞台の『ラスト・サバイバー』 [c]2026 20th Century Studios. All Rights Reserved.

いや、この翻案は凄すぎる。原作者がよく許したなレベル。その抒情的な文体が好きだった原作ファンだって戸惑うはずだ。原作小説の「詩的」な部分や青臭さはどこかに吹っ飛び、主人公チームvs略奪集団のバトルが繰り広げられる。もちろんスコットなので、その描写は容赦なく、血も飛び散れば頭だって吹っ飛ばされる。ホラー映画級の壮絶さ!もともと残酷描写も大好きな監督だが、88歳でこんな映像を撮れてしまうって一体…。噂によるとスコット、脚本が気に入ってメガホンを取ることを決め、原作は未読のままという説もあるのだが、映画を観るとそれが正解のような気がしてしまう。

バトルもヴァラエティに富んでいる。夜の襲撃では暗視カメラを通した映像、昼間はまるで『マッドマックス 怒りのデスロード』(15)の白塗り野郎たちことウォーボーイズのような連中がこれでもかと襲い掛かって、あたかも西部劇の騎兵隊vsネイティブアメリカンのようなアクション。流血&迫力満点だ。そんなバトルに身を投じる元軍人バングリー(ジョシュ・ブローリン)はこの状況を楽しんでいるとしか見えないが、相棒のパイロットのヒッグ(ジェイコブ・エロルディ)はいまを憂い希望を探したいと思っている。典型的な2つのタイプを並べて終末を考察しているのだ。

暗視ゴーグルの視点を用いたユニークな銃撃戦が展開! [c]2026 20th Century Studios. All Rights Reserved.
暗視ゴーグルの視点を用いたユニークな銃撃戦が展開! [c]2026 20th Century Studios. All Rights Reserved.

希望を捨てきれないヒッグはバングリーの元を離れセスナを駆って次なる土地へ向かい、そこでジャック(ガイ・ピアース)とシーマ(マーガレット・クアリー)の父子に出会い行動をともにする。この3人が出会うのが終末を象徴する“信仰”と“狂気”だ。

ヒッグは、かつて流れて来た航空無線の声がずっと気になっていて、それに導かれある空港に降り立つ。そこは別世界、人々が優雅に暮らす文明を感じさせる場所。3人が歓待を受けるなか、徐々に不穏な空気が拡がって行き、その元凶である女性、クラシカルなキャビンアテンダントの制服を着たダーリーン(アリソン・ジャネイが大怪演!)が現れる。

強い信頼で結ばれていくヒッグとシーマ [c]2026 20th Century Studios. All Rights Reserved.
強い信頼で結ばれていくヒッグとシーマ [c]2026 20th Century Studios. All Rights Reserved.

この無線の声に導かれるエピソードは原作にもあるが、スコットはまるで異なる解釈で映像化している。あたかもこのダーリーンを新興宗教の教祖のように描いたことで、本作の唯一の希望でもあるもうひとつの“宗教”が際立つ構成にしているのだ。それはヒッグが物資を届け続けている、心の安らぎを与えてくれるメリー派の集団。徹底した平和主義者として知られる彼らは緑のなかで、あたかも文明を拒否しているかのように生活している。ここでも対照的な信仰が描かれているのだ。

余談ながら、空港でヒッグたちがダーリーンと出会うラウンジのシーンは『シャイニング』(80)の幽霊たちのバーシーンを彷彿とさせる。深読みすれば、同作の幽霊バーテンダー役はジョー・ターケルで、彼はスコットの『ブレードランナー』(82)でレプリカントの生みの親、タイレル社長を演じていた。スコットはスタンリー・キューブリックのファンであり、このバーシーンのターケルが気に入って起用したんだった…そんなことを思い出させてくれる、オタク心をくすぐるシーンでもあるのだ。

リドリー・スコットならではの圧巻の“美と映像”で終末世界を表現

リドリー・スコットらしいディストピアの風景 [c]2026 20th Century Studios. All Rights Reserved.
リドリー・スコットらしいディストピアの風景 [c]2026 20th Century Studios. All Rights Reserved.

人間が生み出す暴力と狂気、そして信仰。モンスターやゾンビは一切登場せず、リアルな人間同士のサバイバル戦に徹しているというのは近年、厭世的な作品、人間嫌い度が高くなったスコットらしいチョイスともいえる。そしてもうひとつ、スコット作品で忘れてはいけない要素がある。“美と映像”だ。ヒッグが物資調達のためセスナを駆って定期的に訪れる廃墟となった街。ビルボードが剥げ落ち、アスファルトに広がった裂け目からは雑草が顔を出し、スーパーマーケットには分厚い埃をかぶった商品が並ぶ。誰もいないこの空間で、ソーラーシステムを使っているのだろうか、街頭ビジョンはいまだに映像を送り出している。日本人的には「兵どもの夢の跡」という俳句の一節が浮かんでしまう終末の風景。この物悲しさは原作と重なる部分だが、映像になったことでダイレクトに世界観、終末観が伝わって来る。

飛行シーンの美しさは圧巻! [c]2026 20th Century Studios. All Rights Reserved.
飛行シーンの美しさは圧巻! [c]2026 20th Century Studios. All Rights Reserved.

その一方で、ヒッグのセスナは緑の山々の間を気持ちよく飛んで行く。人間の手が触れていない自然の美しさ!その浮遊感!「詩的」な部分はこの緑に集約されていると言ってもいい。

主人公がパイロットだからこそ描ける空から俯瞰した終末の世界。かつて人間の文明があった場所は朽ち果てた廃墟にもかかわらず、眼下に広がる大自然はその緑が勢いを増し、私たちに“絶景”を見せてくれる。ここでも対照的な終末の風景を切り取っているのだ。

【写真を見る】『ラスト・サバイバー』ロンドンプレミアに登壇したリドリー・スコットとパートナーで俳優のジャンニーナ・ファシオ [c]2026 20th Century Studios. All Rights Reserved.
【写真を見る】『ラスト・サバイバー』ロンドンプレミアに登壇したリドリー・スコットとパートナーで俳優のジャンニーナ・ファシオ [c]2026 20th Century Studios. All Rights Reserved.

というわけでつまり、リドリー・スコットは原作クラッシャーだったわけなのだが、考えてみればフィリップ・K・ディックの「アンドロイドは電気羊の夢を見るか?」とその映画化、スコットの名前を不動にした『ブレードランナー』もかなりの原作クラッシャーぶりではあった。どんな小説、原作であっても自分のスタイルに変換できる自信と力があるからこそなのだろう。そういう意味ではやはり、「らしい」選択をしていると言っていい。

スコットの次回作はスティーブンソンの海洋冒険小説の傑作「宝島」だという。これでもまたクラッシャーぶりを発揮しつつ、しっかりエンタテインメントしてくれるはず。生涯映画監督のすばらしい心意気だと思う。

文/渡辺麻紀

元記事で読む
の記事をもっとみる

注目コンテンツ