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「美女とサル婚」を覚えてる?おさると14歳下の人気タレント、結婚までの意外な2年半

  • 2026.9.5
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2007年2月、結婚入籍報告会見を開いた山川恵里佳(右)とモンキッキー(おさる)(C)SANKEI

2007年2月2日、当時38歳だったおさると、24歳だった山川恵里佳が結婚した。同じ日に開かれた会見では、14歳という年齢差も大きく報じられた。新聞には美女とサルの結婚をうたう見出しまで並び、にぎやかさは申し分ない。

けれど、そこへたどり着くまでの話は、ひとつの派手な出来事だけではできていない。始まりは約2年半前の名古屋。仕事で顔を合わせ、翌年に再会し、仲間を交えた旅行を経て、何度か決まらなかったプロポーズ。順に並べると、会見当日の見出しとは別の、具体の多い道のりが見えてくる。

おさるから「改名」したタイミングの出会い

最初の共演は2004年夏。名古屋で放送されたドライブデート番組のロケだった。当時のおさるは、芸名をモンキッキーに変えたばかり。改名後最初のロケとして組んだ相手が山川だった。

スタッフからは二人が合うのではないかと勧められたが、この場ですぐ交際が始まったわけではない。番組の共演者として出会い、次の動きは翌年まで待つことになる。

ドライブの約束に2人ともタクシー

翌年、二人は番組で再会した。まずは共通の知人を含む3人で会い、そこから交流が続いた。最初に二人で会う日にはドライブを予定したが、二人とも車ではなくタクシーで到着。結局は近くで食事をすることになった。

さらに、友人を含む7人でグアムへ旅行した。二人だけの旅行ではなく、仲間と一緒だったところが、この時期の実像をよく表している。番組の初共演、翌年の再会、知人を交えた交流、7人の旅と、場面ごとに周りには人がいた。

会見からさかのぼると、その歩みは急展開というより小さな出来事の連続だ。年齢差だけを切り取れば一行で済む話も、二人がどこで会い、どんな予定が変わり、誰と旅をしたかまで戻ると、約2年半という時間の厚みを持つ。

決まらないプロポーズは会見へ

結婚を前に、おさるは2007年の正月ごろ、複数回プロポーズした。新年にかけた英語まじりのダジャレなど、様々なパターンを用意したものの、どれも受け入れられなかった。言葉遊びは得意でも、肝心の一言は簡単には着地しなかった。

それでも二人は2月2日、そろって婚姻届を提出した。同日夕方には都内ホテルへ移り、約100人の報道陣を前に会見した。

すでに夫婦になった後の壇上で、おさるが改めて公開プロポーズし、今度は山川が受け入れた。結婚式の時期はまだ未定で、家族に見せる小さな式が考えられていた。順番は、プロポーズが決まってから婚姻届ではなく、婚姻届の後に会見で決まる形だった。

「美女とサル婚」という強い呼び名の内側には、すぐには始まらなかった初共演、タクシーで終わったドライブの予定、仲間7人の旅行、何度も決まらなかった求婚がある。会見は突然現れた話題ではなく、少しずつ増えた具体が公の場へそろって出てきた日だった。

遠回りまで含めて、二人の結婚

おさると山川の結婚をたどると、最初から何もかも順調に決まったわけではない。初共演の場ですぐに交際が始まったわけではなく、二人で出かけるはずのドライブには、二人ともタクシーで現れた。プロポーズも一度では決まらず、婚姻届を提出したあとの会見で、ようやく山川の返事までそろった。

それでも、予定どおりにいかなかった出来事のたびに、二人の関係が途切れたわけではない。再会し、食事をし、仲間と旅をし、次の約束へ進む。約2年半の道のりを形づくったのは、劇的な一場面よりも、そうして二人が何度も次へ進んだことだった。

会見では、38歳と24歳、14歳差という数字や「美女とサル婚」という言葉が大きく踊った。だが、二人の結婚は、その見出しだけで突然生まれたものではない。名古屋での出会いから重ねてきた時間が、2007年2月2日に夫婦という形になった。うまく決まらなかった約束も言葉も抱えたまま、最後には同じ場所へたどり着いた。その少し不器用でにぎやかな道のりまで含めて、おさると山川恵里佳の結婚だった。


※記事は執筆時点の情報です

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