1. トップ
  2. エピソード
  3. 客の食器の箱を荷台で滑らせた俺、1人で足した作業の理由

客の食器の箱を荷台で滑らせた俺、1人で足した作業の理由

  • 2026.8.26
ハウコレ

抱え上げようとした段ボールの底から、テープのめくれる乾いた音が、手のひらに伝わってきました。荷台の下から届いた持ち主の言葉は、間違っていませんでした。俺は短く頭を下げて、言い訳になりそうな言葉を全部飲み込み、次の荷物を運びました。

1枚貼りの細いテープ

その日の現場は、立ち会いがお客さん1人の引っ越しでした。先輩が指示役で、運ぶのはほとんど俺の担当でした。玄関に積まれた段ボールの中に、ふたへ赤くワレモノと書かれた箱がありました。底の真ん中に1枚だけ細いテープが貼られており、端がめくれて、指をかけただけで浮きが広がっていきました。中身は詰まって重く、胸の高さまで抱え上げれば、そのひと揺れで底が開いてもおかしくない状態でした。だから俺は、箱を腰から上げないまま荷台へ運び、床から浮かさずに奥へ押して、壁際に据えました。

荷台の下からの声

荷台の下から、お客さんの声がしました。「ワレモノって書いてあるんですけど」。振り向くと、こちらをまっすぐ見ていました。底のテープのことを説明しようとして、言葉を選んでいるうちに、どれも言い訳に聞こえる気がしてきました。乱暴に見える運び方をしたのは事実でした。それに、手書きの文字を見れば、自分で詰めた箱だとわかりました。梱包が弱いと伝えるのは、その手間を責めるようで言い出せませんでした。俺は手前まで戻り、「すみません」とだけ言って、短く頭を下げました。

積み込みが終わったあとで

出発前、俺は荷台に残りました。あの箱の前にしゃがみ、資材袋から幅の広い布テープを出して、底へ十字に貼り足しました。お客さんの荷物は、断りなく開けるわけにはいきませんでした。外から支えるくらいしか、俺にできることはありませんでした。走行中に底が抜ける箱を、そのまま新居まで運びたくありませんでした。言えなかった分の埋め合わせのつもりでしたが、黙ってやるなら、それはただの自己満足でもありました。

そして...

新居への搬入では、あの箱だけを両手で抱えて、水平のまま、足元を確かめながら運びました。お客さんの視線は、最後までやわらぎませんでした。引き渡しで改めて頭を下げましたが、テープのことは結局言えないままでした。今は、梱包に不安のある箱を見つけたら、運ぶ前にその場でお客さんに伝えるようにしています。言い訳に聞こえてもかまいません。先に一言伝えるだけで、荷物も、運ぶ側の手も守れると、あの日の視線に教わったからです。

(20代男性・引っ越し作業員)

本記事は、読者アンケートに寄せられた実体験をもとにした本人視点の記事を参考に、相手側の心情を想定して制作しています。実際の相手本人への取材ではなく、編集部による解釈を含みます。

(ハウコレ編集部)

元記事で読む
の記事をもっとみる

注目コンテンツ