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【オンクル特派員企画 “本と人” vol.07】「A子さんの恋人」と「くびすじの欠片」と「少年が来る」

  • 2026.8.15

 

【オンクル特派員企画 “本と人” vol.07】「A子さんの恋人」と「くびすじの欠片」と「少年が来る」
出典 FUDGE.jp

「ONKULの雑誌づくりに参加しませんか?」そんな呼びかけに応募をしてくれた、編集や取材、文章を書くことに興味がある「ONKUL特派員」たち。

今回のテーマは「本と人。」

今どき、電車でスマホを見ずに本を読んでいる人は、かっこいい。さらに「どんな本を読んでいるか」には、その人らしさが浮き彫りになる。それは服を選ぶ感覚、つまりファッションとも地続きにあるもの。

本企画では、日本全国にいる特派員のみなさんのまわりにいる“本好きさん”を集め、本人と本との関係性を紐解きます。

今回は、ONKUL特派員・藍田倫歌さんがスナップした人たちをご紹介。

 

 

『自分が自分であるための一冊。』 #17

【オンクル特派員企画 “本と人” vol.07】「A子さんの恋人」と「くびすじの欠片」と「少年が来る」
出典 FUDGE.jp

髙品万紀子さん/会社員

好きなマンガを読み返すことは、過去の自分と出会うことでもある。「 今年、主人公と同い年になるんです 」と話す髙品さんは、あらためて自分と重ねることで、昔は気づかなかった言葉が浮かび上がり、大切な感情をすくい上げる。「完璧じゃなくても派手じゃなくてもつづく私の日常を愛したいから」。

 

 

【オンクル特派員企画 “本と人” vol.07】「A子さんの恋人」と「くびすじの欠片」と「少年が来る」
出典 FUDGE.jp

『A子さんの恋人』近藤聡子 著, ¥792/KADOKAWA

 

 

 

『自分が自分であるための一冊。』 #18

【オンクル特派員企画 “本と人” vol.07】「A子さんの恋人」と「くびすじの欠片」と「少年が来る」
出典 FUDGE.jp

宮本紗有さん/大学生・詩のワークショッププロジェクト「耳に詩を、心に詩を。」主宰

学業のかたわら表現活動に励む宮本さん。作者ならではのささやかな気づきを表現する短歌はお守りだと語る。お気に入りの歌集を読むとき最初からめくるのではなく、パラパラと適当なページを開く。読んでいると書かれた時期まで気になってくるそう。「読むことは目撃者になることだから」と。

 

 

【オンクル特派員企画 “本と人” vol.07】「A子さんの恋人」と「くびすじの欠片」と「少年が来る」
出典 FUDGE.jp

『くびすじの欠片』 野口あや子 著 ¥1,320/短歌研究社

 

 

 

『自分が自分であるための一冊。』 #19

【オンクル特派員企画 “本と人” vol.07】「A子さんの恋人」と「くびすじの欠片」と「少年が来る」

北本一郎さん/『一乗寺BOOK APARTMENT』店主

「文学には、世界中で起きている出来事を自分ごととして読むことができる力がある」と語る北本さん。歴史や文化に触れるきっかけはいろいろあるけれど、本での出会いにこだわりたいという。「読むことは自らの手で選び取る行為だから」

 

 

【オンクル特派員企画 “本と人” vol.07】「A子さんの恋人」と「くびすじの欠片」と「少年が来る」
出典 FUDGE.jp

『少年が来る』 ハン・ガン 著, 井手俊作 訳 ¥2,750/クオン

 

 

 

essay column:私の“本と人”

私の癖を1つあげるとするならば、どんなところでも本を読んでいる人を探してしまうことだ。電車やバスの公共機関はもちろん、ファミレスやフードコート、散歩中のベンチにまで及ぶ。見つけると自然と口角が上がってしまう。そして、どんな本を読んでいるか気になって、少しそわそわしてしまう。きっとこれは学生時代に書店に勤めていた時についた癖で、今でも体がついついやってしまう。

今読んでいる本は、おそらくその人が今の状態で必要としている栄養素であり、その人が現在進行形で引いている思考の軌跡だ。どんな自己紹介よりも自分自身を表している。そんな人にどんな本を届けたいか考える癖がいまだに抜けないのだ。


とある日の会社からの帰り道、自宅へ向かうバスに乗った。いつもは空いているのに、その日は鮨詰めのように人でごった返しており、動く人の波に流されて、その勢いに押されるまま偶然空いた席に座った。「よし、これで本が読めるぞ」と、心の中で小さくガッツポーズした。つい癖で隣を見ると、その人は本を読んでおり、いつも通り不審に思われないようにそっと流し目で見た。

驚いた。本を読んでいたその人に、私は釘付けになってしまった。それは、その人が読んでいた本が、ちょうど昨日私が読み終えた本だったから。すごい偶然だ。早く本を読みたい私と、その表紙から目が離せない私。思考はさらに頭の中を駆け巡り、この人は他にどんな本を読むのだろう、何に関心があるのだろう、次にどんな本を手に取るのだろうと、書店勤め時代の思考も蘇ってくる始末。何秒か、もしかしたら何分か後だったのかもしれない、バスが揺れてハッと我に返った。不自然にならないように一回大きく呼吸をした。そうだった、今は会社の帰り道だったと。何事もなかったかのように本を取り出し、しおりを挟んだページを開いた。

文字をなぞりながら、なんだか懐かしい気持ちを感じた。知らない誰かの隣で本を読んだり、本と向き合う誰かの真剣な横顔を見たり、読むという行為を誰かと分け合う。小学校の図書館にいるような、そんな懐かしさを、私は私の本を読みながら味わった。


本と人が集まる空間には、言葉を交わさなくても取ることができるコミュニケーションが確かに存在すると思う。同じ本を手に取るときの譲り合いや、図書館が纏う空気感を共有することを、誰もが自然に行っている。

本を読むことは、きっとだれかに優しくすることだと思う。読むという行為は、「読むわたし」と「作ったあなた」、その2人がいないと成り立たない。それは、電話の前に立って、受話器を取り、「もしもし」と相手の応答を待つ行為に似ている。作った人の話を丁寧に聞くことで、その人の世界とつながることだから。そんな時間が日常にほんの少しでもあったら、人はきっと誰かに優しくなれるはず。

バスのアナウンスがそろそろ降りる頃合いだと教えてくれたので、しおりを挟んで本を閉じた。きっと明日も私は本を開く。まだ顔も知らない「あなた」に優しくするために。まだ知らない未来に「あなた」と話をするために。どうか、世界は優しいものでありますようにと祈りを込めて。

 

 

text:Tomoka Aida

 

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