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にっぽん遺産 奇跡の温泉 最終回

  • 2026.7.31

歌人、小説家、実業家であり温泉ソムリエの資格も持つ小佐野彈氏は、温泉の泉質について「単純温泉は薄いと思われているが、実は温泉の中で一番、多様で幅広く、深い」という。列島各地に湧き、古来、この国で広く親しまれてきた単純温泉の湯力を小佐野氏が伝える。


現代人を癒やす“単純ではない”単純温泉(文=小佐野彈)

武雄温泉「御宿 竹林亭」の客室露天風呂。

温泉法が定める「療養泉」の条件はざっくり言って2つだ。

1つ目は、湧出時の泉温が摂氏25度を超えていること。2つ目は、特定の成分が規定量以上入っていること。2つの条件のうちどちらかを満たせば「療養泉」を名乗ることができる。温泉水1キログラムあたりの非ガス性溶存物質の量が1000ミリグラムを超えている場合、たとえ泉温が25度未満であっても「塩化物泉」や「硫酸塩泉」など塩類泉としての泉質名がつく。

一方、溶存物質の量は規定に足りないが、泉温が25度を超えている温泉――すなわち「温度」という単一の条件のみを満たした療養泉が「単純温泉」と呼ばれる。

こうした性質のせいか、単純温泉は「薄い」「ただの水」と誤解されがちだ。かつては僕も「濃い温泉」を求めていた。しかし「単純温泉こそ多様性の宝庫だ!」と気付いた今、単純温泉のとりこである。湯あたりしづらく、長湯にも最適。飲泉できる湯処も多い。

1キロあたりの成分量がわずかに1000ミリグラムには届かない「ギリギリ単純温泉」や、硫黄臭と塩味を帯びた単純温泉、80度を超える超高温泉から、30度台の「ぬる湯」に至るまで、「温度」以外にシバリがない単純温泉の世界はあまりに奥深い。

畑毛温泉「大仙家」の大浴場。ぬる湯と呼ばれる名湯は低温(約32度)の単純温泉。

かつて単純温泉は泉質固有の適応症を持たなかったが、研究が進んだことで「うつ状態」や「不眠症」が固有の適応症になった。ストレス社会を生きる現代人に最適な温泉こそ単純温泉だ。

乳児からお年寄りまであらゆる人に向いている単純温泉は「家族の湯」とも呼ばれる。優しく個性豊かな湯の恵みを、親しい人と分け合ってみてはいかがだろうか。

由布院温泉(大分県)

由布院温泉は活火山である由布岳の麓に広がり全国でも最上級の温泉湧出量と源泉数を誇る。

「泉質の多くは単純温泉。保湿効果に優れ美肌に導くメタケイ酸が豊富」と小佐野氏。

長年、滞在型保養地を目指してきた地だけに温泉の真髄を心から堪能できる旅館も多い。

小佐野氏が通うのは由布院の歴史と歩む名宿「亀の井別荘」。「お湯が良く、大浴場のデザイン、食事やサービスも素晴らしいです」。

自然と響き合う大浴場。源泉は庭内にあり終日、各浴場と客室風呂で温泉を掛け流す。

武雄温泉(佐賀県)

奈良時代に編纂された「肥前国風土記」にも登場したと伝えられる古湯、武雄温泉。

小佐野氏によれば「単純温泉ではありますが成分量豊富。なかでも炭酸水素イオンが多く肌に及ぼす高い蘇生効果を期待できます」。

佐賀藩藩主所縁の「御宿 竹林亭」で小佐野氏は海外から訪れる賓客を招きもてなすこともあるという。宿は名園に佇み四季の美観に彩られる露天風呂が多様に揃う。

それぞれ客室は設計や趣が異なる。御船山も間近な「佳松」には月見台に露天風呂が。
大浴場は露天風呂を併設。樹木が包む湯船にも滑らかな湯触りと評判の温泉を満たす。

小涌谷温泉(神奈川県)

さまざまな泉質を有する箱根の温泉郷にあって小涌谷温泉には良質な単純温泉が潤沢に湧く。

源泉数は22。自家源泉を持つ施設が多い。

大正期に建造された三井財閥の別荘を受け継ぐ「箱根・翠松園」も庭内の源泉から湯を引く。

「客室の露天風呂は全部、源泉掛け流しです。お湯は箱根の単純温泉としては成分量が豊富。保湿力に優れていますね」と小佐野氏はいう。

日本の温泉を求め、国外からも旅客が集う宿だ。

ラグジュアリースイート「尚」の露天風呂。全23室となる客室すべてに露天風呂を設置。
小涌谷の景色を見下ろすロビー・ラウンジ。宿のテーマはレトロな大正とモダンの融合。
大正の名建築「三井翠松園」(登録有形文化財)は現在、料亭として蘇り庭内に遺る。
客室「尚」のリビングではテラスにハンモック。客室のデザインはすべて異なる。

畑毛温泉(静岡県)

「畑毛温泉は究極の隠れ“ぬる湯”」と小佐野氏。

江戸期より湯治場だった地は今も穏やかな田園で湯温の低い温泉に心ゆくまで浸ることができる。

古湯を守る宿「大仙家」の支配人・髙橋茂樹氏は「高齢のかたでも疲れず長湯を楽しめる。そのため温泉も身体に浸透しやすいようです」と話す。

この湯郷に湧く単純温泉も恵み豊かだ。歌人の若山牧水は「長湯して飽かぬこの湯のぬるき湯にひたりて安きこころなりけり」と畑毛を詠っている。

大仙家の大浴場。ぬる湯と自家源泉(37度)をふたつの湯船に分け、交互に楽しませる。

※初出:文藝春秋 2023年4月号
※記載内容は変更されている場合もあります

冒頭文=小佐野彈 取材=上保雅美 写真=佐藤 亘

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