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「マッサン」竹鶴政孝は64歳妻に先立たれ慟哭…「自分と結婚しなければ」と悔やみ生涯再婚しなかったワケ

  • 2026.7.29

2014年の朝ドラ「マッサン」(NHK)の再放送が終了。朝ドラに詳しいライターの田幸和歌子さんは「主人公のモデルとなったニッカウヰスキー創業者・竹鶴政孝の史実をベースにしているが、竹鶴はスコットランド人の妻の名をウイスキーに付けてはいない」という――。

「スーパーニッカ」を発売した竹鶴政孝

NHK連続テレビ小説「マッサン」が再放送の最終週を迎える。物語の幕引きで描かれるのは、亀山政春(玉山鉄二)が亡き妻エリー(シャーロット・ケイト・フォックス)への感謝と思いのすべてを注ぎ込んでつくりあげたウイスキー「スーパーエリー」が、本場スコットランドでも高く評価され、特別賞に輝く場面だ。

年老いた政春は、受賞したそのウイスキーを携えて北海道・余市の丘にあるエリーの墓へ向かい、ふたつのグラスに注いで墓前に献杯する。その1本を手に、エリーと過ごした日々を振り返る。この「妻の名のウイスキー」には、はっきりとした史実のモデルがある。1962(昭和37)年に発売されたニッカウヰスキーの「スーパーニッカ」だ。

ニッカウヰスキーの創業者・竹鶴政孝の妻リタは、本名をジェシー・ロバータ・カウンといった。スコットランド・グラスゴー近郊で竹鶴と出会って結婚し、はるばる日本へ渡って竹鶴リタとなった女性である。晩年のリタは病気がちで、余市の厳しい冬を避けて鎌倉や逗子で静養したり、小樽の市立病院や築地の聖路加病院などに入退院を繰り返したりしていた。出張続きで多忙を極めた竹鶴は、妻とゆっくり過ごす時間も取りにくくなっていたが、できるかぎりの治療を受けさせようと手を尽くした。

竹鶴政孝と妻のリタ
竹鶴政孝と妻のリタ(写真=PD-Japan-oldphoto/Wikimedia Commons)
妻リタは戦後16年目に64歳で死去

ニッカの業績は伸び、1956年に黄綬褒章、1960年に紺綬褒章を受けるなど、竹鶴は事業家として絶頂期にあった。だが、その同じころ、最愛の妻の病は重くなっていた。

結核を患い、晩年は持病の肝硬変が悪化して、リタは1961(昭和36)年1月17日、64歳で余市の自宅でその生涯を終えた。竹鶴は妻の最期を看取った。悲しみはあまりに深く、出棺は見送ったものの火葬場へは行かず、丸2日間、自室から一歩も出なかったという。竹鶴はのちに自伝『ウイスキーと私』で当時の胸のうちを綴っている。

英国留学中の自分と結婚し、見知らぬ国・日本までやって来て、自分より若いのに先立った妻が「かわいそうでならなかった」。もし英国人と結婚して英国で暮らしていたら、リタの妹たちのように今も生きていたのではないか。戦時下に敵国人として厳しい目にさらされた歳月が妻の寿命を縮めたのではないかという悔いは、長く竹鶴を苦しめた。

「マッサン」でも描かれたように、戦時中、リタは英国出身というだけで軍部から目をつけられ、白い目で見られるということもあったという。

日本の主婦として生きようとした

リタは、漬物を漬け、塩辛をつくり、魚の煮付けを覚え、日本髪を結って、日本人以上に日本人らしく生きようとした人だった。洗濯物を近くの洗濯屋に託し、近所の人々と交わって暮らす、ごく普通の主婦の顔も持っていた。本州での静養中に息子(甥の威たけしを養子にした)夫婦や孫と過ごせた年末年始を「楽しい時間」と喜ぶ一方、家族が帰ったあとの食卓をひとりで囲む寂しさを、英国の妹ルーシーへの手紙に書き送ってもいる(『リタとウイスキー』)。異国に根を下ろした誇りと、その裏のかすかな孤独。リタは竹鶴にとって最愛の妻であり、ウイスキーづくりという夢の最大の理解者でもあった。

翌1962(昭和37)年6月、竹鶴はリタが好きだった余市蒸溜所を見下ろす小高い丘に、妻の墓を建てた。墓石の表には「竹鶴政孝 竹鶴リタ」と夫婦の名を並べて刻んだ。存命のうちに刻む名には朱を入れるのが習わしだが、竹鶴は自分の名に朱を入れさせなかった。いつでも妻の隣へ行ける、という思いからだった。墓石の裏には英語で、リタが1896年に生まれ、1961年に世を去ったことが記されている。

リタへ捧げる渾身のウイスキーだった

そして同じ1962年10月、竹鶴は失意から立ち上がる。彼を再びウイスキーづくりへと向かわせたのは、リタとともに築いてきた本物のウイスキーへの情熱だった。竹鶴は養子の威とふたりで余市蒸溜所の貯蔵庫と研究室にこもりきりになり、1934年の創業以来貯えてきた原酒の中から、考えうるかぎり最高の組み合わせを探し当てた。その原酒には、リタと歩んだ歳月が染み込んでいた。こうして生まれた渾身の一本が「スーパーニッカ」である。ニッカウヰスキーは公式に、これを「リタへ捧げる鎮魂のウイスキー」と位置づけている。

ニッカウヰスキー創業者・竹鶴政孝の集大成といえる「スーパーニッカ」(初号)と現在の「スーパーニッカ」
ニッカウヰスキー創業者・竹鶴政孝の集大成といえる初号「スーパーニッカ」(左)と現在の「スーパーニッカ」

竹鶴のこだわりは中身だけにとどまらなかった。香料や着色料で見た目を整えた安価なまがいものが幅を利かせた時代に、彼は妥協なく本物を目指した。ボトルに選んだのは、各務クリスタル製作所(現・カガミクリスタル)の手吹きのクリスタルガラス。デザインを手がけたのは、戦後を代表するガラス工芸家・佐藤潤四郎である。すらりと伸びた首と、柔らかくふくらんだ涙のかたちのボディ。竹鶴は工房でそのボトルを見るなり「これがいい」と抱きしめて離さなかったと伝わる。女性的なフォルムに亡き妻の面影を重ねたのではないか、とも語り継がれている。

大卒初任給の4分の1の値段

ウイスキーが熟成するまでには何年もかかる。大きくなった娘を嫁にやるのと同じだから、立派な衣装を着せてやりたい」。竹鶴がそう語ったという逸話は、ウイスキーを我が子のように慈しんだ彼の人柄をよく伝える。

大卒初任給が1万数千円だった当時、スーパーニッカの値段は3000円。2級ウイスキーが300円台で買えた時代の、破格の高級品だった。一本ずつ手づくりされるボトルゆえに生産量は年間1000本程度にとどまり、店頭にはなかなか並ばず「幻のスーパーニッカ」とまで呼ばれた。発売から2年後の1964年、東京オリンピックの年には、五輪マークをあしらった記念特製ボトルも登場している。量産体制が整い、ニッカを代表する銘柄になるのは、1970年代後半を待たねばならなかった。

リタの名前を冠したもの

ここで、ドラマと史実の違いに目を向けたい。「マッサン」最終回で政春がつくりあげたのは、妻の名を冠した「スーパーエリー」だった。エリーは政春に看取られ、最後の手紙を遺して旅立つ。その名を冠したウイスキーが世界に認められる結末は、遺された夫が前を向くために物語が用意した救いでもあった。けれども現実の竹鶴は、妻への思いを注いだ一本に、リタの名をつけてはいない。彼が選んだのは「スーパーニッカ」という名である。ニッカとは、竹鶴が1934年に余市で興した「大日本果汁」を略した、会社そのものの名だ。それは同時に、リタとふたりで歩んできた夢の名でもあった。妻の名を直接刻む代わりに、その道の名に最高の一滴を捧げた、と読むこともできる。

北海道の余市蒸留所
北海道の余市蒸留所 ※写真はイメージです

妻の名をウイスキーに残さなかった竹鶴だが、リタの名は別の場所に刻まれている。クリスチャンだったリタの葬儀は、地元の余市教会が執り行った。謝礼を辞退した教会に感謝を伝えたい竹鶴家は、老朽化した教会堂と幼稚園を建て替える費用として、リタの遺産を含む120万円を寄付する。これを受けて教会は1962年8月、それまでの余市幼稚園を「リタ幼稚園」と改めた。妻の名を冠したウイスキーは生まれなかったが、その名を抱いた園は、余市の町で今も子どもたちを迎えている。

北海道の余市蒸留所
北海道の余市蒸留所 ※写真はイメージです
リタの死後、スコットランドへ

時間軸にも違いがある。ドラマでは受賞と墓前の献杯がエリーの死から「10年後」に置かれ、物語の最後を飾るが、史実のスーパーニッカ誕生は妻の死の翌年のことだった。そして竹鶴自身は、その後も長く生きた。リタの死の2年後、1963(昭和38)年春には、息子の威を伴って妻の故郷スコットランドへ「巡礼の旅」に出る。グラスゴーのホテルに宿をとり、かつてリタと過ごした日々をたどった。竹鶴がこの世を去るのは、リタに遅れることおよそ18年、1979(昭和54)年のことである。生涯、再婚はしなかった。

「マッサン」の最終回で政春が墓前にグラスを傾けるあの場面は、竹鶴がリタへ手向けたウイスキー1本をベースにしている。ドラマはその一本にエリーの名を贈った。けれど史実の竹鶴は、名前ではなく、ウイスキーそのものに妻への思いを託したのである。

ナンバーが振られたウイスキー
※写真はイメージです

・参考文献
竹鶴政孝『ウイスキーと私』、『竹鶴とリタの夢』『ヒゲと勲章』『リタとウイスキー』、ニッカウヰスキー公式サイト「創業者ストーリー」および「スーパーニッカ」商品紹介、余市町公式サイト「余市でおこったこんな話」、リタ幼稚園公式サイトほか

田幸 和歌子(たこう・わかこ)
ライター
1973年長野県生まれ。出版社、広告制作会社勤務を経てフリーライターに。ドラマコラム執筆や著名人インタビュー多数。エンタメ、医療、教育の取材も。著書に『大切なことはみんな朝ドラが教えてくれた』(太田出版)など

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