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SUPER BEAVER渋谷龍太のエッセイ連載「吹けば飛ぶよな男だが」/第61回「覚えてるおじさん」と「久しぶりおじさん」

  • 2026.7.27

音楽のことを仕事と呼べるようになったのは果たしていつからだろうか。好きなことを愚直に続けた結果ご飯が食べられるようになったのだから、仕事と言い切ってしまうのはなんか義務的になって嫌だなアなんて思っていた時期もあったにはあった。ただ好きなことを仕事と呼べるようになるまで一生懸命にやった結果ようやく胸を張って仕事と呼べるようになった今、音楽のことを仕事と呼ぶことに喜びを感じています、はい。

『吹けば飛ぶよな男だが』を読む

まア、こんなことが言いたかったわけではなくて、このエッセイの冒頭で「この仕事をしていると」と書き始めた時にふとそんなことを思ったのでただ冒頭に書き足してみたに過ぎない、悪しからず。ということで、いきます。

この仕事をしていると、様々な人に出会う。紹介して頂ける方の多様性においては、他のお仕事よりも多い方なのではないだろうか。「**をやられてる、@@という会社の、¥¥さん」なんていう紹介が一日のうちに何度も続くと、今し方紹介して頂いた人と、数分前に紹介して頂いた方の情報がクロスオーバーして、脳みそがプスプスと音を立て出すこともしばしば。過多になった情報が自分のキャパを超えた瞬間には、脳みそが小さくパンッと音を立てたりするので、新たな出会いは嬉しいと同時に難儀だなアと感じたりしている。

ということで、私はおおよそ半分以上の人は上手に覚えられません。だってパンッなんだもん。

開き直ってる場合じゃないね、ごめんなさい。人の顔と名前を覚えるのが元来得意ではないというのもありますが、一生懸命覚えようとしたにも拘らず、お会いする機会が少なかったりするとどうしても頭から抜けていってしまうのです。是正に努めます、すみません。

あと、そんなに多くないのだが、この人とはきっともう関わることはないだろうなア、と感覚で判断した場合、一発でシャッターを下ろしてしまうパターンもある(この勘、大体間違っていない)。その時点でそもそも覚える気は毛頭ないのだが、そういう人に限ってまじで偶然に遭遇してしまうのはなんででしょ。もっと会いたい人いるのに。

そういう人は決まって、「おオ、誰だっけ。なんか苦手な人だってのは覚えてるけど」と心のうちでぶつぶつ呟く私に、友達のような距離感で近づいてくる。そういう人は決まって、「あ、まじで誰だっけ、きっついな、これ。逃げるに逃げられんな」と心の声がでかくなる私に、昨日も会ったかのような挨拶をしてくる。

これだけなら構わない。私も大人だし。ただ本当にそういう人は決まって、「どうも」と実際に口に出した私に、ニヤニヤしながら同じことを口にするのだ。

「覚えてる?」

はい来た。

もうこれ呪詛だって。つらいつらい。

大体この質問の後は、言葉に詰まる私を眺めながら、なぜかソクラテスよろしく得意げな態度を見せる。おい、それは何由来の振る舞いか。どこで優位に立っていると見出したのか申してみろ。

おそらく「『覚えてる?』とか言ってきそうだなア」的な香ばしさが漂ってたから、私の、もう関わらないだろうレーダーがビンビンに反応してたんだろうし、シャッターを急いで下ろすに至ったのだと思うが。

いやはや、この問答ってプラスに働くことってあるのかな? 良くてトントン、悪かったらマイナス。問う方も、答える方もいい気持ちになることってあまりないのではないか、と私は思う。

お願いだから試すのはやめて頂きたい。たまに「覚えてません」とはっきり言える、心臓に毛が生えたタイプの人間もお見かけするが、私は生憎そうではない。ち〇ち〇の毛と一緒に心臓の毛まで脱毛してしまった自分が恨めしくなる。

まアこういう極端なパターンはさておき、「覚えてる?」と直接訊かれないにしたって、どこで会ったか覚えていない、呼んだことのある名前が出てこない、は双方にとって苦しいことだと思う。

なので私は、新しい出会いから再会に至り、その人に自ら挨拶をする場面が訪れた場合、そのの折に、「※※でご挨拶させて頂きました、SUPER BEAVERというバンドの渋谷です」と先手を打つことにしている。出会ってから三度目くらいまではやる。覚えていてくれた場合はもちろん、そうでない場合でも「もちろん覚えてますよ」と相手に言ってもらえることはほぼ間違いなし。これこそがお互いにストレスを感じずに済む最良の方法だと心得ている。

で。この先手を打つ行動に至る経緯というか出来事というか、忘れられない思い出がある。ただし、真逆の立場だ。

二十代の中頃だったか、一度挨拶をさせて頂いたことのある有名な人に完全に忘れられていたことがあった。鳴かず飛ばずの現状に、卑屈になっていた部分は大いにあったが、いくら有名だからってそういうことをおざなりにするなんて人としてどうなん? と、なんだかとても腹が立って、先輩に愚痴ったことがあった。

「一回会ってるのに全然覚えてなかったんすよ、失礼じゃないっすか。まるで眼中にないって感じで」

とプンスカ怒る私に対して先輩は、うんうん、と頷いて聞いてくれながらも、最後にバシッと、然もありなんという風に言った。

「いや、覚えてもらえなかったお前が悪い」

ガーーーンだった。

これ、結構強めのガーンでして、自分の中の価値観が一気にひっくり返った出来事だった。いや、まじで本当にそうだな、って。覚えてもらうに値する印象も残せず、そうするための努力もしなかったくせに、どうして私は覚えてもらって当然だと思い込んでいたんだろう。私にとって印象的な出会いは、相手にとっても同じだとは限らないのだ、と。

だから私はこの日から、覚えていないかもしれない、という前提で、少なくとも二度目三度目の挨拶はしよう、と心に誓ったのであった。

バンドやってて、しかもフロントマンでありながら印象がないって、結構やばいんじゃね? という戒めにもなった思い出の一幕。

今回のこの話を総合すると、「『覚えてる?』と訊いてくる人が苦手な私ですが、覚えられてないあなたが悪いと思っているので、私は全く悪くないですよ」と要約されてしまうと困るので、それぞれの話は分断して頂けると幸いです。

最後に。

これは友達から聞いた話なのだが、最近は「久しぶり」と言ってくる人がいるらしい。え、それは当たり前のことじゃない? と思うだろうが、実は「覚えてる?」よりも怖くて厄介。

この「久しぶり」の人、実は初対面だったんだと。うん、わかる、先が見えないよね。

その時に、友達が「えエと」と困惑し、まごまごと言い淀んでいたところを見て、その人は「そう、正解。だって初めましてだもん。適当に『久しぶり』って返されたらどうしようかと思った」と言ったらしい。え、もう誰得の、なに。

友達はこの手のタイプの人を「久しぶりおじさん」と呼んでいました。

あ。この手のタイプ、と言ったの、間違いじゃないんですよ。友達は過去にも一度、別の「久しぶりおじさん」と出会ったことがあるそうです。いろんな人がいるよね。現場からは以上です。

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