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「私の祖国はポルトガル語です」国民的詩人フェルナンド・ペソアと、彼が愛した文学の街を歩く

  • 2026.7.27

この街で出会う人は皆、口を揃えて言う。

「彼の作品が嫌いな国民はいない」

ポルトガル文学を代表する作家は人生の大半をリスボンで過ごした。ペソア研究者渡辺一史氏の解説とともに彼の愛した場所でその表現世界に浸りたい。


近代文学史に残る〈異名〉の創造

© Arquivo Manuela Nogueira / Casa Fernando Pessoa

フェルナンド・ペソアという名が世界で広く知られるようになったのは、死後数十年経ってからだ。1960年代から徐々に注目されるようになり、80年代以降に多くの言語で翻訳されたことで広く関心を呼び、今ではポルトガルの代表的な詩人と呼ばれる。

とある研究者は、ペソアをストラヴィンスキー、ピカソ、ジョイス、ブラック、フレーブニコフ、ル・コルビュジエといった芸術家と並べ置いて評価しているが、この評価を得るペソアの詩学の最大の特徴が〈異名〉の存在である。

異名とは、ペソアが創造した詩的人格のことで、本名のペソアとは異なる名前、出自、履歴、生活圏、形姿、文体といった個別具体の属性を持ち、まるで実在するかのように本名とは違う独自の作品世界を展開する者たちだ。

ペソアの異名の中でもソアレスは〈半異名〉として、ペソアが自らの人格を一部反映させた特別な存在だという。

リスボンの高台! 険しい斜面にそびえたつ偉大な建築物の数々 滑り落ちそうに雑然と群がる建物を光と影と炎で編んでゆく――お前たちは今日存在し私が見ているからお前たちは私であり、明日には違う姿となる(略)ああ リスボン わが故郷!――ベルナルド・ソアレス(『不安の書』収録。異名・ソアレスの作品)

筆名や仮名とは違い「本名の作家の権限が及ばない作家」というヨーロッパの近代文学始まって以来、初めての文学装置である異名の創造を重ねることで、ペソアは唯一無二の表現を構築し、掛け値なしの別人格としての異名を生きた。

ペソアの読者は、この詩人の不思議な世界に戸惑いながらも、その夢幻にやすらぎ、いつしか自分もペソアの異名のひとりなのではないかと思うようになってゆくのだ。

詩人に愛されたリスボンの名店へ

常連だった作家の名前を冠し「アキリーノ・リベイロの空間」と呼ばれる、ペソアらリスボンの作家が文学論を交わした場所。当時から使われていた椅子には作家たちが座った窪みが残る。

ポルトガルでは学校教育で必ずといってよいほどペソアの作品を学ぶ。書店へ行けば彼の作品が彼への敬意と愛情を示すかのように丁寧に並べられている。

入り口すぐの位置にペソアの作品が並ぶ。

ペソアがポルトガル人を魅了する要因はいくつもある。たとえばそれは、作品における時間の不在である。

ペソアと異名の作品の多くはそれらが書かれた時代を明確に特定するような背景や要素を持たない。そのため、いつの時代の読者にとっても「今を表現した」作品として読めて、世代を越えて届くのだ。

入り口すぐの位置にペソアの作品が並ぶ。

作品の多様さも魅力のひとつだ。読者は、ペソアの詩だけでなく、異名(例えば、自然派詩人アルベルト・カエイロ、古典派詩人リカルド・レイス、前衛詩人アルヴァロ・デ・カンポス、散文家ベルナルド・ソアレス)の作品を個々に楽しむこともできるし、あるいは、劇の登場人物のごとくペソアの表現世界に配置された異名の作品を、ペソアの作品と合わせて全体的な表現として楽しむこともできる。

本店限定「最古の書店で購入した本」と書かれたスタンプ。

そして、おそらくこの詩人がポルトガル人の琴線に触れる一番の理由が、ペソアがポルトガル語という「言語」の中に己のアイデンティティを見出していることだ。ペソアにとって、ポルトガル語で考え書くという営為こそが自身の存在証明であり、自らの在りかはポルトガル語で書かれた「作品の中」にあるのだ。

異名・ソアレスはこれを「私の祖国はポルトガル語です」と表現した。そしてペソアと同じく、ポルトガル語で思考し表現することの中に自己を見出したポルトガル人たちは彼の作品に深く共鳴し、やがてペソアを「国民」詩人と呼ぶようになったのだ。

Livraria Bertrand(ベルトラン書店 シアード本店)

外壁には美しいアズレージョが。

「世界最古の書店」で耽溺する詩の世界
リスボンの文化的拠点が数多くあるシアード地区。その石畳の坂道に、1732年の創業以来、誇りを守り続けてきた場所がある。ギネス世界記録にも認定された世界最古の書店「ベルトラン」本店だ。一歩足を踏み入れると、アーチ状の天井と深い木の香りが漂う迷宮のような空間が広がり、詩や小説から絵本まで、全ジャンルの書籍が並ぶ。詩集の棚が多いのが特徴で、ポルトガル文学を象徴するルイス・デ・カモンイス、フェルナンド・ペソア、ジョゼ・サラマーゴらの作品を多く取り揃える。店内の一部は歴史的遺産として保護され改装は一切許されず、かつて作家らが文学サロンとして議論を交わした当時の気配が残る。書店員と対話しながら、日本ではなかなかお目にかかれないポルトガル文学の「人生に寄り添う一冊」を選ぶ楽しみを味わいたい。

所在地 Rua Garrett 73-75, chiado, Lisboa
電話番号 210 305 590
営業時間 9:00~22:00
定休日 無休
https://www.bertrand.pt/

街角のカフェが育んだ文学の灯

できたての惣菜が並ぶカウンター。壁面にはペソアの姿が。

昼間の喧噪の止んだ夕暮れ時のテージョ川沿いの通りをペソアは好んだ。抱える寂しさや、どこにいてもよそ者だという子どもの頃から拭えない居心地の悪さが、夕刻にこの辺りに漂う佇まいと重なって見えたからだ。異名・ソアレスは言った。「この辺りで夜の帳が下りるまで過ごすんだ、夜になると自分になれるから」と。

バイシャ地区で仕事を終え夕闇を歩くペソアの抱えた孤独や寂寥は、だが、仲間たちとのカフェでのおしゃべりによって、一刻ではあっても軽減したに違いない。それに、仲間たちとの交流は、文学生活に活気をもたらしたはずだ。

ペソアの定位置。彼はここでアブサンやコーヒーを片手に、静かに執筆に勤しんだ。

コメルシオ広場で印象的な看板を掲げる「マルティーニョ・ダ・アルカーダ」はペソアが亡くなる3日前に人生最後のコーヒーを飲んだカフェだが、ここは彼にとって、執筆の場、友情を確認する場、詩想と思想を実作に落とし込む場、創作のための「夕方の仕事場」だった。

また、ペソアや若き芸術家や詩人たちがポルトガルの芸術時間をヨーロッパのそれに合わせようと試みたポルトガル初のモダニズム雑誌『オルフェウ』刊行のきっかけは、シアード地区にあった「カフェ・モンターニャ」でのおしゃべりだった。さらに、ペソアたちが開いたポルトガルモダニズムの聖地となったのが、同地区に1905年に創業したカフェ「ブラジレイラ」だった。

コロッケなどの揚げもの(3ユーロ前後)とコーヒーを合わせるのがポルトガル流の軽食スタイル。

いくつものカフェで積み重ねられた仲間とのおしゃべりは、ペソアの文学生活に重要な意味を持ち、そして彼の作品を通じてポルトガル文学に、ヨーロッパの文学に、世界の文学に、決定的な文学的価値を刻印したのである。

Café Martinho da Arcada(カフェ・マルティーニョ・ダ・アルカーダ)

広々としたダイニングの壁にはこの店を訪れた著名人の写真が並ぶ。

ペソアが最後のコーヒーを飲んだ歴史的名店
リスボンの玄関口、コメルシオ広場のアーケード横に佇む「マルティーニョ・ダ・アルカーダ」は、1782年創業のポルトガル最古のカフェレストランだ。王政崩壊からカーネーション革命まで、240年超の激動を見つめてきたこの店は、ペソアが晩年毎日通った「夕方の仕事場」としても知られている。揚げたての牛ひき肉コロッケや定番菓子が並ぶ活気あるカウンターを通り過ぎると、外の喧噪が噓のような静寂のダイニングが広がる。カフェ利用から伝統的なポルトガル料理のディナーまで一日中楽しめるのでリスボン滞在中に一度は訪れたい店だ。ペソアが好んだのは、入り口から死角になる隅の4人席。現在、そのテーブルはペソアの「永遠の予約席」となり、街の歴史的遺産のひとつとして保存されている。

所在地 Pç. do Comércio 3, Lisboa
電話番号 218 879 259
営業時間 12:00~15:00、19:00~22:00
定休日 日曜
https://martinhodaarcada.pt/

「ぼくとは様々な劇を上演する生きた舞台なのです」

『Mensagem(メッセージ)』はペソアが生前出版した唯一のポルトガル語詩集。書籍代25ユーロにプラス1ユーロでビカとナタがつく。ビカ単品は3ユーロ。

思ってみれば、ペソアというこの詩人の名前は象徴的だ。ポルトガル語の「ペソア(Pessoa)」という語の意味は「人」であり、その語源は「仮面(Persona)」だ。

つまりこの語は、個別具体の誰かを指し示すことはできない。この輪郭の無い海のような、誰でもあり誰でもないことを意味する語を名に持ち、それを引き受けた者が自分の在り様に意識的になるのは納得ができる。

壁に並ぶコーヒー缶はお土産に。

ペソアは言っていた。

「ぼくは自分のなかに様々な人を創造しました。(略)創造するのに、ぼくは自分を破壊したのです。ぼくとは様々な俳優が通り過ぎ、様々な劇を上演する生きた舞台なのです」

A Brasileira do Chiado(ア・ブラジレイラ・ド・シアード)

店前のペソア像。

街のアイコンとして愛されているブロンズ像
シアード地区のガレット通りを歩いていると、ふと視線を感じて足が止まる。椅子に腰かけ足を組み、今にも議論を始めそうなブロンズの男性。カフェ「ブラジレイラ」に1905年の創業初期から通っていたペソアの姿を記念したものだ。彼の背後にある店に入るとアール・デコ調で統一された重厚感のある店内を気配りの行き届いた店員が足早に動き回る。ポルトガルのエスプレッソ“ビカ”発祥の店として知られ、パステル・デ・ナタや目玉焼きのせステーキなどポルトガルの代表的な食文化を楽しめる。食事だけでなく、店限定の装丁でペソアの詩集『Mensagem』を購入することも可能。15カ国語に翻訳された版に残念ながら日本語訳はまだないものの、老舗カフェで詩人の言葉に浸るひとときはリスボンでの唯一無二の記憶となるに違いない。

所在地 Rua Garrett 120-122, Chiado, Lisboa
電話番号 213 469 541
営業時間 8:00~22:00
定休日 無休
https://ovalordotempo.pt/marcas/a-brasileira-do-chiado/

ペソアの生涯と魂に触れる晩年の家へ

ペソアの寝室。ベッド足元には原稿の詰まったトランクのレプリカ。奥には執筆用のタンスの実物が。床の実際の間取り図からペソアの暮らしを想像できる。

彼のことを考えながらリスボンを歩いていると、どうしても行きたくなる場所がある。

「フェルナンド・ペソア邸」だ。

愛用品の眼鏡。

ペソアの息づかいが聞こえてくるような空間で、異名の誕生に立ち会った整理タンス、死後に見つかった未発表原稿の詰まったトランク、眼鏡、タイプライター、身分証明書、小ぶりのベッド、壁の写真を見て、ペソアの儚い実在を確認したくなるからだ。

詩集『メッセージ』収録の詩「ポルトガルの海」。「ブラジレイラ」では初版の同作品のページが展示される。

Casa Fernando Pessoa(フェルナンド・ペソア邸)

家族写真。外交官の継父の影響で17歳までダーバンで暮らした。

ペソアの生涯と詩人の魂に触れる晩年の家
ペソアの詩集を読み、彼の通った店の数々を訪ねたら、この詩人が晩年を過ごした小さな部屋に向かいたい。ペソア博物館として改装された空間には、「子どもの頃から先生の話を聞かずに“想像上の友人”を創造していた」という彼の生涯を辿る資料の数々と、ペソア自身が作成したという〈異名〉の作家たちのホロスコープ、本人の愛用品が並んでいる。中でも注目すべきは彼の思考がびっしりと書き込まれた膨大な蔵書と、3万点近くの未発表の原稿が見つかったというトランク、立ったまま執筆するスタイルだったペソアが机代わりにしていた整理タンスだろう。創作に明け暮れた彼の暮らしに思いを馳せながら館内を歩くと、質素な調度品の一つひとつが詩人の思考と繫がる装置のように感じられるだろう。ペソアのことを知るなら必ず訪れたい場所だ。

所在地 Rua Coelho da Rocha 16-18, Campo de Ourique, Lisboa
電話番号 213 913 270
営業時間 10:00~18:00
定休日 月曜
料金 5ユーロ
https://www.casafernandopessoa.pt/

フェルナンド・ペソア(1888年6月13日-1935年11月30日)

アルベルト・カエイロ、リカルド・レイス、アルヴァロ・デ・カンポスなど複数の〈異名〉を創造し、それぞれ異なる人格や文体で作品を書き分けたポルトガルの詩人・作家。代表作『不安の書』で知られる。17歳まで南アフリカで過ごし、帰国後はリスボンで翻訳業の傍ら創作を続け、20世紀のヨーロッパ文学に大きな影響を与えた。

文・解説 渡辺一史(わたなべ・かずふみ)

ポルトガル近現代文学・思想史研究者、ペソア研究者。著書に『O Neopaganismo em Fernando Pessoa』。訳書に『フェルナンド・ペソーア 自己分析 他30篇の詩』など。

文・解説=渡辺一史

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