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現生人類とネアンデルタール人は「ある価値観」を共有していた

  • 2026.7.8
Credit:Generated by OpenAI’s DALL·E,ナゾロジー編集部

私たち現生人類(ホモ・サピエンス)には、かつて同じ時代を生きた人類がいました。

それが約40万年〜4万年前まで存在した「ネアンデルタール人」です。

近年の研究では、現生人類とネアンデルタール人は互いに交雑し、子孫を残していた証拠も見つかっています。

そして今回、新たな研究で、両者が遺伝的交流だけでなく、「同じものを美しいと感じる価値観」まで共有していた可能性が示されたのです。

その手がかりとなったのは、食用ではない「小さな貝殻」です。

一体、どんな価値観を共有していたのでしょうか?

研究の詳細は、京都大学らにより、2026年7月6日付で学術誌『PNAS』に掲載されています。

目次

  • 同じ洞窟から「2種の人類」の化石が見つかる
  • 2種の人類が共有していた「ある価値観」
  • 「美的センス」を共有していた可能性

同じ洞窟から「2種の人類」の化石が見つかる

現生人類は、約20万年前にアフリカで誕生しました。

その後、約6万年前ごろからアフリカを出て、ヨーロッパやユーラシアなど、世界各地へと広がっていきました。

この大きな移動は「出アフリカ」と呼ばれます。

しかし、ここには大きな空白がありました。

遺伝学的には、約6万年前ごろに現生人類がアフリカ外へ広がったと推定されています。

一方で、その時代の現生人類の化石は少なく、実際にどのような人類集団が、どこを通り、どのように広がったのかは、十分に分かっていなかったのです。

そこで重要になるのが「レバント」と呼ばれる地域です。

レバントは、アフリカとユーラシアをつなぐ回廊のような場所であり、現在のイスラエルやヨルダンなどを含む地域にあたります。

今回の研究地であるトルコ南部は、このレバントの北端に位置しています。

つまり、現生人類がアフリカからユーラシアへ広がる際の前線基地のような場所だった可能性があるのです。

位置関係を示した図/ Credit: 京都大学(2026)

チームは、トルコ南部にある「ウチャーズリII洞窟」で、2021年から発掘調査を続けてきました。

その結果、この単一の洞窟遺跡から、ホモ・サピエンス3個体とネアンデルタール人2個体の化石が見つかりました。

年代測定と地質調査の結果、ネアンデルタール人の化石は約7.7万〜5.9万年前、サピエンスの化石は約5.9万〜4.7万年前のものだと推定されました。

つまり、同じ洞窟を、先にネアンデルタール人が使い、その後にサピエンスが使っていたことになります。

これは、単に「同じ場所から2種類の人類が見つかった」というだけではありません。

約6万年前の前後という時代は、現生人類が本格的にアフリカ外へ広がったと考えられる時期と重なります。

そのため、今回見つかった現生人類は、出アフリカの実像に迫る貴重な化石記録となる可能性があります。

2種の人類が共有していた「ある価値観」

さらに注目すべきなのは、化石だけではありません。

洞窟からは、人類の生活を示す大量の遺物も見つかりました。

チームは、1万9252点の石器、2万4236点の食糧となった動物の化石、さらに59点の食用には適さない貝類の殻を確認しています。

これらの遺物は、当時の人々が何を作り、何を食べ、どのような物を洞窟に持ち込んでいたのかを教えてくれます。

そして驚くべきことに、ウチャーズリII洞窟では、ネアンデルタール人とサピエンスの間で文化的な連続性が見られました。

両者は、同じような石材を使い、同じような方法で石器を作っていました。

また、同じ動物を狩り、その動物の同じ部位を洞窟に持ち帰って食べていたのです。

ここまでは、同じ環境に暮らしていれば、似た行動になることも考えられます。

同じ土地に住み、同じ資源を使えば、似た道具や食料調達の方法が生まれるかもしれません。

しかし、チームが特に注目したのは、実用性のない自然物の収集行動でした。

それが「食用に適さない小さな貝殻」です。

洞窟から発見された貝殻、大きさ比較のための一円玉/ Credit: 京都大学(2026)

ウチャーズリII洞窟では、ネアンデルタール人の層からも、サピエンスの層からも、「アフリカタモト」という貝の殻が見つかりました。

アフリカタモトは地中海沿岸に生息する小型の貝で、食料には向いていません。

道具として便利だったわけでもありません。

つまり、生きるために必ず必要なものではないのです。

それにもかかわらず、ネアンデルタール人もサピエンスも、この貝殻を選んで洞窟へ持ち帰っていました。

しかも洞窟の周辺では、他の貝や自然物も手に入ったと考えられます。

その中で、なぜか両者は同じ種類の貝殻を集めていたのです。

これは、単なる偶然とは考えにくい行動です。

チームは、両者が同じ貝殻に対して、何らかの価値を見いだしていた可能性があると考えています。

言い換えれば、ネアンデルタール人とサピエンスは、

「役に立たないが、美しいもの」

「食べられないが、持ち帰りたくなるもの」

に対する感覚を共有していたのかもしれません。

「美的センス」を共有していた可能性

では、この価値観の共通性は何を意味するのでしょうか。

同じ場所に住み、同じ資源に囲まれていれば、似た行動が生まれることはあります。

しかし今回の場合、チームは、2種の人類がそれぞれ完全に独立して、同じ文化を生み出した可能性は低いと考えています。

なぜなら、共通していたのは石器や食料だけではなかったからです。

特定の石材を用いた石器づくり、同じような狩猟採集、さらに数ある自然物の中から特定の貝殻を選んで持ち帰る行動までが、長期間にわたって連続していたのです。

このような高度な共通性は、両者の間に何らかの接触や交流があった可能性を示します。

ただし、この研究は、ウチャーズリII洞窟で、現生人類とネアンデルタール人が同時に暮らしていたことを直接証明したものではありません。

そのため、「この洞窟でネアンデルタール人と現生人類が一緒に暮らしていた」「ここで交雑していた」と断定することはできません。

それでも、この研究が重要なのは、両者の関係を考えるための新しい視点を与えてくれるからです。

ネアンデルタール人と現生人類は、まったく別々の文化をもつ存在だったわけではないかもしれません。

少なくとも北レバントのこの地域では、両者は似た道具を作り、似た食料戦略をとり、同じ貝殻に価値を見いだしていた可能性があります。

これは、両者の間に「通じ合う部分」があったことを示しているように見えます。

洞窟内での発掘作業の様子/ Credit: 京都大学(2026)

想像してみると、不思議な光景です。

見た目も身体つきも異なる別の人類が、自分たちと同じ貝殻を拾い、同じように洞窟へ持ち帰っていたのです。

それは「食べられるから」でも「道具として使えるから」でもありません。

ただ、なぜか心を惹かれるものだったのです。

もしそうなら、ネアンデルタール人と現生人類の交流は、道具や食料の共有だけではなかったのでしょう。

そこには、「きれいだ」「面白い」「持っていたい」と感じるような、より深い感性の共有があった可能性があります。

現代人にとっても、役に立たない小石や貝殻を拾って持ち帰りたくなることがあります。

それは合理性だけでは説明できない行動です。

しかし、そうした行動こそが、人間らしさの根っこにあるのかもしれません。

今回の小さな貝殻は、数万年前の洞窟に生きた異なる人類たちが、ただ生き延びるだけでなく、美しさや好奇心に心を動かされていた可能性を示しています。

参考文献

ネアンデルタール人と現生人類は価値観を共有していた―小さな貝の化石が語る人類交流の歴史―
https://www.kyoto-u.ac.jp/ja/research-news/2026-07-07

元論文

Long-term cultural continuity across the Neanderthal–modern human sequence at Üçağızlı II Cave, northern Levant
https://doi.org/10.1073/pnas.2609061123

ライター

千野 真吾: 生物学に興味のあるWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。

編集者

ナゾロジー 編集部

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