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【注目アーティストfile.35】撮られなかった風景を現像する——村上華子

  • 2026.6.29
© Taisuke Yoshida

ファッションのスタイリングを楽しむように、もっと気軽にライフスタイルにアートを取り入れてほしい――そんな思いで気鋭の現代アーティストの作品をELLE SHOPで販売中! 今回は六本木のアートギャラリー「YUMIKO CHIBA ASSOCIATES」とタッグを組み、パリを拠点に活動しているアーティストの村上華子さんに注目。古典写真技術や活版印刷術に思いを寄せて作品制作を行うのはなぜか。古典写真技術や活版印刷術に思いを寄せて作品づくりを行うのはなぜか。写真の起源をたどりながら、現代のイメージと向き合うその創作の源泉をインタビューした。作品の詳細・購入はELLE SHOPへ。

Recommended by YUMIKO CHIBA ASSOCIATES 千葉由美子さん

YUMIKO CHIBA ASSOCIATES 千葉由美子さん Hearst Owned

「村上さんは、写真というものがどこから来て、どのような形で私たちのところに届いているのかということを素朴に考え続けている作家です。写真の起源について深く考察し、イメージの起源という問題を手がかりに、写真の物質性を問い直しながら、どのようにイメージが私たちの前に現れるのかを実験的に制作しています。村上さんの作品は絵画史を考えるうえで興味深い要素があります。印象派の画家たちの視覚が“カメラアイ”と形容されることがありますが、それは印象派が登場した時期と、写真という新しい視覚メディアが社会に広がった時期が重なっていたからです。村上さんの作品を見ると、その関係性がよく理解できるのです。私たちの身体、特に網膜がいかに複雑な構造で世界のさまざまなものを捉えているかが理解でき、自分自身の視線について考える機会を提供してくれる作品だと思います」

写真の起源を探る旅

私たちは日々、スマートフォンで写真を撮り、画像を送り合い、膨大なイメージに囲まれて暮らしている。ときにはメモ代わりに。ときにはスタンプラリーのように。ときには美しいものを忘れないために。けれど私たちが幼い頃でさえ、写真はこんな存在ではなかった。村上華子さんは、写真というメディアが生まれた瞬間に立ち返り、その可能性を問い直している。

「もしこの印画紙が当時使われていたら、どんな景色を映していたのだろう」

一見すると抽象画のようにも見える。夕焼けのような赤。山並みのような黒い影。どこか遠い土地の風景にも見えるその作品は、実はカメラで撮影されたものではない。村上華子さんが用いるのは、100年以上前に製造されながら、一度も使われることなく残されてきた写真材料だ。使用期限が切れ、商品としての価値も失われたガラス乾板や印画紙を、自ら調合した現像液に浸す。するとそこに、思いもよらない風景が立ち現れる。「もしこの印画紙が当時使われていたら、どんな景色を写していたんだろう、と考えるんです」。彼女が見つめているのは過去の発掘ではない。その印画紙が経験したかもしれなかった未来だ。

© Taisuke Yoshida

人々の“何かを見たい”という欲望を探求したい

現在はパリを拠点に活動している村上さん。その探究の出発点は写真の起源にあった。「昔の写真、例えば写真が発明された当初の“ダゲレオタイプ”と呼ばれる写真は複製ができない一点ものだったのですが、こうした写真を見たとき、強い存在感を感じました。それは、突如、別の世界への回路が開かれているような感覚でした」。その衝撃が、写真を探索する道へと彼女を引きずり込んだ。写真史をさかのぼりながら、写真がどのように生まれ、どのような可能性を経て現在の形になったのかを探り続けてきた。

だが興味があるのは、完成された歴史だけではない。むしろ惹かれるのは、その途中にあった無数の試行錯誤だ。「完成されたものより、生成途中のものに魅力を感じるんです」。写真がまだ何者でもなかった時代。可能なのか不可能なのかもわからなかった時代。「写真というものを定義するとき、通常は写真という技術を売ることができるようになった、商業化されたときから発明が成立したとされているけれど、私はそれ以前の曖昧な時代が一番魅力的なのではないかと思っているんです。そこには、人々の“何かを見たい”という強い欲望のようなものが如実に現れていると思うから。それを探求したいというのが、今の活動の一番大きな動機だと思います」

Hanako MURAKAMI Untitled (AGFA Isochrom #3) (H149 × W99 × D1mm(sheet size)、H374 × W243 × D28mm(frame size)、2020) (C) Hanako Murakami, Courtesy of Yumiko Chiba Associates

「撮られなかった写真」に耳を澄ます

今回ELLE SHOP ARTで紹介される《Imaginary Landscapes》シリーズも、そんな関心から生まれた作品だ。彼女は骨董市場やコレクターのもとを訪ね歩き、百年以上前の未使用の写真材料を探す。市場では、戦争の記録、街の風景、歴史的人物など、“何が写っているか”によって価値が決まる一方で、撮影されることなく残された乾板は「価値のないもの」と見なされている。しかし村上さんが探しているのは、まさにその後者だ。「私は、実現されなかった可能性に興味があるんです」

自ら調合した現像液、そこにガラス乾板を浸すと、そこに現れるのは、誰も見たことのない風景。それは山脈のようでもあり、海のようでもあり、あるいは宇宙の彼方にも見える。実際には、何も撮影されてはいない。そこに現れるのは失われた一枚の写真ではない。写真になることのなかった無数の可能性が立ち上がっている。歴史のどこかで失われた無数の可能性。村上さんはそれらの失われた無数の可能性に光を当てるように制作している。

ときには印画ガラスに塗ってある感光剤にはにじみ止めの赤い塗料が塗布されていて、本来できあがりの写真には出てきてはならない色だが、村上さんはあえてその様子を残している。村上さんにとって、何が失敗で、何が作品となり得るのか。「私が古い写真を初めてみたときのあの感覚、異世界への扉みたいなものがパカっと開いた感覚があれば、それは作品だなと思っています」

イメージは、言葉よりもずっと多くのケアを必要とする

村上さんの作品には、しばしば言葉が添えられる。詩のような短い文章。作品解説というより、その言葉と一対になって作品が完成しているといってもいい。「言葉とイメージでは寿命が違う、と思うんです。写真の起源についてずっと探求するなかで感じるのは、生き延びることができなかったイメージ。どこかの時点で紛失してしまった事例というのがたくさんあって、それほどにイメージというのは儚いものなんです。だからこそ、よりたくさんのケアを必要としている存在だと思います。一方で言葉は、後世に伝わるチャンスが多い。書き残すことも、印刷で伝播することも、現代であればインターネットで世界中にコピーされ、記憶に残り、口伝えで広まることもある。そのくらい強いポテンシャルがあると思うんです」。言葉とイメージの関係性もまた、村上さんの探究の重要なテーマのひとつだ。そこに現れなかった像に思いを巡らせながら。

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言葉とイメージの関係については、東京大学在学中から村上さんが向き合っていたものだ。フランス現代哲学を学ぶなかでジョルジュ・ディディ=ユベルマンという哲学者であり美術史家の著作に出合ったという。「その人は、目の前には存在しないイメージについて、私たちが何を考え、何を語ることができるのかを探究した人。私自身も同じように、残らなかった像に対して何を語り、どう表象できるのかということをずっと考えているのだと思います」

Hanako MURAKAMI Untitled (Cellofix #4) (H119 × W89mm(sheet size)、H374 × W243 × D28mm(frame size)、2020) (C) Hanako Murakami, Courtesy of Yumiko Chiba Associates

見ることは、世界を変えること

近年はAIやアイトラッキング技術を用いた作品にも取り組んでいる。一見すると、写真の起源を探究する仕事とは正反対に思えるが、村上さんは、両者はとてもよく似ていると感じている。「写真が発明されたとき、人々は驚き、恐れ、反発し、魅了されました。仕事が奪われるかもしれないと思った画家もいた、魂が奪われるかもしれないと感じた被写体がいた。今私たちがAIに対して経験している感覚ととても近い。つまり写真が発明されて200年後の世界に生きている私たちが今、まさにそれを追体験しているんです」

実現されなかった可能性や現れなかった像を手がかりに、見ることそのものを問い続ける。村上さんの作品は、その静かな探求の記録とも言える。その探求は、ときに世界に小さな裂け目を開き、見慣れた風景を別のものへと変えてしまう。

Hanako MURAKAMI Untitled (Lumière Rhoda#1)(H116 × W70(sheet size)、H374 × W243 × D28mm(frame size)、2020) (C) Hanako Murakami, Courtesy of Yumiko Chiba Associates


HANAKO MURAKAMI

PROFILE 1984年生まれ。2007年東京大学文学部卒業、2009年東京藝術大学大学院映像研究科修士課程修了。現在、パリを拠点に活動。写真の起源や視覚の歴史をテーマに、古典写真技法からAIまでを横断しながら作品を制作している。近年は写真発明200周年に向けた研究・制作を進めるほか、Villa Albertineフェローとしてニューヨークに滞在。近年の展示にGuangzhou Image Triennial(中国), Daegu Photo Biennial(韓国) など。作品はCNAP(フランス国立造形芸術センター)、Getty Museumなどに収蔵されている。

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