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【注目アーティストfile.37】陶の彫刻に、物語を焼き付ける——市橋美佳

  • 2026.6.29
YOKO YAMASHITA

ファッションのスタイリングを楽しむように、もっと気軽にライフスタイルにアートを取り入れてほしい――そんな思いで気鋭の現代アーティストの作品をELLE SHOPで販売中! 今回はアートディレクターの女性ふたりが蔵前に立ち上げたギャラリー「mizusai」とタッグを組み、岐阜県にアトリエを構えるアーティストの市橋美佳さんに注目。自らの記憶を掘り下げ、陶芸で表現する、そのプロセスをインタビューした。作品の詳細・購入はELLE SHOPへ。

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mizusai 光本貞子さん&進藤尚子さん Hearst Owned

「市橋さんは、平面作品の糖蜜画(とうみつが)と、立体作品の端園(はなぞの)という作品、タイプの異なる2つのシリーズを作っています。彼女の求める景色が明確にあって、そこに近づけるために形を重ねていく、といった表現プロセスをたどっています。彼女の生み出す独特の空気感に、特に女性のコレクターが多いです。自分らしい空間を作りたい方や、空間を新しい構成を生み出したい人にピッタリだと思います」

記憶に潜り、庭を作る土と物語の間から生まれる風景

子どもの頃に集めていた鈴の記憶。『不思議の国のアリス』に登場する、糖蜜(砂糖の製造工程で排出される副産物の液体)で描かれた絵。古墳の中で見た風景。俳句との出会い——。陶芸家・市橋美佳さんの作品は、そんな記憶や物語の断片から生まれる。だが、本人は最初から明確なテーマを掲げて制作しているわけではないという。「こういう作品を作ろうと思って始めるというより、その時々で興味をもったことを形にしてきたんです」

学生時代に焼き物を学び、その後デザインの仕事を経て、再び陶芸の世界へ。当初は器作家として活動し、食器を制作していた。しかし、次第に「数を作ること」に疑問を抱くようになる。転機となったのは、知人から「好きなものを展示してみたら」と声をかけられたことだった。「幼い頃、鈴を集めていた記憶があって、そこから鳴りものを作り始めたんです」。以来、市橋さんの制作は、いつも記憶をたどるように進んでいる。

YOKO YAMASHITA

現在、市橋さんの作品は、「庭」というキーワードを軸にさまざまなシリーズがある。しかし、それも最初から掲げていたテーマではなかった。鳴りもの、陶板作品「糖蜜画」、透過するような花器——。さまざまなシリーズを制作し、それぞれに名前をつけていくうちに、あるときふと気づいたのだという。「私は何をしているんだろう、と俯瞰して見たときに、それは庭みたいなものなんじゃないかと」

市橋さんはアートの上ではなく、実際に「庭作り」を楽しんでいるという。季節によって景色が変わり、植物が育ち、思いがけない変化が起こる。そのあり方は、自身の作品世界にもどこか似ていた。「庭がテーマだったというより、結果として庭になったという感じですね」。完成形を目指して一直線に進むのではなく、少しずつ変化しながら育っていくもの。その感覚は、作品制作そのものにも通じている。

MIKA ICHIHASHI「端園(ハナゾノ)」(H175×W150×D150mm) Hearst Owned

連想ゲームのように、物語のなかに潜り込む

今回ELLE SHOP ARTに出品される作品のひとつが、「糖蜜画」と呼ぶシリーズだ。名前の由来は、『不思議の国のアリス』の一節にある。アリスが迷い込んだ不思議な世界で語られる、糖蜜の井戸に住む三姉妹の物語。彼女らは、糖蜜で描かれた絵を習っているという。「そのお話のなかの糖蜜画を、私が作っているような感じです。連想ゲームのように遊んでいる感覚ですね」。作品のモチーフには、筒や箱のような形、奥へと続く空間、上へ伸びるものや深く潜るものが繰り返し現れる。それは、記憶の奥へ潜っていく感覚にも似ている。制作工程もまた独特だ。土の上に異なる釉薬を重ね、さらに上絵を施し、そのたびに焼成を繰り返す。土、釉薬、絵具——幾重にも重なった層が、作品に深い奥行きを与えている。「物語の中へ潜っていくことと、作品のなかに層を作っていくことが、自分の中ではつながっている気がします」

YOKO YAMASHITA

市橋さんは制作活動の一環で、俳人との共同作品も行っている。「きっかけは戦後、岐阜で黒人の進駐軍米兵と付き合っていたという俳人、鈴木しづ子さんの言葉に強く惹かれたこと。彼女の俳句からインスピレーションを得て作品を作る、といったことをやっていました。そのご縁もあって、秋には岐阜県各務原市のカクカクブックスという書店で、俳人の堀本裕樹さんと展覧会を予定しています」。言葉と作品を重ねて、新たな層を生み出す。これも市橋さん独自の深め方と言えるだろう。

浮遊する庭、「端園」というもうひとつの風景

今回ELLE SHOP ARTに登場するもうひとつのシリーズが、「端園(はなぞの)」という立体作品だ。これは彼女独自の当て字。始まりは、地元・池田山の古墳群で開催された展覧会だった。市橋さんはそこで一抱えほどの大型の花器を制作し、自然の中に10個ほど設置した。器の中に雨水が溜まり、次第に器が草に埋もれ、雨水や散った木の葉が中に溜まり、時間とともに景色が変化していく。その体験から、この言葉が生まれた。現在の作品は、そこからさらに独自の発展を遂げている。丸みを帯びた有機的なフォルム。どこか植物のようでもあり、雲のようでもあり、小さな建築物のようにも見える不思議な造形。作品の多くは花器としての構造をもちながら、実用品と彫刻作品の境界を軽やかに行き来している。「浮遊しているかたまりのようなものをイメージしています」。市橋さんはそう語る。作品は「たたら」と呼ばれる技法で作られる。薄く伸ばした土を型に沿わせて成形するため、最初の段階では上も下もない、そこから底を決め、口を決め、少しずつ形が立ち上がっていく。しかし、その過程で生まれるのは必ずしも作家の思い描いた姿ではない。「組み上げてみると、自分でも思っていなかった形になることがあります」。その偶然性こそが、市橋さんにとっての面白さでもある。完成した作品には、焼き物特有の重量感がありながら、不思議な軽やかさがある。空洞を抱えたフォルムは、宙に浮いているようにも見える。実際に花を生けなくても、そのままひとつの風景として成立しているのだ。

MIKA ICHIHASHI「端園(ハナゾノ)」(H2100×W300×D270) Hearst Owned

ひとりのための、小さな庭を作る

市橋さんの作品には、独特の静けさがある。それは、作家自身の存在を強く主張しないからかもしれない。「私はあまり手跡を残したくないんです」。土を伸ばし、型に沿わせる「たたら」技法を好むのもそのためだ。形そのものは自分で作るが、窯に入ることで作品は少しずつ作家の手を離れていく。乾燥による収縮、釉薬の流れ、焼成による変化。全てをコントロールすることはできない。「自分の手から離れていく部分に惹かれているんだと思います」。予測できない変化を受け止めながら形を育てていく。だからこそ市橋さんの作品には、人の手だけでは生まれない柔らかさが宿る。

作品を通して、市橋さんが伝えようとしているものはなんだろう。それを尋ねると、市橋さんはこう答えた。「私から伝えたいことは特にないんです。そうではなくて、その方と作品とが、一対一で向き合う時間がもてるものになったらいいなと、思っています」。糖蜜画の前に立つ人。端園の作品を自宅に迎える人。それぞれが、自分だけの記憶や感情と静かに向き合う。そこには作家が用意した正解はない。記憶から始まり、物語へ潜り、土を重ね、窯に委ねる。その過程を経て生まれた作品は、見る人のなかで新たな風景を育てていく。それはまさに、その人だけの「小さな庭」の始まりかもしれない。

MIKA ICHIHASHI「糖蜜画」(H270 × W155 × D30 、2025) Hearst Owned

MIKA ICHIHASHI

PROFILE 1995年、名古屋造形芸術大学デザイン科卒業。生活用品の企画デザインの仕事を経て、1999年多治見市陶磁器意匠研究所修了後独立。2021年、俳人鈴木しづ子の俳句と共に作品集を刊行。糖蜜画と名付けられた陶板の壁掛け作品や、白を基調とした造形的な花器、音や言葉の持つものがたり性をのびやかな感性で陶に合わせた“鳴りもの”という作品など制作。

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