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王道アイドルの「爽やかさ」を自らぶち壊す?“人妻に溺れる学生”から“ピュアな好青年”まで…ギャップで魅せる俳優とは

  • 2026.7.15
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※ChatGPTにて作成(イメージ)

アイドルの魅力は、たいてい爽やかさにある。清潔で、まっすぐで、見ていて気持ちがいい。King & Princeの永瀬廉は、その王道のど真ん中に立っている。

ところが、この人が映画やドラマで引き受ける役は、その爽やかさをことごとく裏切る。『真夜中乙女戦争』では東京を壊そうとする男を、『リブート』では表と裏の顔を持つ男を演じた。舞台で振りまくキラキラとは、正反対の温度である。

ステージの上のアイドルと、引き受ける役との落差。それは偶然にしては大きすぎる。そして不思議なことに、どの役もちゃんと成立している。なぜ成立してしまうのか。その振れ幅の秘密を、順に追っていきたい。

爽やかな役で足場を固めた

面白いのは、その裏切りの出発点のひとつが、爽やかな側にあることだ。永瀬が俳優として大きく飛躍したのが、映画『弱虫ペダル』(2021年)の小野田坂道だった。内気で純粋な、絵に描いたような好青年。この役で第44回日本アカデミー賞新人俳優賞を受けている。つまり永瀬は、爽やかさをぶち壊す前に、まず爽やかさで本物だと認めさせた。

ここが効いてくる。土台のない人間がいくら陰を演じても、ただ暗いだけで終わる。王道のど真ん中で足場を固めたからこそ、そこから踏み外す一歩に意味が生まれる。裏切りの前に、裏切るだけの土台を築いておく。順番の作り方が、この人はうまい。

東京を壊す側に回る

爽やかさへの最初の大きな踏み込みは、2022年公開の映画『真夜中乙女戦争』だった。演じたのは、名前すら与えられず「私」とだけ呼ばれる、鬱屈した大学生である。満たされない日々の底で、この男は東京を壊す計画へと巻き込まれていく。清潔でまっすぐな好青年は、そこにいない。

見事なのは、この暗さを一切甘くしないことだ。アイドルが余技で陰を気取るなら、どこかに愛嬌が残る。永瀬はその逃げ道を塞いだ。『弱虫ペダル』で認めさせた爽やかさを、ここではきれいさっぱり手放している。だからこの「私」の鬱屈は、アイドルの余興ではなく、一人の人間の温度として画面に立つ。

王道のど真ん中から、東京を壊す側へ。振れ幅の大きさで言えば、これ以上はない。爽やかさをぶち壊すという裏切りの、いちばん濃い中身がここにある。

内へ沈むもう一つの陰

陰にも、温度差がある。それを教えてくれるのが、映画『法廷遊戯』(2023年)の久我清義だ。『真夜中乙女戦争』の暗さが外へ爆ぜる衝動だったとすれば、こちらの暗さは内へ沈む。他人には言えない過去を抱え、それを表に出さないまま静かに軋んでいく男。大きな身振りで嘆いてみせるでもなく、飲み込んだものの重みだけが、じわりと画面ににじむ。

同じ陰でも、破壊衝動と隠した過去とでは、向かう方向がまるで違う。片方は世界を壊しにかかり、もう片方は自分の内側で崩れていく。この二つを演じ分けられるということは、永瀬にとって陰が一枚きりの仮面ではないということだ。役ごとに、その温度をきちんと測り直している。

陰とは別の方向へ踏み込む

裏切りの方向は、陰だけではない。テレビ朝日系ドラマ『東京タワー』(2024年)で永瀬が演じたのは、年上の人妻との許されない愛に溺れていく医大生、小島透だった。ここにあるのは暗さではなく、大人の、そして官能の匂いだ。爽やかな好青年像を、今度は色気の側から裏切ってみせた。

振れ幅というと、つい爽やか対ダークの一本道で考えたくなる。だが永瀬の踏み込みは、そう単純に一方向ではない。陰へ沈むだけでなく、許されない恋にも溺れてみせる。爽やかさから遠ざかる道は、決して一本ではない。

ギャップが一つの役に畳み込まれる

ここまでの永瀬は、作品ごとに役を替えることでギャップを作ってきた。爽やかな小野田坂道と、東京を壊す「私」。別々の作品に正反対の顔を置き、その落差で見る側を驚かせてきた。

TBS系のドラマ『リブート』(2026年)で、その構図が一つの役の中へ畳み込まれる。永瀬が演じる冬橋航は、表では子ども支援のNPO法人の職員として人を助け、裏では犯罪組織の一員として動く。まばゆい表の顔と、隠された裏の顔を、一人で同時に背負う役だ。

つまり、これまで別々の作品に振り分けてきた爽やかさと陰を、今度は一つの体の中に同居させている。外側にあったギャップが、役の構造そのものへ潜り込んだ。永瀬が作品をまたいで見せてきた落差が、そっくりそのまま一役の中へ凝縮されている。かつて足場を固めた爽やかさは、いまや裏の顔を引き立てる、なくてはならない表になっている。

壊すことで深く覚醒する

面白いのは、これだけ振れておきながら、永瀬が王道アイドルの看板を一度も降ろしていないことだ。ステージに立てば、いまも爽やかでまっすぐなKing & Princeの一員である。その看板を掲げたまま、破壊衝動を、隠した過去を、許されない愛を、そして一人で背負う二面性を、次々と引き受けてきた。

『弱虫ペダル』で固めた爽やかさの土台から、『リブート』の二面性まで。並べてみると、一本の線が通っている。爽やかさという土台があるからこそ、そこから踏み外す振れ幅が効く。土台が本物だから、裏切りが軽業に堕ちない。この人の陰は、爽やかさを捨てた陰ではなく、爽やかさを土台に持つ陰である。

王道の爽やかさを抱えたまま、その爽やかさを自分の手で壊しにいく。矛盾するようでいて、これほど強い武器はない。アイドルの看板と役者の振れ幅を、同じ一人が両手で握っている。内気な好青年から始まった歩みは、いつのまにか、本格派と呼ぶほかない場所まで来た。永瀬廉は、自分の爽やかさを壊すことで、俳優として深く覚醒したのだ。


※記事は執筆時点の情報です

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