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「僕は『ドラゴンボール』が大好きで、影響を受けている」。信玄の娘・松姫が戦乱の世で見つけていく父の真実とは?『風林火山のむすめ』【木下昌輝 インタビュー】

  • 2026.6.12

※本記事は、雑誌『ダ・ヴィンチ』2026年7月号からの転載です。

「じゃあ、なんで風林火山を旗印にしたんだ?」学生時代、孫子の『兵法書』を紐解いたとき、木下さんの信玄に対する疑問は深まったという。

「無理攻めはするなとか、孫子が説いていることに則らず、博打みたいな戦い方をしてるのに、なぜ信玄は『兵法書』の文言を旗印にしたんだろう? と。そして史実を見ると、今も静岡の人から嫌がられているほど、略奪の限りをつくしたのに、なぜ彼は英雄として崇められているんだろうかと」

これまで数多の戦国武将を書いてきたなかでも、信玄のブラックな印象は拭えなかったという。

「けれど、織田信忠の許嫁だった四女の松姫が描いたという信玄の若い頃の絵を見たとき、あれ? と思って。いかつい戦の神のように言われているけれど、中性的な男前に描かれていたんです。信玄は家族からはそう見えていたのかなと。そして父をそんな風に描いた松姫は乙女チックだなと(笑)。松姫が後世に残したものを調べていくと、彼女は〈300年後のスルーパス〉みたいなものを持つ存在なんです。その答え合わせをすることこそ、歴史小説の醍醐味。なので、彼女を中心に据えて武田家の物語を書きたいと思いました」

愛馬・灯影を駆り、家来たちとの競い馬に挑む松姫は冒頭から疾走していく。齢12の彼女が褒美として所望したのは、なんと孫子旗。それを嫁入り道具にしたいという松姫の破天荒さ、快活さ、愛らしさは、甲斐の原野を渡る風のように心地いい。

「『宇喜多の捨て嫁』でデビューした頃から、僕の小説は暗いと言われていて。武田家は滅亡の一途を辿っていくので、どうしても悲壮感は出てしまうけれど、ちょっと笑える要素や明るい強さみたいなものは出したかった。それを、松姫をはじめとする登場人物たちに託しました」

〈よく泣き、よく笑うのが武士だ〉という信玄の言葉どおり、武田家の家来衆は喜怒哀楽が豊かだ。そして平然と裏切りもする、ある意味、生き方が自由で、自分に正直な人たちだ。

「本能寺の変の現場にいた本城惣右衛門という武士が覚書を残しているのですが、それには、物心つく前から女子供を殺してきたと書いてあって。戦国時代を生きた人々は、善悪のつかぬ時期からそういうことを強いられる人生だったと思うんです。そういう人たちへの手向け、供養となる話が書けたらいいなと、僕はいつも思っているんです」

〈少なければ即ち能く之を逃る――この教えを守れば、大切なものを守れないときはどうする〉。孫子の教えについて、活き活きと問答を重ねる、過酷な時代を生きた父娘、信玄と松姫の姿もそんな「手向け」なのかもしれない。信玄はその後、盟約があるにも関わらず、三方ヶ原に進軍し、織田徳川軍を撃破、松姫と信忠の婚礼は水泡に帰した。そしてその帰途で信玄は病没。そこから武田家の滅亡が始まっていく。

『ジャンプ』世代ならではの歴史の空白にあるアクション

長篠設楽原の合戦に敗れた混乱のなか、松姫は兄・勝頼から信玄の5つの悪行を聞かされる。父の信虎を追放したこと、信長を裏切り、戦を仕掛けたこと、勝頼を陣代扱いしたこと……。そしてその悪行の真実を知る者がいるという。それが信玄秘伝の5種の封印紐を持つ武田家の家臣たちだ。誰か持っているのかはわからない。松姫はその封印紐を持つ者たちを探す旅に出る。

「僕は『ドラゴンボール』が大好きなので、影響を受けていますね(笑)。何かを探し、相手を出し抜くような頭脳戦が書けたら楽しいだろうなと。封印紐は、茶器の箱などを縛る際の独特な結び方です。結んだ本人にしか縛れないので、今でいうパスワードみたいなものです。それが紐の結び方っていうのが歴史を感じさせていいなと思いつきました」

封印紐がすべて集まると信玄の宝が見つかるという。武田の城が次々と落ちるなか、武田狩りが始まり、封印紐を持つという噂のもと、松姫は全方位から追われる身となる。なかでも、彼女に異常とも言える執着を持つ、長岌という山伏が凄まじい勢いで追ってくる。

「『ジャンプ』世代の自分としては、単純にアクションとして面白いものにしてみたかった。ダース・ベイダーみたいなやつが迫ってくる恐怖も感じてほしかったですね。歴史小説は、史実の間にどんなフィクションを打ち込めるかが一番の腕の見せ所。今作では歴史の空白の部分を、松姫のアクションで動かしました。自分でも、ゲームをしているような感じで楽しみながら書いていました」

松姫に付き従うのは、藤十郎。兄の新之丞は一目置かれる武者なのに、武術も、人の気配を読む望気術も、からっきしダメ。信玄からも、あいつは戦場に出すな、と言われ、後方部隊の蔵前衆を務めていた男だ。

「情けない男なんですけど(笑)、英雄ばかり書いても面白くない。普通以下と思われるような人間が、何かを成し遂げることだってある。そういう人生もあるよな、と思いながら、藤十郎を書いていました」

長岌も、藤十郎も、その人物造詣から架空の人物だと思ってしまうが、実在の人物。それもまたのちに、驚きの展開を見せていく。そして悪行に込められた信玄の思いも――。

何かが繋がったときの正体不明の感動を

「信玄の思いを書いているとき、考えていたのは、正義とは各々見え方が違うということでした。何を守るか、それによって犠牲にしなければならないこともある。当時、甲斐は道を封鎖されたことで、民の生命線である塩が途絶えた。山に囲まれ、塩が手に入らない立地も、武田家の正義には大きな影響を及ぼしていたのだろうなと。今、ホルムズ海峡が封鎖され、石油がなくなっていますが、今も昔も人って変わらないですね。300年前、今川氏真がした塩止めと同じことをしている。賢くならないなぁ、人間は、と」

ページを繰る手の止まらない大活劇のなか、封印紐を探す松姫が行き着くのは、かつての許嫁の父であり、武田を滅ぼした魔王のところ――。

「ラストに松姫を信長と対決させたのは、活劇の戦いではなく、価値観の違い、歴史観の戦いをしたかったから。二人がどんな戦いをするか、わからないまま書いていくうち、信長が勝手に話を始めました」

『信長、天を堕とす』をはじめ、これまで信長を多く書いてきた木下さんだが、本作では、信長のある一面が現れてきたという。彼自身の人としての特性のようなもの、それが世界を変えていったことが。

「それも現代と結びつくものでした。徳政令があったように、戦国時代も民主主義の世でした。大衆の声がどんどん大きくなったらどうなるか、その不満を我が物にしたら……。今も昔も、言葉は怖いと思いました」

『愚道一休』執筆前から、「作家として悩んだ時期があった」という。

「どうすれば物語に感動が生まれるのか。考えに考え、ようやく答えが出た。自分なりに法則を見つけたものの答え合わせを、この作品では存分に発揮しようと思いました」

封印紐の謎は信玄の真実を明かしただけでは終わらないカタルシスを読む人の胸中に巻き起こしていく。その紐は、フィクションと史実の間にあるもの、そして現代を結ぶ。

「手塚治虫先生の『陽だまりの樹』が好きなのですが、最後、〈フィクションなのに、フィクションではなかったんだ〉という大きな感動を覚える。作家になる前からあの感動を自分で生み出すことが目標としてあったんです。〈そうだったんだ!〉という何かが繋がったときの、ゾワッとする正体不明の感動を、本作から味わっていただけたらうれしいですね」

取材・文:河村道子 写真:種子貴之

きのした・まさき●1974年、奈良県生まれ。2012年『宇喜多の捨て嫁』でオール讀物新人賞を受賞。14年刊行の同作で直木賞候補、歴史時代作家クラブ新人賞、舟橋聖一文学賞、高校生直木賞を受賞。『天下一の軽口男』で大阪ほんま本大賞、『絵金、闇を塗る』で野村胡堂文学賞、『まむし三代記』で日本歴史時代作家協会賞作品賞を受賞。

『風林火山のむすめ』

(木下昌輝/双葉社) 2310円(税込)

武田信玄が犯した5つの悪行がある──。長篠設楽原の合戦に敗れた混乱なか、信玄の四女・松姫は、兄・勝頼からその事実を知らされる。父は悪か、それとも正義か。真実を知るため、松姫は〈信玄の悪行の真実〉を知る人々を探す旅に出る。武田の城が次々と落ちるなか迫る追手……。騎馬と短弓で戦い抜いていく、松姫が辿り着いたのは、誰も知らない父・信玄の真の姿だった──。

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