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【豊臣兄弟!】小一郎(仲野太賀)が思わず殴ってしまった太田垣輝延(中野英雄)、親子共演の名シーン!

  • 2026.6.12

【豊臣兄弟!】小一郎(仲野太賀)が思わず殴ってしまった太田垣輝延(中野英雄)、親子共演の名シーン!

2026年のNHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」。今まであまりスポットライトの当たることのなかった豊臣秀長を主人公に、戦国時代がどう描かれるのか? ここでは、ストーリー展開が楽しみな本ドラマのレビューを隔週でお届けします。今回は、第21回「風雲! 竹田城」と第22回「播磨(はりま)大誤算」です。

第21回「風雲! 竹田城」

第20回で織田信長(小栗旬)の逆鱗に触れ、ついに再起不能かとハラハラさせられた羽柴筑前守秀吉(池松壮亮)だったが、播磨攻めの大役を任され、第21回からはいよいよ播磨を舞台に、土地の大名たちとの攻防が始まる。今回の楽しみはなんといっても、羽柴小一郎長秀役の仲野太賀が、俳優である父・中野英雄と共演する場面だろう。新しい人物も次々に登場して、ますます兄弟は勢いよく天下取りへの道を駆け上っていくことになりそうだ。

当時の播磨には、赤松や別所などさまざまな「国衆(くにしゅう)」と呼ばれる土着の武士が存在していて、織田方と毛利方に分かれて対立している状況であった。つまり播磨を攻めるということは、その向こうに控える大物、毛利と対峙しなければならないことを意味してもいた。

荒木村重(むらしげ/トータス松本)は、それまで播磨の攻略を進めてきたのだが、ここへきて、秀吉にその株を奪われた形で、配下の中川清秀(きよひで/すがおゆうじ)や高山右近(うこん/市川知宏)からも責められていた。

天正5(1577)年10月、秀吉は、小一郎、竹中半兵衛(はんべえ/菅田将暉)と件の荒木村重とともに播磨の姫路城へ入った。村重は秀吉を、姫路城の城代(じょうだい)を務める小寺官兵衛尉孝高(かんべえのじょうよしたか/倉悠貴)と引き合わせた。「天才軍師」として秀吉の天下統一に大きく貢献することになる、のちの黒田官兵衛だ。

その官兵衛、いきなり「今よりこの城は、羽柴様に差し上げまする。ほんの進物代わり、どうぞお納めくだされ」と切り出して、一行を面食らわせる。すでに城主の小寺政職(まさもと)も説き伏せ、国衆である赤松と別所にも織田方として働くよう「計らっておきました」と言うのだ。赤松には「別所が密に毛利と通じて播磨を手に入れようとしている」と噂を流し、別所にはその逆を広めたところ、互いに焦って「織田様にお守りいただくしかない」ということになったと。「両家が織田につくとなれば、あとの国衆たちは黙っていても従いまする。これで播磨は織田様のものでござりまする」

その少々強引な手法に小一郎はいささかの不安を覚えるが、半兵衛も「人質をいただきとうござりまする。すべての国衆に人質を出させてくだされ」と要求する。しかし、これにも官兵衛は動じず、「まず初めに、この私の嫡男、松寿丸(しょうじゅまる)を差し出しましょう」と申し出るのであった。

数日後、織田への臣従を誓うため、秀吉のもとに播磨の国衆たちが出仕(しゅっし)した。しかし別所については、当主・別所長治(ながはる/下川恭平)ではなく、代わりにその後見人である叔父の別所賀相(よしちか/田中美央)が姿を現した。もう一人の後見人である叔父の別所重棟(しげむね/忍成修吾)も長治も織田への臣従に傾いているが、賀相がまだ毛利につく考えを捨てきれてはいない。今回、長治は、そんな賀相の顔も立ててやらねばという思いで挨拶に行かなかったのだ。国衆たちは逡巡していた。

秀吉も「めでたいんじゃが、どうも拍子抜けじゃ。こうもたやすく播磨を治められるとは」と訝っている様子だ。しかしそれも「荒木殿や官兵衛殿がこれまで労を重ねてくださったお蔭じゃ」と感謝する。早く帰って上様にお褒めの言葉をいただこうかと言う秀吉に、半兵衛が苦言を呈す。「それは早計かと。このまま毛利が黙っているとは思えませぬ。我らが気を緩ませ、背を見せた途端に、すぐに播磨に手を伸ばしてくると考えられまする」。そしてこのまま西へ進んで「まずは上月(こうづき)城を手に入れるべきかと」と進言するのだった。

上月城は、播磨、備前(びぜん)、美作(みまさか)の国境に位置していて、毛利・宇喜多(うきた)方の赤松政範(まさのり)が守っている城だ。確かにここを押さえたら、毛利もそう簡単には播磨に攻め入ることはできないだろう、秀吉もそれに同意して、小一郎は「今ならさほど犠牲を出さずに落とせるやもしれん」と見通しを立てるのだった。

さらに半兵衛は「あともうひとつ、手に入れたきものが……」と切り出した。それは「銀」だと言う。「この先、播磨をまとめに西の強国たちと渡り合うためには、莫大な銭が入り用となります。それをまかなうために」但馬(たじま)国にある生野の銀山に目をつけた、と言うのだ。

銀山は、但馬国主である山名家の家臣・太田垣輝延(てるのぶ/中野英雄)の支配下にある。天正5(1577)年11月、秀吉は、但馬攻めの総大将に小一郎を指名し、自らは上月城を目指して西播磨へ進軍した。小一郎は、藤堂高虎(たかとら/佳久創)や宮部継潤(けいじゅん/ドンペイ)、前野長康(ながやす/渋谷謙人)とともに、但馬国の竹田城を目指して向かった。

一行が目にした竹田城は雲海に浮かんでいるような天空の山城で、その近くの山中に陣を構えた小一郎たちはその景色に息をのむ。高虎が「あの程度の山城、一斉に攻めかかれば、我らの勝ちは間違いござらぬ」と言うのに対し、小一郎は皆を前に「わしはこの戦、一滴の血も流さずに終わらせたいのじゃ」と改めて自分の戦の考えを述べるのだった。

竹田城は観察していると、場内の井戸が枯れているようだった。水を外から運んでいるようであれば、城から出入りできぬようにしてしまえばすぐに水は底をつく。小一郎たちは、それを見計らって降伏を勧めようとする作戦を立てた。

竹田城内では水の枯渇に皆が苦しんでいた。しかし太田垣輝延は3日分しかないという水の半分を自分に寄越せと家臣に命じる。

いよいよ水が尽き、家臣たちも疲弊、憔悴しきる中、ある朝、竹田城に霧がかかる。するとそれに紛れて城の家臣たちは、水汲み場に急ぐ。貪るように水で喉を潤す家臣たちの前に小一郎が現れる。「案ずるな。おぬしらを傷つけるつもりはない。まずは心行くまで水を飲むのじゃ。その後にわしの話を聞いてもらいたい。わしはおぬしたちを助けたいのじゃ」

家臣たちは水を汲んだ大きな桶を担いで城へ戻った。輝延は家臣たちを押しのけ、我先に水を飲もうとするが、その瞬間、水を運んできた家来たちがかぶっていた笠などを脱ぎ捨てて、輝延に刀を向けた。家来に扮していたのは、小一郎と高虎たちだったのだ。小一郎たちは輝延を押さえながら、周りの家臣たちに水を飲ませてやるのだった。それを見た輝延は騒ぎ立てる。「お前ら、敵の施しを受けるとは恥を知れ! 飲むなと言うたろうが。何をしておる、早くこいつらを斬らんか! 刺し違えてもわしを助けよ。斬れ、斬れ、斬らんか! それがお前らの役目であろう」

その瞬間、小一郎が輝延を殴りつけた。「家臣の命を何だと思っておるんじゃ!」。そして「あっ」と気づく。輝延の鼻から血が一筋流れていたのだ。「一滴たりとも血を流さぬつもりであった。が、無理じゃった」。ナレ―ションが入る。「こうして小一郎は竹田城を無血開城……あ、ほぼ無血開城し、初めてその城代を任されることになりました」

そう、この輝延を演じた俳優・中野英雄こそが、小一郎を演じている仲野太賀の実父であり、ここは親子二人だけで正面から演じる真剣勝負のシーンだったのだ。

実は筆者、予備知識のないままにこの場面を見て、輝延を演じている俳優が誰なのかがまったくわからず「これは誰だろう」と思っていたのだ。中野英雄といえば、ドラマ「愛という名のもとに」で記憶している世代なのである。あの時の「チョロ」とあまりに印象の違う今回の役柄に感慨深いものがあるとともに、年月は、中野英雄をこんなにいいお父さんにしたのだなと、そのことにも感動した。仲野太賀もとてもいい演技をしている場面だった。

輝延の身柄は山名の主のもとに送られ、ほかの家臣たちは織田に臣従することとなった。ホッと胸をなでおろしていた小一郎たちだったが、そこへ前野長康から生野の銀山もつつがなく進んだと報告があった。しかし、一方で気になる知らせも届いた。上月城は大勝利を収めたものの、「上月城の者は皆、斬首され、女、子どもに至るまではりつけ、串刺しにされて、西との国境にさらされた」というのだ。そして、それを命じたのは秀吉であると。小一郎は慄然とする。

第22回「播磨大誤算」

第22回は、小一郎が秀吉を責め立てるところから始まる。しかし、話を聞けば、秀吉たちが城に入ったときには、場内にいた者は全員自害して果てていたというのである。彼らを手厚く葬ろうとする秀吉に、半兵衛はとんでもない提案をしてくる。「いや、この者たちは我らが殺したことにいたしましょう。せっかくの屍の山、我らに逆らった者は皆こうなると、見せしめにするのです」

度肝を抜かれるような発想だが、秀吉はこう言う。「わしが鬼のふりをして、少しでも早く西国攻めを終わらせることができるのなら、それで構わぬ」。しかし官兵衛は、半兵衛の策はかえって恨みを募らせ、敵をまとまらせてしまうのではないかと懸念を口にする。

半兵衛は官兵衛に、もやもやと思っていた疑問を投げかけてみた。「そこまで毛利のことをわかっていながら、どうして我らについたのですか。そなたほどの戦巧者(いくさこうじゃ)が我らについたのは、まことに心強きことなれど、なぜ毛利ではなく我らを選ばれたのか」

「今の織田には勢いがありまする。これからの世をつくるのは織田様じゃと。そう見極めたのです」「それこそが今の播磨。皆、半信半疑のまま、それでもどちらかにつかねばならぬと我らを選んだ者がほとんど。その者たちの気がかわらぬうちに、一刻も早く毛利を倒さねばなりませぬ。厄介なのは、明らかな敵ではなく、腹の底が見えぬ国衆でござる」

半兵衛の鋭い指摘が官兵衛に刺さるが、それでもこう答えるのみなのだった。「我らは人質を差し出して織田様に忠誠を誓いました。裏切ることなどありませぬ」

しかし、半兵衛の予見は現実のものとなってしまった。三木城主・別所長治が、織田への服属を辞め、挙兵したのだ。

またその時、毛利と宇喜多(うきた)の大群が上月城に向かったという知らせが入ってきた。秀吉は、毛利によって所領を奪われていた尼子勝久(かつひさ/渡邉蒼)と山中幸盛(ゆきもり/廣瀬友祐)に上月城を託していたので、救援に向かうことを決める。そして小一郎の助言を入れて、織田に援軍を求める知らせを送るとともに、小一郎には三木城へ向かって別所の動きを封じるよう命じた。

ところが、秀吉たちのもとへ織田からの援軍はなかった。信長は「今、肝心なのは三木城の陥落であると判断」したのだった。半兵衛もその信長の決断を正しいと評価した。

それでも秀吉は、上月城の勝久と幸盛を見捨てる決心がなかなかつかない。ともに陣を守る蜂須賀正勝(まさかつ/高橋努)相手に、涙ながらに彼らの歩んできた苦難の道のりを語り始める。しかし、どうすることもできず、秀吉は引き揚げを決断した。

その頃、半兵衛は官兵衛を囲碁に誘う。「官兵衛殿、負けたほうが何でもひとつ言うことを聞くというお約束でよろしかったか」と言う半兵衛は一方的に「官兵衛殿、我らの味方になっていただけませぬか」と切り出す。「もうなっておるではござりませぬか」と言う官兵衛に、半兵衛はこう続ける。「今のところは。わしがそなたなら織田でも毛利でもなく、自らが勝ち進む道を選びます。わしがそなたなら、まずは織田に味方し、その後ろ盾を得て、かねてより縛られていた主家の小寺を見限ります。わしがそなたなら、そのまま織田に加勢して毛利を弱らせ、最もうまくいく機を見計らって、織田をも裏切る。双方弱らせたところで、最後は己がのし上がる。わしがそなたなら、それが一番面白い」

官兵衛が言葉に詰まっていると、雨が降り始めて屋外で指していた囲碁は中止に。「この勝負引き分けじゃな」とごまかす官兵衛に、半兵衛はさらに重ねて言う。「時をかければ、思わぬことが起きて、勝ち負けを覆すこともできる。時さえあれば。わしはそなたが妬ましい」。そう言うと、半兵衛は倒れてしまうのだった。

その後、勝久は切腹を命じられ、幸盛は護送中に敵の手にかかり打ち取られた。秀吉たちの軍勢は毛利と宇喜多のさらなる侵攻を食い止めるため、書写山(しょしゃざん)にある円教寺(えんぎょうじ)に陣を構えた。半兵衛は療養のため京に戻ったが、小一郎が遅れて合流した。そして秀吉は、そこで毎夜うなされて飛び起きることを繰り返し、ある晩、庭に降りようとして段を踏み外し、頭を打って倒れてしまう。そして、そのつらさゆえか記憶を失ってしまったのだ。

一方、信長から、謀反の疑いをかけられた荒木村重は、安土城へ呼び出される。身の縮むような思いをし、有岡城に戻った村重は、内通者が誰かを調べる。しかしそれは、誰あろう清秀と右近だったのだ。彼らは毛利の使者・安国寺恵瓊(えけい/立川談春)を連れてくる。

思い出話をしても一向に記憶を取り戻さない兄を心配して、小一郎は、母・なか(坂井真紀)を呼び寄せて、手作りの料理を兄に食べさせる。どんなことをしても戻らなかった秀吉の記憶だが、母の顔を見た途端に戻った。喜び合う一同のもとに、しかしまたもや衝撃の知らせが届く。村重が謀反を起こしたというのだ。

下剋上の世の中とはいえ、一瞬たりとも気が抜けないのが戦国時代なのだということを思い知らされる展開だ。しかし、通常の大河ドラマよりは口調が砕けていたり、クスッと笑ってしまう場面があったりと、そんなドラマの空気感に救われたりもする。「軽い」と見る向きもあるというが、誠実で愚直な小一郎が物語の柱であることで、きっと励まされる人も多くいるに違いない。どうか出世しても、その人柄はそのままに、と祈るような気分である。

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